テラーノベル
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第143話 弱い回線
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・夕方前】
サキのスマホの画面に出た
《RELAY / WEAK LINK》
の文字は、すぐには消えなかった。
雨音の中で、その英字だけがやけに冷たく光っている。
ハレルは画面を見つめたまま、低く言った。
「……繋がるのか」
ノノの声が、イヤーカフ越しに飛んできた。
『完全じゃない。でも、さっきよりずっといい』
『主鍵と副鍵が噛み合った時、現実側との雑音が一気に減った』
『今なら、短い情報なら送れるかもしれない』
サキがスマホを握り直す。
「短い、って……どれくらい」
『長文は無理』
ノノが即答する。
『座標、状態、単語。そういう“圧縮できる情報”だけ』
『写真や音声はまだ危ない』
ダミエは、レアを封じた結界から目を離さずに言った。
「……やるなら、今」
「この人、まだ暴れてる。長くは持たない」
結界の中で、レアは壁に額を押しつけたまま笑っていた。
全身を走る青白い数列が、以前よりゆっくり明滅している。
落ち着いたのではない。
“形を作り直している”ような、不気味な静かさだった。
リオが傷口を押さえながら、サキを見る。
「送れ」
「今分かってることを、向こうに渡せ」
サキは頷いた。
震える指で、画面の入力欄を開く。
ハレルが、言葉を選ぶ。
長くは送れない。
でも、外せないことがある。
「……“学園 レア拘束中”」
「“駅 獣影 継続”」
「“主鍵と副鍵 反応”」
一拍置いて、さらに低く言う。
「“父の情報 必要”」
サキが打ち込む。
送信のアイコンは、普段のスマホのものではない。
青白い小さな円。
まるで、簡易版のプログラム円だった。
押す。
画面が一瞬だけ白くなる。
主鍵が、ほんの少し熱を持つ。
リオの副鍵も、かすかに光った。
《SENDING…》
《WEAK LINK》
その表示が数秒だけ続き、
やがて
《DELIVERED ?》
と、曖昧な形で止まる。
「……届いたのか?」
ハレルが息を止める。
ノノの声が返る。
『現実側のノイズが一拍跳ねた。……たぶん届いた』
『完全じゃない。でも、向こうで何か受けた反応がある』
サキの顔が、ほんの少しだけ変わる。
安心ではない。
でも、“できたかもしれない”顔だった。
その時、結界の中でレアがゆっくり顔を上げた。
片方の黒い目が、スマホの方を見る。
「……今の、嫌い」
声は掠れている。
でも、その一言だけははっきりしていた。
ダミエの目が細くなる。
「……やっぱり効いてる」
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸方面/対策本部車両】
日下部のノートパソコンの端で、短い文字列が跳ねた。
《GA…KUEN》
《RE…A》
《…LINK》
《…FATHER》
完全ではない。
ところどころ欠けている。
だが、ノイズの塊だった画面に、明らかに“向こうから来た意味”が混ざった。
「……来た!」
日下部が声を上げる。
城ヶ峰がすぐ横へ来る。
「何が来た」
「向こうです」
日下部の指が震える。
「学園。たぶんハレルたち」
「文字が欠けてるけど、レア、リンク、父……そのへんの語が拾えてます」
木崎の回線も、同時に開いた。
『今の跳ね、こっちにも見えた』
息の向こうで、木崎も走っている気配がする。
城ヶ峰は短く決めた。
「繋がったな」
その一言で、車内の空気が変わる。
まだ細い。
まだ弱い。
だが、現実と異世界の間に、初めて“こちらの意志で使える線”が見えた。
「返せるか」
城ヶ峰が聞く。
日下部はすぐに首を振りかけ、止めた。
「短くなら……」
「座標と、行動方針ぐらいなら」
木崎が回線越しに言う。
『なら、“父を追うな”じゃなくて“中継管理棟を止める”を先に送れ』
『今必要なのは、向こうに順番を伝えることだ』
城ヶ峰が頷く。
「送る」
短く言って、日下部へ視線を向ける。
「文面は最小でいい。意味が通る形にしろ」
日下部は深く息を吸い、打ち込んだ。
――《現実 中継管理棟へ移動》
――《順番必要》
――《杭より先に流れを止める》
送信。
画面がまた白く跳ねる。
今度は、
《RETURNING…》
のあと、数秒の沈黙。
《DELIVERED ?》
同じ曖昧さ。
だが、それで十分だった。
城ヶ峰は端末を閉じる。
「突入を前倒す」
「中継管理棟を先に止める」
日下部が頷く。
木崎の回線の向こうで、短く息を吐く音がした。
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸東区/中継管理棟周辺・外周道路】
中継管理棟は、見た目だけならただの小さな管理施設だった。
旧技術検証棟ほどの威圧感はない。
外壁は地味で、窓も少ない。
倉庫と事務棟の中間みたいな、誰も気にしない建物。
だが、その周辺だけ空気が変だった。
雨が降っているのに、地面の一部が妙に乾いている。
外壁の継ぎ目を、青白い細い線が一瞬だけ走る。
そして建物の周囲には、
ごく薄く、見えない膜みたいなものが張られている感覚があった。
木崎は少し離れた位置から、それをカメラで押さえていた。
レンズ越しだと、肉眼より少しだけはっきり見える。
建物の輪郭の端に、青白いノイズがある。
「……ここだな」
耳元で、城ヶ峰の低い声。
無線越しだ。
『外からの様子は』
「建物の縁が変にノイズってる。
普通の管理棟じゃねえ。
それと、若い警官の記録が、この周辺だけ異様に濃い」
『一般警官は』
「いる。だが混ざってる可能性が高い」
短い沈黙。
城ヶ峰が決める。
『制圧班は裏。記録班は木崎の位置を維持。
陽動班は正面の警察導線を乱すな』
『現場を崩さず、中だけ止める』
防ぐ。
奪う。
止める。
全部を同時にやらなければならない。
木崎はレンズを構えたまま、建物の正面を見る。
雨の向こうで、若い警官が一人、規制線の位置を調整していた。
端正な顔立ち。
姿だけ見れば、何の違和感もない。
だが、木崎はもう知っている。
“顔”ではなく、“記録”を信じるべきだと。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・夕方前】
サキのスマホが、小さく震えた。
《現実 中継管理棟へ移動》
《順番必要》
《杭より先に流れを止める》
短い。
でも、今の学園側には十分すぎる情報だった。
「返ってきた……!」
サキが息を呑む。
ハレルとリオが、同時に画面を覗く。
リオの目が細くなる。
「中継管理棟……向こうは、先に“流れ”を止めるつもりか」
ダミエは結界を維持したまま低く言った。
「……妥当」
「杭を先に抜くと、裂ける」
レアが、そのやり取りを聞いて、また笑った。
今度の笑いは、前よりも乾いている。
「へえ」
「そういう順番、ちゃんと見つけたんだ」
片方の黒い目の縁から、また影がこぼれる。
だが、さっきより広がりが遅い。
封じられたまま、立て直そうとしているのが分かる。
リオはそれを見て、低く言った。
「長くは置けないな」
ハレルが頷く。
「うん」
サキはスマホを強く握りしめた。
向こうから返事が来た。
それだけで、世界が少し変わる。
この体育館の中に閉じていた情報が、初めて外へ届き、
外の動きが、初めて“こちらの次の判断”に使える形で戻ってきた。
雨はまだ止まない。
でも、線は通り始めている。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した駅周辺/ホーム・夕方前】
駅では、アデルとヴェルニが、どうにか獣影の再侵入を抑えていた。
大きな四足影は、一歩引いた。
だが、人型の影はまだ構内に残っている。
売店の陰。
車両の窓。
階段の踊り場。
駅員たちは照明を保ち、明るい場所へ人を寄せ続ける。
今はそれが一番の武器だった。
ノノの声が通信へ入る。
『駅、聞こえる?』
『学園、現実側と弱いけど返信に成功した』
ヴェルニが目を上げる。
「やっと、ちゃんと返ってきたか」
アデルは短く聞く。
「内容は」
『中継管理棟って施設を先に止めるらしい』
『杭の前に、流れを止めるって』
アデルの目が少しだけ細くなる。
「……向こうも順番を見つけたのか」
それは大きい。
まだ、決着は遠い。
だが、闇雲ではなくなった。
ヴェルニが濡れた髪をかき上げ、低く笑う。
「ならこっちも、無駄に持ちこたえてるわけじゃねえな」
その直後、駅の暗がりの奥で、また“普通の声”がした。
「本日の運行は――」
まだ終わらない。
だが、手順は増えた。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/西区・夕方前】
イデールの班は、雨の中で光を保ち続けていた。
住民を光の筋へ寄せ、
猫影と人型影を路地から押し戻し、
黒眼の兵士を一時的にでも静める。
その一つ一つが、街をまだ“街”の形に留めている。
「そっち、ひとりにしないでえ」
「ふたりで動いてねえ」
おっとりした声。
けれど、その指示が切れれば、この街はすぐに暗がりへ飲まれる。
縛られた兵士の指先が、また小さく動く。
鎧の継ぎ目に、青白い数列が走る。
消えない。
まだ残っている。
イデールはそれを横目で見て、小さく呟いた。
「……ぜんぶ、繋がってるのねえ」
その理解が、今はただ重い。
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸東区/中継管理棟外周】
城ヶ峰たちの車両が、雨の中で静かに停止した。
中継管理棟。
輪の流れを束ねる場所。
ここを止められれば、向こうとの線を少しでも太くできるかもしれない。
城ヶ峰はドアを開けた。
冷たい雨がすぐ肩を打つ。
「行くぞ」
短い一言。
それだけで、全員が動いた。
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海の紅月くらげさん
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