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やっていくよーん
主は、もともと壊れていたわけではない。
ちゃんと笑えるし、冗談も言えるし、人と話すこともできる。
ただ、少しだけ――疲れていただけだった。
人の声色や、間の取り方、視線の揺れに敏感で、
相手が気づくより先に感情の変化を拾ってしまう。
それを口に出すことはない。
出せば空気が壊れることを、知っているから。
だから、明るく振る舞う。
無意識に。癖のように。
大丈夫だよ、と笑うことに、理由はいらない。
一人になると、胸の奥に溜め込んだものが少し溢れる。
夜だったり、誰もいない部屋だったり、
理由は毎回違う。
涙が出ることも、呼吸が乱れることもあるけれど、
それを誰かに見せることはない。
時間をかけて、静かに、元に戻す術を身につけていた。
歌が好きだった。
上手いかどうかより、声を出すことが大切だった。
旋律に乗せて息を吐くと、
心の中のざわめきが、少しだけ整う。
誰かの前で歌う時もあれば、
小さく口ずさむだけの夜もある。
その日も、主はいつも通りだった。
少し疲れていて、少し無理をしていて、
それでも、日常を続けていた。
だからこそ――
猫が落とした指輪を拾ったことが、
すべての始まりになるとは、思っていなかった。