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眼を覚ますと、オーランは拘束衣を着せられ氷のように冷たい地面の上に放置されていた。その場には、彼以外に誰も居ない。周りを見れば、薄暗い闇の中に一筋の光が入り込んでいるのが見えた。鉄格子の隙間から入った月光であろうか。 「誰か居ないのか」

小声で呼びかける。すると、部屋の角からピピっと機械音が鳴り、部屋の向こうにある隠し扉が開く。そこからは人の影のようなものが落ちているのが窺える。姿をよく見ようと眼を細めたものの、全身が墨のように黒く、長いトゲが首に生えていることしか分からない。一切それの表情は逆光に隠れて見えなかったのだ。

「おはよう。まずは、状況説明からしようか。君はAN602に連れられて我が国ロザンデールまで来た。そして、起きたら暴れる可能性を考えて適当な部屋に放置してる。ここは本当のアジトじゃないから地下室がなかったんだ」

眼が翡翠に似ている。深みのある上品な色合いだ。普通の国民で緑の眼を持つ者が居たとしても、ここまで綺麗なことはない。つまり、上品国民なのだろう。

「噂に聞いてたリスティヒさんですか。貴族なんですね」

爪先から頭の天辺までを何度も見る。赤いハイヒールに、竜のような顔。後ろに伸びた赤い角……。そして何より、胸に入れられたヒラールのタトゥーが印象的だ。リスティヒは少し照れたようにケラっと笑う。

「うん。貴族ではないけど、エバン君の眼を取ってつけたんだ。だから、彼に僕の眼をあげた」

「ふーん。だから先生は淡青なんですね?」

「そうだ。この世に少ない淡青の眼さ。だから彼は有名だし美しくなったろう」

自慢気に胸を張った。そして、オーランに近づき慣れた手つきで拘束衣を脱がせる。新しい痣の増えた体が露出し、彼は急いでそれを隠す。

「痛かっただろうね。こっちに入るなら奴の部下にしてやろうか?」

「また絞められるんですか」

「そんなことしないよ、殺すとき以外はね」

数秒、遅れて笑う。オーランも愛想笑いして、そこから古びた階段を上った。廊下にある泥の混ざった水溜まりに注射器が転がっていたり、錠剤が落ちている。暫く上へ行くと、急に豪邸のような場所に出た。赤い絨毯が続いていて、柱には硝子玉がつけられている。そこを突き当たりまで進み、左にある倉庫部屋に入ると隠し階段があった。次にそこを下り、また突き進む。何処へ繋がっているのかと思えば、そこはサーフィーの部屋だった。病室のように白いベッド、小さい本棚の下には資料のまとめられた段ボール箱が積み重ねられている。そこに、サーフィーの服は残っていたが体は無かった。

「あのう、サーフィーさんは?」

「どこのどいつと愛し合ってるんだろうね」

「相変わらず元気だなあ。俺は一回もしたことないんです」

「あら、ロスヴィルは?」

「ロースとはしましたよ。キス」

「ふーん、現場見られたんでしょう? 共犯にすれば一生一緒に居られただろうにね」

悪魔の囁きだった。オーランはハッと頭を上げてリスティヒの顔を見る。ニヤリと口角を上げた到底、生物とは思えない表情だ。

「でも彼には家庭があります」

「壊しちまえばいいよ。薬でも打ってロスヴィルに殺させたら良いんだ。自分の妻も何もかもね。そうすれば弱くて現実逃避しかできない彼は君を頼って何も出来なくなるさ」

そう言うと、近くの引き出しを覗く。そこには透明の液体が入った瓶が並んでいた。その中でAOM129と書かれたものを手に取り、注射器と共に渡した。

「これは……?」

瓶を手に掴んで様々な角度から見る。光がキラキラと虹のようになり、中で煌めいていた。

「AOM129という大麻で、雲の幻覚が見えることから通称 Cloud Dragって呼ばれてる。覚醒剤だ」

「これを、ロースに?」

「そうだ。実行は彼が帰っているときだ。腕に打つんだよ。分かったかい?」

「……わかりました。帰宅途中ですね」

そう答えた彼の眼には黄金の焔が燃えていた。

ロスヴィルは白衣を脱ぐと、上から外套を羽織った。そして居残りで歩き回っている看護師に軽く頭を下げて病院を出る。いつもの慣れた道を歩いていると、街の灯りがキラキラと煌めいているのが見えた。それにしても、いつもより人が少なく寂しい街中である。建ち並んでいる店には人影一つ見当たらない。ロスヴィルは不気味だと体を震わせて、周囲をキョロキョロと見回す。すると、気配を真後ろに感じた。それも、懐かしく思えるような気配……。急いでそれを確かめようと振り向くと、手首を強く掴まれ路地裏へと連れて行かれた。

「お、オーラン君……?? なんで、君がここに?」

「偶然通りかかった。今の気分は?」

「……嬉しいよ。だ、だって久し振りだから」

「俺も」

一生離さない、とでも言うかのようにロスヴィルの腕をしっかりと掴む。そして注射器をプツリと刺した。途端に、ロスヴィルが顔を真っ青にしてガタガタと震えだした。

「僕のこと”も”……殺すの……?」

「気持ちよくなるだけだ。だから身体を委ねて?」

「うん……」

オーランは倒れかかったところを支えると、ニヤリと口角を上げた。一家鏖殺まで残り二七分。ロスヴィルは酔ったような気持ちで顔を赤くしながら、オーランの言うままに家へと向かい始めた。

路地裏の陰に紛れ込み、彼らが去るまでの流れをじっくりと眺め、サーフィーは深い溜息をつく。そして煙草を咥えると、火を点けて、煙を吐き出した。

ドアノブを握り締め、扉を開くと一家総出でロスヴィルの帰りを迎えていた。そして、薬の効果で気が狂っているロスヴィルはオーランから手渡された銃で、相手の顔が分からなくなるまで撃ち続ける。

──バン、バン

涙も流す暇無く妻と思われる女は頭から血を流して倒れ込んだ。蒼白くなった顔は生気が抜け、唇を歪ませたまま硬くなっている。

血生臭くなった玄関に立ち竦みロスヴィルは絶望した。一切、記憶がない。だが、手がカタカタと震えている。その隣でオーランが笑みを堪えて、真剣な表情を作っていた。

「お前が撃ったんだろ」

返り血で汚れた手をオーランが掴んだ。そして背後から抱きついた。その状況が理解できず、震えながらただ唖然とする。

「そんな……そんな、違う。僕じゃない」

「証拠で動画撮っといたから、いつでも拡散できるよ」

スマホで撮った動画を見せつける。ロスヴィルはそれを取り上げようとしたが、段差に転んで倒れ込んだ。

「やだよ、オーラン君おかしいよ」

「おかしいのはお前だろ? 家族を殺すなんて」

「怖い……怖い。どうしよう? どうしたら良い? 怖いよ……怖い。怖い怖い怖い」

地面に蹲ると、頭を抱えて黙り込む。胸が破裂するような苦痛と、全身が震える程の恐怖は家族を失った悲しみより遥かに大きい。眼の前にある愛する妻の屍体は、手を伸ばしたまま硬くなっていた。オーランは見下すように立ったまま、軈て無口になり、屍体処理を始めた。眼の前で淡々とバラバラになっていく家族を見て、ロスヴィルはただ玄関で慟哭することしかできない。自分の無力さに失望し、段々と怒りも込み上げてきた。

「綺麗になった。黒い袋に詰めておいたから、あとは業者の人に任せておこう」

「………僕、これからどうやって生きればいい? 人殺しとして生きていかなきゃいけないの?」

オーランに抱きついて、また大泣きする。オーランはそれを満足そうに眺めると、強く抱き締めた。

「大丈夫、罪は償えるよ。これから」

隠し持っていたAOM129を取り出し、またロスヴィルの腕に注射する。周囲は雲に包まれたように白くなると、忽ち危険だとも思われる快感に襲われた。まただ……と悟った時には、もう意識を手放し、泡を垂れ流したまま地面に寝転がっている。

煙草の煙が、静かに天へと上った。

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