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『互いの気持ち』
その日の夜。
みすずはベッドに座っていた。
朝のことが、ずっと頭から離れなかった。
泣いていたなぎ。
震えていた手。
「……僕、みすずがいなくなったら……」
あの言葉が何度も蘇る。
みすずは胸元を押さえた。
自分でも、少し変だと思う。
あれだけ逃げたかったのに。
今は。
「……離れたくない」
ぽつり。
自分の口から出た言葉に、みすず自身が驚いた。
そのとき。
コンコン。
「みすず?」
「……なぎ?」
「入っていい?」
「うん」
扉が開く。
なぎが顔を覗かせた。
「まだ起きてた?」
「うん」
「そっか」
なぎは部屋へ入ると、いつものように扉を閉めた。
けれど今日は、すぐには出ていかなかった。
「……どうした?」
「少しだけ、ここにいてもいい?」
「いいよ」
なぎはベッドの横に座った。
二人の距離は、いつもより近い。
肩が少し触れそうなくらい。
「今日……ごめんね」
なぎが呟く。
「何が?」
「朝。怖くなって、みすずを困らせた」
「……ううん」
「本当?」
「うん」
みすずは少しだけ笑った。
「俺も、悪かったし」
「逃げようとしたこと?」
「……うん」
なぎが黙る。
「でも、帰りたかったんだ」
「分かってる」
「今も?」
「……」
みすずは少し考えた。
そして。
「前ほどじゃない」
なぎが顔を上げる。
「……どういうこと?」
「今日、なぎが苦しそうにしてるの見て」
みすずは視線を落とした。
「なんか……一人にしたくないって思った」
「……」
「俺、おかしいかな」
なぎは答えなかった。
ただ、少しずつみすずとの距離を縮める。
「なぎ?」
「……嬉しい」
「え?」
「すごく嬉しい」
なぎの肩が、みすずの肩に触れた。
離れようと思えば、離れられる距離。
でも。
みすずは動かなかった。
「……みすず」
「ん?」
「もう少し近くにいてもいい?」
「……うん」
なぎがゆっくり近づく。
肩が触れる。
腕が触れる。
それだけなのに。
妙に意識してしまう。
みすずの心臓が、少しだけ速くなる。
「……緊張してる?」
なぎが小さく笑う。
「してない」
「顔、赤いよ」
「うるさい」
「ふふ」
なぎが笑う。
その笑顔を見ていると。
みすずまで自然に笑ってしまった。
「……なぎ」
「なに?」
「手」
「え?」
「今日みたいに……また苦しくなったら」
みすずは自分から、なぎの手を取った。
「これ、握っていいから」
なぎが目を見開く。
「……いいの?」
「うん」
「ずっと?」
「……ずっとは無理」
「そっか」
「でも」
みすずは少しだけ強く握った。
「俺から離れるつもりは、もうないから」
なぎが固まった。
「……本当に?」
「うん」
「逃げない?」
みすずは少しだけ考える。
そして、ゆっくり頷いた。
「逃げない」
「……約束?」
「約束」
なぎは安心したように笑った。
そして。
繋いだ手を胸元へ引き寄せる。
「……嬉しい」
「そんなに?」
「うん」
なぎは目を細めた。
「僕、ずっと怖かったから」
「……もう大丈夫」
「みすずがそう言ってくれるなら」
なぎはそっと、みすずの肩へ頭を預けた。
「信じてもいい?」
「うん」
みすずも、そのまま動かなかった。
静かな部屋。
聞こえるのは、二人の呼吸だけ。
少しして。
なぎが小さな声で言う。
「……みすず」
「ん?」
「好き」
「……」
突然の言葉に、みすずの顔が熱くなる。
「……急に言うなよ」
「ごめん」
「……でも」
みすずは俯いたまま呟く。
「俺も……たぶん」
「たぶん?」
「……好き、だと思う」
なぎが顔を上げる。
「ほんと?」
「何回も聞くな」
「だって嬉しいから」
なぎは笑った。
その笑顔を見て。
みすずも思った。
ここに来たばかりの頃は。
ただ怖かった。
外に出たかった。
この場所から逃げたかった。
なのに。
今は。
なぎの隣にいることが、少しだけ心地いい。
そして何より。
「……もう、離れたくない」
その気持ちは。
もう、誤魔化せなかった。
みすずは繋いだ手を、自分から握り直した。
なぎも、ぎゅっと握り返す。
二人の距離は。
もう、昨日までとは違っていた。
コメント
1件
第7話、読み終わりました。みすずが「離れたくない」と自分で言って驚くところ、すごく好きです。逃げていた気持ちが変わっていく過程が、肩が触れる距離や手を握る仕草で丁寧に描かれていて、胸が熱くなりました。なぎの「好き」にみすずが「たぶん」と返す、そのたどたどしさが逆にリアルで…。最後に自分から握り返すみすずの成長が尊かったです。お二人の距離が一歩近づいた夜、とても素敵でした。