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午後の稽古を終え、今日受注した残りの依頼を片付けた後は、食事、読書、風呂。で、果実を食べて就寝、と後はいつもと変わらない生活をして1日が終わりを迎えようとしていた。
だが、就寝する前に確認しておきたいことがある。
今のところは特に貴族側から、というよりも確実に私の情報が耳に入っているヘシュトナー侯爵側から妨害などが行われている様子が無い。そのため、私達の計画は非常に順調と言える。
このまま何事も無ければ問題無いのだが、そうはいかないと思っている。
アイラやシャーリィに良からぬ企みをしている者達が私と事を構えた場合、彼等は無事では済まないからだ。と言うか、私が無事では済まさない。
自らの破滅を避けるために、彼等は必死になる筈だ。私がマックスの計画通り学校の臨時教師になる前に、何も行動を起こさない筈が無い。
そこで、先手を打たれる前に早速今回開発した『幻実影《ファンタマイマス》』を就寝前に用いて、情報収集をしてみることにした。
生み出した幻に、事を構える予定の貴族の屋敷で資料を漁ったり、彼等の会話を耳にして動向を探って来るのだ。
尚、資料などがあったとしても、それをそのまま持ち帰る必要は無い。
尤も、大規模な悪事の決定的な証拠だったりした場合はその限りでは無いが。
彼等の今後の計画書であれば『複写』で複製してしまえばいいし、会話の内容であった場合、私の頭に記憶して『幻実影』を解除すればいいだけのことだ。
ちなみに私が使用する『幻実影』は、と言うよりも『幻影《ファンタム》』はウルミラに倣って幻を透明化させることも可能にしてある。
ウルミラが透明化できるのはあの娘の体毛による光の屈折が主な理由だが、彼女が使用する幻が透明な理由は、単純に魔術の効果である。
つまり、私が生み出した幻も透明化させるられるのだ。とても潜入向きの魔術である。
事を構える予定の貴族とは一度も会っていないため魔力反応が分からず、現在どこにいるかは分からないが、そこは上位貴族だ。
図書館に屋敷の住所が乗っていた。地位が高過ぎるとこういう時に簡単に所在地が分かってしまうのが問題だな。
尤も、その分厳重な警備を施して容易に侵入できないようになってはいるが。
だが、それは相手が人間だった場合だ。生憎と今回侵入するのは私…の幻だ。
正直、自分でこれから行うことに対して相手側に同情心が僅かに湧いてこないでもない。それほどまでに理不尽な仕打ちを行うからだ。
幻は当然透明にさせるし、そもそも私の姿ではなく顔も体型も判別できないような、辛うじて人型と分かるような幻を向かわせる。
変装というヤツだ。これも『幻影』のちょっとした応用、というヤツである。
これに加えて、他者に気取られないように『隠蔽』と『静寂』の魔力を纏わせて潜入するのだ。感知できるものならして見せると良い。その時は、賞賛もするし対策も練ろう。
尤も、透明化した幻や『静寂』の魔力はともかく、『隠蔽』の魔力を突破して私の幻を感知する場合、私の魔力…私の意思を上回る必要がある。
人間にそれを求めるのは、理不尽というものだ。
だが私は遠慮しない。既に相手側は私にとって不愉快な行為をしているからな。
分かり易い例を挙げれば、私が受注した血頭小鬼《ブラッディゴブリン》と森猪鬼《フォレストオーク》の集落の壊滅依頼や、その依頼を出した村に対する振る舞いである。
インゲイン=ヘシュトナー。
直接会ったわけでは無いが、話を聞いた限り、あの男は人の上に立つべき人間ではない。
かと言って私が手を出せば、それはそれでこの国に混乱が生じてしまうのは間違いない。
そのため、内密に彼の悪事を暴き公衆の面前で人の手によって裁かれるのが、理想的な人間社会からの退場のさせ方だと思う。
私が直接手を下して始末するのは、最終手段だ。
さて、それでは3体の幻を『幻実影』で生み出して事を構えるであろう貴族達の中でも特に強い権力を持った3人の屋敷で情報収集をするとしよう。
なお、幻を生み出す場所は私の部屋ではない。
相手の住所が分かっているのだ。そして私の『広域探知《ウィディアサーチャクション》』の効果範囲は私の現在地からでも目的の住所が効果範囲に収まる。何せこの王都全域を余裕で蔽い尽くせる範囲なのだ。
ならば、態々私のいる部屋に幻を生み出してそれから貴族たちの屋敷に向かう必要は無い。初めから屋敷の内部に幻を生み出してしまえばいいのだ。
さて、有益な情報が得られれば良いのだが…。
幻を発生させた3つの屋敷の内、2軒は今のところ有益な情報を掴めていない。それどころか該当の人物、当主の存在が見当たらないのだ。こんな時間に外出でもしているのだろうか?
だが、そこは『広域探知』が良い仕事をしてくれた。
残りの屋敷の一室に、6人の人間達が集まって会話をしているのだ。
部屋全体に防音魔術を施してあるようで、部屋の外からでは会話の内容を聞くことができない。
加えて部屋の扉には明らかに人間の中では手練れと呼べる者達を、見張りとして佇ませているのだ。
内部では、権力者達が会合か密会を開いているに違いない。
エルガード=モスダン。この屋敷の主であり、ことを構える予定の貴族の中で最も強い権力を持った公爵である。
間違いなく重要な会話をしているので、是非とも耳にしておこう。
一度この屋敷に発生させている幻を解除して室内に再び幻を発生させる。
幸いなことに部屋に施されていた魔術は防音効果のみだったようなので、容易に幻を生み出せた。
部屋の中に幻を発生させた直後、貴族たちの会話が私の耳にも入ってきた。
「ほほう、ヘシュトナー卿。あの村の近くに発生した血頭小鬼と森猪鬼の集落、ここまで短期間で排除できたと言うのですか?」
「うむ。ちょうどここ最近に規格外の力を持った竜人《ドラグナム》の冒険者が王都に訪れたようでな。瞬く間に終わらせたそうだ。何の疑問も抱かずに依頼を受注し、終わらせて帰って行ったそうだぞ?」
「クククッ、やはり冒険者。浅ましいものですな。しかも、依頼の内容にまるで疑問を持たなかったところを見るに、碌に人間社会を知らない野蛮人と見えますな。無論、その力を放っておくことなどできますまい」
「当然だ。明日にでも使者を向かわせて私の元まで来させようと思っている。何、世間知らずの竜人であれば少し煽てて良い思いをさせてやれば、容易に手懐けることも可能であろうよ」
名前を呼ばれた壮年の男性が得意げになって質問に答えている。
顔立ちは整ってはいるが、どうにも邪な雰囲気が醸し出ていて好感が持てるとは言えないな。
なるほど。アレがヘシュトナー侯爵か。どうやら彼は私のことを人間の街に来たばかりの世間知らずで、常識をまるで知らない無知な者だと思っているようだ。
さて、浅ましいのはどちらなのだろうな?
彼等は私の幻など当然見えていない。私の幻がモスダン公爵らしき人物の背後で腕を組み、壁に背を掛けていることなど知る由も無い。何ならここで芸でも披露してやろうか?モスダン公爵の傍で変顔とやらの1つでもして見せようか?
誰も反応しないだろうから虚しいことこの上ないし、そもそもこの幻には顔など無いから意味は無いが。
それにしてもあの村の村長。上手い事侯爵の使いを出し抜いてくれたようだな。まぁ、自分達を過酷な状況に追い込んでいるような領主に対して敬う気持ちなど湧いてくるものでは無いだろう。
それに私が人間の街に来たばかりの竜人だったことも良い方向に働いたようだ。彼等の関心事は件の村ではなく、私に向いているようだった。
そして私が予想した通り、ヘシュトナー侯爵は私に使いを送り、それなりの持て成しをして子飼いにするつもりのようだ。
「1時間足らずで上級の魔物の集落を2つ。しかも単独で壊滅出来るのならば下手な騎士団など取るに足らないだろう」
「つまり、我等の計画を格段に早められる、ということですな」
「ふふふっ、長年この国で想い上がった騎士共に一泡吹かせてやる時が来た、ということだ」
「だがヘシュトナー卿、抜かるなよ。相手は世間知らずの野蛮人だ。高貴な者に敬うと言う常識も持ち合わせていないだろう。不遜な態度を取られたからと言って無下に扱えば、折角の機会が全て失われることになるぞ?」
モスダン公爵とは別の中年男性が、私のことを好き勝手に罵倒してヘシュトナー侯爵に注意を促す。
どうやら彼はヘシュトナー侯爵と対等な立場らしい。となると、彼が残り1つの有力貴族ということだな。
サイファー=フルベイン侯爵。
代替わりこそしてはいるものの、マクシミリアンを最も恨んでいる貴族家。つまり、アイラの実家の人間だ。
名前からしてアイラの実兄だろう。彼の実年齢は中年の筈だが外見は壮年、30代前半だ。この家の者達は年齢で外見が変化しづらい家系なのだろうか?
彼はマクシミリアンに手酷く叩きのめされたことを未だに恨み続けているようで、彼も騎士全体に対して良い感情を抱いていない。マックスから聞いた話だと、ナウシス騎士団以外の者達は皆マクシミリアンを強く慕っていたようだからな。
つまり、騎士全体を陥れる計画に非常に意欲的であり、失敗を許さない意気込みを持っているということだ。
そして先程からモスダン公爵は沈黙を守り続けている。
彼のみ平静を保っているように見えて、その内心は緊張している様が感じ取れる。彼の意識は自身の背後に向けられているのだ。
まさか、幻の存在に気付いているのだろうか?
貴族の中には魔物や魔獣との力の差を覆すだけの特殊な魔法を代々使用できる者が多いと本に記載されていたが、モスダン公爵にも、私の存在を感知できるような特殊な魔法が使用できるのかもしれないな。
だが、ここで試しにモスダン公爵に干渉するようなことはしない。不安を掻き立てられているようなら、精々不穏に掻き立てられてくれ。
さて、一言も発言しないモスダン公爵は置いておき、貴族達の会話だ。フルベイン侯爵の注意を受けてもヘシュトナー侯爵は得意げな様子を崩さない。
「分かり切ったことを言うな、フルベイン卿。その点は抜かりない。そもそも、下賤な竜人相手に私が直接会うわけが無いだろう。代わりの者を用意してあるとも。まったく、あの忌々しい男の妨害が無ければ、昨日にでも使いを出してやったと言うのに…」
「マコト=トードーですな?あの男も長年我等の邪魔をし続ける存在です。そろそろアレにも消えてもらうと言うのは、どうでしょうか?」
ほう。色々と面白い話が聞けるじゃないか。
ヘシュトナー侯爵は私と直接会うつもりが無いと。そしてそのための身代わりを用意するのにマコトの妨害が原因で今日まで時間が掛かった…と。
正直、助かる。マコトの活動が無ければ私は予想通りヘシュトナー侯爵から先手を打たれていたのだ。
と言うか、話を聞いた翌日に即座に使いを出そうとする辺り行動が早いな。今後、注意が必要か。
そしてマコトもこの貴族連中からは良いように思われていないようだな。
まぁ、自分達の活動をことごとく妨害されていては良い感情を持たないのは当然だ。その点は考えるまでも無い。
だが、その後の物騒な発言は無視できそうにないな。
この連中にマコトをどうにかできるかは疑問だが、これ以上マコトの仕事が増えそうな事態は歓迎できない。私もこの連中の活動を妨害してやろうか?『幻実影』を用いればその点も比較的容易の筈だ。
だが、一応提案をしては見たものの実行に移すことはできないようだ。ここに来てようやくモスダン公爵が口を開いた。
「馬鹿が!それができればここまで苦労はしておらんわ!奴が有力貴族どころか王族とまで繋がっていることを忘れたか!」
「ひっ!も、申し訳ございません…」
「ふん!それで、儂のところに入った情報ではあの竜人、これから月末まで毎日冒険者共を鍛えるそうだぞ?それも午前と午後に、だ。そのうえそれが終わったら尋常ではない速さで王都から出て大量の依頼を片付けて来たとも耳にしている」
ほう。モスダン公爵はかなりの情報網を持っているんだな。今日のことだと言うのに細かく私の動向を把握しているようだ。
まぁ、それらしき行動をとっている者達は確認できていたから、別に不思議ではない。
私が気になる点は、モスダン公爵が私のことを知ってどう対応しようと思っているかだ。
彼がここにいる他の貴族達と変わらないようであれば、それ相応の対応をしようと思っているのだが…彼はヘシュトナー侯爵やフルベイン侯爵のように彼等の計画とやらには消極的に見えるのだ。
モスダン公爵の情報に他の貴族達はざわついている。そして彼がもたらした情報はヘシュトナー侯爵の耳にも入ってはいなかったようだ。
「モ、モスダン卿、大量の依頼と言うのは、どれほどですかな?」
「…50件だ。あの竜人は1日で、それも他者を鍛えるという拘束時間があったにも関わらず50件の依頼を達成させている」
「ご、50件ですとっ!?」
「マコト=トードーの再来か…」
ああ、やっぱりマコトも1日でそれぐらいの依頼をこなしていたんだな。そしてその話を聞いた貴族達は皆一様に渋い表情をしている。
彼等は全員マコトに対して良い感情を持っていないようだから、マコトを彷彿とさせる話は受け入れがたいのだろう。
貴族達がざわめく中、再びモスダン公爵の口が開かれる。
「それで、ヘシュトナー卿。そんな規格外で多忙な竜人を何時、卿の屋敷に招くと言うのだ?言っておくが、あの竜人はフルベイン卿が言っていたように相手が貴族だからと言う理由で従うような相手では無いぞ?」
「それにつきましては問題は無いでしょう。私の耳にはあの竜人は夕食は必ず王都で取っているそうですからね。つまり、夕食時やその直後に使いを向かわせれば問題無いでしょう」
「…ふん。良いだろう。やってみよ」
「お任せください。必ずやあの力、我が手中に収めて見せましょう」
特に上手くいくという確証も無いと言うのに、ヘシュトナー侯爵は相も変わらず得意げだな。余程の自信過剰か、向こう見ずなのかもしれない。
そんな人間が権力者だった場合、下にいる者達は非常に苦労することだろう。
こういった人物は、何事も自分の思い通りに事が運ぶのが当然だと思っている節がある。根拠もなく、だ。
そして上手くいかなければその原因を決して自分のせいではなく外的要因や部下の責任にする。
正直言って好感は持てない。私は責任の持てない者を好かない。
例えマックスの願いがなくとも、ヘシュトナー侯爵とは事を構えていただろうな。
私が幻をこの部屋に生み出してから現在まで、ヘシュトナー侯爵は終始得意顔だ。その様子にモスダン公爵はともかく、対等な家柄であるフルベイン侯爵もあまりいい表情をしていない。
同じ目的を持つ者同士であっても、決して仲が良いわけでは無いようだ。
「使いに出す者の躾は十分にしておくことだな。ああ言った輩は我等の威を自分達の物のように扱う不届き者共が多い。卿が注意していたとしても、その者達が件の竜人の不興を買えばそれで終わりだぞ?」
「忠告、痛み入る。何、心配はいらんよ。上手くいくとも。それに、万に一つもその竜人を囲えずとも、ちゃんと他にも手は打ってある」
「ほう?」
ほう?どうやらヘシュトナー侯爵には私以外にも騎士達への対抗手段に当てがあるようだ。
「”影縫い”を王都に招集した。新たな主を得たなどとほざいて渋っていたようだが、招集には応じた。応じざるを得ないからな」
「”影縫い”か…。使い物になるのか?5年経過しているのだぞ?」
「ふむ…。ですが”影縫い”ならば例え今から招集したとしても、明々後日には王都に到着するでしょう。ヘシュトナー卿、到着予定は何時になるのですかな?」
「明後日の早朝だ。行動はその2日後からになるな」
ふむ。ヘシュトナー侯爵の言う行動とやらが、アイラやシャーリィに対して直接危害を加える行為のことを指すのであれば、その”影縫い”とやらが行動を始めるのは私が”上級”に昇級した後になる。
そうなると、臨時教師として活動するのは結構ギリギリになるのか?
「到着した当日から行動はできぬのか?」
「奴が不遜にも招集に条件を出してきたのだ。それを叶えるのに時間が掛かる。従わせるにはやむを得ぬことよ」
「ふん。精々寝首を掻かれぬようにすることだな」
「ククッ、どうした、フルベイン卿。今日はやけに絡むではないか。それとも、今更アイラとシャーリィが私の手に渡ることに不満を覚える多とでも?」
「チッ…!アレは最早フルベインではない!今更何とも思わん!」
嘘だな。
マクシミリアンの日記や複数の本から、フルベイン家の者達が形はどうあれアイラに対して深い愛情を持っていたのは間違いないのだ。
向けられている感情が愛情か憎悪かは定かではないが、何とも思わないということだけは絶対に無い。彼はアイラに対して強い執着を持っている。
であれば、フルベイン侯爵が不愉快な表情をしているのは終始得意げになっているヘシュトナー侯爵の態度が煩わしいのか、アイラとシャーリィを手に入れると発言した際の表情が非常に下卑たものだったからかのどちらかだな。
多分だが、両方だと思う。
まぁ、私がそう思うだけなのだが、ヘシュトナー侯爵の態度は一目見た時から私に不快感を与えてくる。
と言うか、ヘシュトナー侯爵はアイラとシャーリィを手に入れたかったのか。
だが、手に入れてどうするつもりだと言うのだ?まさか侍らせると言うわけでも無いだろうし。
シャーリィはともかく、ヘシュトナー侯爵もアイラも年齢で言えば生物としての機能が下がり始めて来た年齢だ。今更繁殖に励むとは思えないのだが…。
いや、待て。ここは私の感覚で考えては駄目だ。相手は人間同士なのだからな。人間達の基準で考えなくては。
今日の冒険者達の反応から、人間達の性欲に関する本を重点的に図書館で読み漁っていたのだ。ちょうど良かったと言える。
ええっと、確か…人間達にとって繁殖の行為と言うのは、ただ子供を儲けるだけでなく愛情表現の一種であり、快楽を得る手段でもあると記載されていたな…。そして、そういった行為をする相手は器量が良い程快楽を得やすいようだ。
シャーリィの現在の容姿は分からないが、アイラの容姿は人間としてとても整っていた。
ヘシュトナー侯爵の態度から、彼が愛情のある人物には到底見えないことから、彼の願望はアイラとシャーリィの親子との繁殖行為によって快楽を得るためだと考えて良い…のか?
人間達の間では性欲に関わる話を公の前ですることは一般的に忌み嫌われているようなので、それでフルベイン侯爵が不快感を示したのであれば納得がいく。
しかもその感情を向けられているのが自分の肉親であると言うのであれば、極めて複雑で不愉快な感情を抱いたとしても何の不思議も無い。
この話をマコトとユージェンにした場合、2人とも激怒しそうだな。内密にしておく理由も無いし、マコトの環境が落ち着いたら話しておこう。
その後、彼等は非常に回りくどい言い回しをしながら、2時間も掛けて今後の動向を話し合っていた。
その回りくどさは正直、貴族とはとても面倒な連中だと改めて思ったほどだ。
彼等の話を要約すると、現在この国の騎士の扱いは貴族でなくとも貴族と同等に近い扱いを受け、貴族であるならば基本的に同格の爵位を持つ者よりも上位の扱いになっている。
彼等はこの事実が心底気に入らないらしい。
なので騎士団を彼等の持つ戦力と権力で制圧して、騎士達を全て特定の貴族の管理下に置いてしまおうと言うのが、彼等の計画の目的のようだ。
正直、モスダン公爵以外の者達は自分達のことしか頭になく、この国そのものについてはまるで考えていないようだった。
騎士を貴族の管理下に置く理由も、自分達の私兵として騎士達に”楽園”に採取に向かわせるためのようだ。
最初にも言ったが、まったくもって本当に、浅ましいのはどちらなのだろうな?
ある程度の目的を語り合った後、まだ得てもいない富について願望を語り合う彼等の様子は、私から見たらあまりにも妄誕無稽であった。
そんな会話が、2時間も続けられていたのだ。時刻は既に日を跨いで午前1時、本来ならベッドに潜って熟睡している時間である。
それをこんな下らない会話で台無しにされたのだ。辟易とするのも当然だろう。
ちなみに、この話をしている間、他の2体の幻はヘシュトナー侯爵とフルベイン侯爵両方の屋敷をくまなく物色している最中である。
物色と言っても、金目の物や珍しい道具を回収したりしているわけでは無い。
彼等の回りくどい会話の中に、いくつか両侯爵の屋敷の情報に関する発言があったのだ。
その発言を参考に、私達が今後優位に立てる書類や資料がないか、屋敷内をくまなく調査していたのだ。
で、成果は上々。
フルベイン侯爵の屋敷からはナウシス騎士団の装備に関する情報から彼等の家柄、巡回経路の予定まで見つけられた。
ヘシュトナー侯爵の屋敷では、何とナウシス騎士団の団長との癒着の証拠となる書類を発見できたのだ。
これは回収案件だな。本物は私の『収納』に仕舞って、複製した物を元の場所に戻しておこう。ヘシュトナー侯爵を追い詰める材料の1つとなる筈だ。
そして密会が終わり、貴族達が爵位の低い者達から順に退室していく。
だが、この屋敷の主であるモスダン公爵だけは他の5人の貴族達が退室した後も椅子から立ち上がらずに沈黙を続けていた。
彼は私が幻を背後に発生させてからというもの、平静を保ちながらも内心は常に緊張し続けていた。
5人の貴族達が退室してから15分。ようやくモスダン公爵が動いた。
自信の魔力を私の幻に当てて、語り掛けて来たのだ。
「……聞こえているのだろう?可能であれば、話をしないか?」
まったく、これだから人間は面白いのだ。