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朝露で湿った大地。

 しらじらと明けていく空。

 静まり返った荒野と、ひたむきな足音。

 少年は歩く。息遣いは乱れ、顔色もわずかに青い。無理もないだろう、昨晩は一睡もしていないのだから、心身共に疲弊しきっている。

 それでも今は休めない。猶予が無いことを本能的に察知しているのだから。

 背中には仲間のエルディア。全身が土と血液で汚れており、表情も苦しそうに歪んでいる。

 寝息とすら呼べないほどに、呼吸が弱々しい。それこそが残り時間の少なさを物語っている。

 だからこそ、歩き続ける。己の体調など二の次だ。彼女を運ぶため、命を燃やして前へ突き進む。

 努力が報われるとは限らない。

 それでも今回のように明確な目的地が定められているのなら話は別だ。

 立ち並ぶ長身の樹木達。遥か前方のそれらは荒野には不釣り合いだが、その一画だけは命があふれている。

 迷いの森。この旅の終着駅だ。二人が目指した場所が、眼前に青々と広がっている。

 上空には真っ白な雲達。それらは時折朝陽を遮りながら、西風によって少年の後方へ運ばれていく。

 振り返らずに、がむしゃらに、歩き続けた成果だ。

 本来ならば二日程度は見込む必要があった。

 食事。

 適度な休憩。

 夜になったら睡眠。

 そういった要素が進行を遅らせるのだが、人間には必要不可欠であり、怠ってはならない。

 だが、ウイルは無心で歩き続けた。

 真っ暗な星空の下、一晩中歩いてみせた。

 だからこそだ。

 翌朝、二人はついに魔女の住処へたどり着く。

 景色と匂いの急激な変化。

 茶色だけの世界に黄色や緑色が加わり、土の匂いにむせかえるような草木の香りが溶け込む。

 森林地帯だ。

 樹木が密集するこの地には、なぜか魔物が生息していない。それを裏付けるように、ウイルの天技も敵影を見つけられずにいる。

 つまりは無人だ。人間も住み着いてはおらず、この地は放置された森として、今に至る。

 そう思っていたが、真実は異なるらしい。

 魔女と呼ばれる彼女らが、ここに隠れ住んでいる。白紙大典からもたらされた情報だが、常識とは逸脱していた。

 本来ならば信じるに値しない。彼女が嘘をつく理由は見当たらないが、教養のある人間ほど、その助言には抵抗を覚える。

 魔女は人間と瓜二つの姿をした魔物だ。知性の真似事で人間を欺くが、せいぜいその程度が限界のはずだった。

 しかし、真実は異なる。

 彼女らは魔眼という特異性を備えただけの人間。つまりは、文化的な暮らしを育んでおり、ひっそりとどこかに隠れ住んでいる。

 その一つが迷いの森だ。

 だからこそ、ウイルはここを目指した。そうすることでしか母を救えないと思えたからだ。

 木々を避けながら、重い足取りで歩みを進める。ふらふらと体が揺れる理由は、エルディアが重いだけではない。この少年も既に満身創痍だ。

 そもそもどこを目指せば良い?

 迷いの森に到着したものの、そこから先の航路は不明だ。

 薄汚れた二人の傭兵。

 それを嘲笑う者はここにはいないが、代わりに小さな住民達が顔を見せ始める。

 三毛猫。

 黒猫。

 子猫。

 模様も大きさも多種多様な猫達が、木々の隙間から来客をじっと観察している。


「はぁ、はぁ……。はぁ、はぁ。ん……? 猫? ごほっ、ごふっ。はぁ、はぁ……」


 体力は既に空っぽだ。精神力だけが少年を突き動かしており、目が霞む中、少し遅れて小動物達の存在に気づく。

 実は、ウイルは大の猫好きだ。このような状況でなければ、撫でまわすために歩み寄っていただろう。

 もちろん、今は自粛する。

 最優先は魔女との邂逅。そのために、なけなしの力を振り絞って森の中をさ迷い続ける。

 一時間程度が過ぎ去っただろうか。時間の感覚も、現在地も、方角さえも見失い、少年の瞳からはついに涙がこぼれ始める。

 怖いのではない。

 心細いからでもない。

 手を差し伸べてくれないことが腹正しいからだ。

 この地が無人でないのなら、人間という異物の侵入にも気づいているはずだ。身勝手ながらもそう推測し、雄たけびをあげてしまう。


「僕の名前は! ウイルです! がふっ、はぁはぁ……。どうか! 助けてください! エルさんを! この人を!」


 周囲が静かに色めき立つ。

 この瞬間、予想は確信に変わる。

 自身に向けられる多数の視線。その正体が魔女かどうかまではわからないが、消去法を用いるなら彼女らが最有力だ。

 警戒しているのか。

 物色しているのか。

 何にせよ、どこか排他的な感情がウイル達に向けられる。

 悲痛な叫び声が森の中を駆け巡るも、残念ながら応答はない。

 だからといって諦めない。何日もかけてここまで来たのだから、切り札のようにその名を叫ぶ。


「いるんでしょう! ハクアさん! 僕は! 傭兵です! はぁ……はぁ……。あなたに! 会いに来ましたぁ!」


 そして、最後のカードを切る。


「白紙大典! この本にぃ! 教えてもらいました! がはぁ、ごほっ……」


 両手はエルディアを支えるために使っている。それでもその本を呼び出すことは可能だ。

 魔法のように現れた純白無地の古書。目の前のそれはふわふわと浮いており、手で支えることすら必要としない。

 導かれて。

 誘われて。

 ここまでやって来た。

 ならば、後は会うだけだ。そのために、少年は全力で語りかけた。


(早……く……)


 限界だ。ウイルの意志とは無関係に、体から力が抜け落ちる。その場で前のめりに崩れ、受け身すら取れず、背中のエルディアもろとも地に伏せる。

 大丈夫。

 そんな声が聞こえた気がしたが、薄れゆく思考では確認のしようもなかった。

 気絶するように眠る。

 もしくは、眠るように意識を失う。

 どちらにせよ、今は土のベッドで休むしかない。

 ほのかに暖かく、ゴツゴツと硬い地面。寝心地は決して優れないが、わがままを言える状況ではないため、大人しく身を委ねながら少年は寝息をたてる。

 力尽きた子供。

 瀕死の女傭兵。

 そんな二人を取り囲む無数の足音は、決して猫だけではない。

 ここは迷いの森。魔女が隠れ住む、うっそうと茂った森林。



 ◆



「いつ見ても綺麗な髪だね~」


 女は手を伸ばす。その先には透き通るような赤色の髪。


「そ、そんなことないですよ……。あん、くすぐったいですー」


 嫌がる素振りを見せながらも、心の底では喜んでいるのだろう。赤髪の魔女は笑顔をこぼす。

 ここはのどかな草原の一画。

 一方で周囲は騒がしい。軍人や魔女達が大人数を前提とした昼食の準備をせっせと進めているからだ。


「もっと伸ばしたら~? 似合うと思うよ?」

「ほ、本当ですか? そんなこと、誰にも言われたことないですよ?」


 即席の野営地で、二人は仲睦ましく交流を深める。


「今はかわいかわいって感じだけど、ロングにしたら美人っぽさが加わるって~。あ~むっ」

「お世辞でもうれし……、ちょー⁉ 食べないでくださーい!」


 女はさりげなく顔を近づけ、赤色の髪をそっと口に含む。


「はむはむ」

「お、お止めくださーい! あ! イグリス様! お助けてください!」


 微笑ましいながらも不思議な光景だ。ゆえに、その男は重鎧の重さを感じさせぬ速さで無言のまま立ち去る。


「はむはむ」

「エ、エリシア様~……、なんとかしてください~……」

「いつものことじゃない。楽しそうでなにより」


 その女も無関心を貫く。

 食事の準備は順調なのだろう。香辛料と肉が出会った香ばしいハーモニーが周囲に漂い始める。

 彼女らのじゃれ合いは皆にとっても見慣れた光景の一つだ。誰も関わろうとはせず、自分達の仕事に没頭している。


「ふふ、逃げようとしても無駄よ。いざとなったら火花あたりで封印しちゃうんだから」

「卑怯ですー! どなたか、王を呼んできてくださいー!」


 これもいつものやり取りだ。

 彼女がからかい、この魔女が降参し、最後はその男が場を納める。

 恒例のパターンなのだが、だからこそ周囲に笑いが起こる。見飽きた流れゆえ、だからこそおもしろい。

 輪郭のはっきりとしない風景。

 もやもやと霧ごしに見るような映像。

 誰の記憶だ?

 心当たりなどない。

 だからこそ、心当たりがある。

 彼女の大事な思い出。

 彼女の二度と戻らぬ思い出。

 決して忘れたくない、彼女らの大事な思い出。

 いつまでも色褪せない、遠い遠い昔話。



 ◆



(今のは……)


 誰なのか、ウイルは寝ぼけた頭で思い出そうとするも、当然だが思い当たる節はない。


(ここは?)


 家の中だ。それだけはわかる。

 居間なのか客間なのか、随分と広い居住空間だ。

 鼻に届く古めかしい匂いは、古書達のものだろうか? 少なくとも、少年の自室とは似て非なるものだ。

 暖かな布団の中で、姿勢を変えず天井を見上げる。薄い茶色が視界一杯に広がるも、その木目は初めて見る模様だ。

 つまりは、知らない部屋。顔を動かさずに視線を左右へ移すと、大きな本棚や立派なタンスがいくつも並んでおり、それらを眺めながら少年は思考を整えていく。


(助けられたってことなのかな……)


 正解だ。ウイルは保護され、今に至る。


(体は……、もう痛くない。お腹が減ってるけど、今何時くらい?)


 ズキズキと主張していた成長痛。今はすっかり消え去り、コンディションとしては申し分ない。

 窓の外は太陽光で満ちている。日中のようだが、午前なのか午後なのか、その判断は寝たままでは不可能だ。


 異常なまでの空腹。その理由はわからないが、解消するだけなら干し肉にでもかじりつけばよい。


(誰もいない?)


 この空間が無人かどうかも不明だ。広い部屋に自分一人だけ。それならそれで構わないが、何かがひっかかる。


(起きないと。でも、うぅ……)


 体はどこも痛まないが、その一方で非常に気だるい。まるで、寝過ぎた後のようだ。


(さっきのは夢? まるで、僕が僕じゃなかったような……)


 思考が落ち着かない。徹夜の弊害だろうと推測しつつ、一先ずは深呼吸で己を落ち着かせる。

 壁も天井も、箪笥も棚も、そのどれもが古めかしい。朽ちてはいないが、古風という単語すら不釣り合いなほど、この部屋からは長い歴史が感じられる。

 だからなのか、先ほどの映像が何度も繰り返し脳内を駆け巡る。


(赤い髪の、魔眼の人……。魔女だったな。エルさんより少し髪が長くて、大人なのに子供っぽい……。あ!)


 布団を払いながら、いっきに体を起こす。


「エルさん!」


 目を見開き、慌てて周囲を見渡すも、この部屋に布団は一つだけ。エルディアの姿はどこにも見当たらない。

 だが、独りではないとその声が知らしめる。


「やっと起きた。お寝坊な子供」

「……え?」


 聞いたことのある声だ。

 抑揚のない、女性の声。覚えはあるのだが、いつ、どこで話しかけられたのかまでは思い出せない。

 つい先ほどのような気もするが、寝ていたのだからそれだけはありえないはずだ。

 ウイルは声の方へ振り向く。

 真後ろ。上半身をねじり、その方向へ顔を向ける。

 血のように赤い髪。それはありえないほど長く、足の太ももにさえかかっている。

 黒目の中には赤線で描かれた新円。つまりは、その眼球は魔眼だ。彼女が魔女であることを物語っている。

 茶色を基調としたズボン姿の上に、医者のような白衣。

 ここの家主だろうか。落ち着きを払った女性が無表情のまま、鋭い目線を少年に向ける。

 初対面だ。にも関わらず、ウイルの口はありえないことをつぶやく。


「髪、伸ばされたんですね」


 知っている。

 その顔も。

 その声も。

 毛髪の味さえも。

 先ほどの草原にて体験したばかりだ。

 その言葉はこの魔女にとっても想定外だったのか、表情は崩さずに眉をわずかに動かす。


「初対面のはずですが。ウイル君」

「え、なんで僕の名前を……。あ、大声で名乗ったか」


 ここからは女が揺さぶりをかける。


(正解、と。あの子達の報告通り。だけど、わからない。わからないことが多すぎる)


 だからこその質疑応答だ。


「サタリーナとネイを覚えていますか?」

「サタリーナ? ネイ? あ、王国で出会った二人組の……」

「そうです。あなたのことは彼女達から聞いています。なんでも、母親のために薬を求めて旅立った、と」


 長身の魔女、サタリーナ。

 その妹、ネイ。

 城下町でこの姉妹を見かけた際にウイルは変色病について尋ねるも、彼女らの名前程度しか知ることは出来なかった。


「あの人達はここの……。あのう! ここは迷いの森、ですよね?」

「ええ。あなたはなぜここへ? いえ、その前に確認したいことがあります。あの本を……、本当にお持ちなんですか?」

「白紙大典のことなら、はい」

「そう……ですか」


 訪れる静寂。


(ありえない。だけど、今は喜ぶべき?)


 魔女は無表情を貫こうとするも、機微な変化は少年にも見て取れた。

 落ち込むような、喜んでいるような、どちらとも言い難い心情だ。ウイルは深く追求しようとはせず、大事な質問を投げかける。


「エルさんは無事ですか?」

「あなたが運んできた女性のことなら、大丈夫です。私どもの方で手当を施しました。危険な状態でしたが一命は取り止めたはずです」

「良かったぁ……。あ、そうだ!」


 彼女の返答に安堵しつつ、ウイルは立ち上がるや否や、改めて周りを見渡す。

 視線が停止したその先には、色褪せた赤茶色の背負い鞄。所持品が収納してあるマジックバッグであり、慌てて駆け寄ると同時に汚れた包みを大事そうに取り出す。

 赤く染まった黄色い風呂敷。それが丁寧に開かれると、そこには人間の右足が隠されていた。

 わずかに萎れたそれは靴を履いたままだ。断面図はむごたらしく、しかし出血は止まっている。


「エルさんの足です。も、元通りにして頂けないでしょうか?」


 仲間の右足を抱えながら、懇願する子供。その姿はまさしくこの世界の被害者ゆえ、赤髪の魔女も眉をひそめずにはいられない。


「見せてみなさい。あなた達に何があったの?」

「えっと、昨日の昼過ぎにミファレト荒野で巨人に襲われて、その戦いでエルさんの右足が噛み千切られてしまって……」


 その後、ウイルはエルディアを背負って逃げ切ってみせた。それが昨日のあらましなのだが、女は二つの違和感を抱く。


「意味が……わからない」

「え?」

「じゃあ、あなたがその巨人を倒したの?」


 一つ目の疑問がこれだ。この子供が強者には到底見えない。となれば、他に魔物を倒した人間がいるはずだが、今しがたの説明には彼ら以外の登場人物はいなかった。


「あ、いえ……。グラウンドボンドで足止めしている間に……、逃げました」


 情けないが事実だ。エルディアでさえ敵わなかった相手に太刀打ち出来るはずもない。尻尾を巻いて逃げるのが精一杯だったのだが、それはそれで上出来だ。


(どういうこと? この子が支援系で既にその魔法を習得しているとでも? 風貌も魔源の総量も、ただの子供でしかない。だとしたら……、ありえないけどそういうとしか……)


 女は物色するように少年を睨み、疑問を払うように目を閉じる。問いかける度に新たな疑問が生じるのだから、今は淡々と会話を進めるしかない。


「もう一つ。正しくは昨日ではなくて一昨日、でしょう?」

「おとと……い?」


 魔女の発言が少年の思考を停止させる。巨人族との遭遇は昨日のはずだ。そう思い込んでいたのだから、そこを訂正されるとは夢にも思っていなかった。


「あなた、昨日ここに担ぎ込まれて一日中寝ていたのよ。子供ってそんなに寝ていられるのね、ある意味羨ましい」


 その瞬間、ウイルは青ざめる。狂ってしまった時間感覚が急激に修復され、その結果、それが何を意味するのか飲み込めてしまった。


「巨人に襲われたのが、二日前……」


 その日は夜通し歩き続け、翌朝、迷いの森に到着。

 その後、ウイルは気を失い、ここに運び込まれた。魔女の言うことが正しければ、この時点で昨日ということになる。

 二十四時間、もしくはそれ以上もの間、寝てしまったのだとついに気づかされる。


「この足はもうダメ。壊死してる。くっつけることなんて不可能」


 時間切れだ。昨日の時点で既に手遅れだったが、どちらにせよ、ウイルの願望は潰えた。

 片足を失った人間は、日常生活すらままならない。道具や他者の助け無しに立って歩くことさえ出来ないのだから、それ以上を求めることは困難だ。

 エルディアは二度と傭兵として魔物と戦えない。その現実を突きつけられ、少年は静かに涙する。


「そ、そんな……。なんとか、ならないんですか? 魔女の力で……」

「無理よ。死んだ部位の復元なんて。命が助かっただけで満足なさい」


 回復魔法は傷を癒すことしか出来ない。死人蘇らせることは不可能であり、切り離された人体に対してもそれは同様だ。

 魔女が言う通り、命が救われたことだけを喜び、今後は大人しく生きていけば良いのかもしれない。

 少なくとも、死んでしまうよりは幸運なはずだ。

 声をつまらせ、むせび泣くウイル。

 冷たい目でそれを眺める魔女。

 むなしいだけの時間が訪れるも、少年はどうしても諦めきれない。すがるように、その名を口にする。


「お願いします、ハクアさん。僕に出来ることなら何でもしますから……」


 頭を下げるウイルを眺めながら、ハクアと呼ばれた魔女が瞳を見開く。

 言い当てられた。報告にもあった通り、この子供は自分の名前を知っている。その事実が彼女の冷静さをわずかに奪い去る。


「……なぜ、私の名前を?」


 大事なことだ。問いかけずにはいられない。思い当たる節などなく、されどその可能性には行き着いている。

 つまりは、確認行為だ。ありえないはずの回答がもたらされるのか、別の理由があるのか、それを知らずにはこのやり取りは続けられない。


「白紙大典が、あなたのことを教えてくれました」


 それ以上でもそれ以下でもない。ただただ素直に情報源を提示する。

 嘘をつく理由はない。

 誤魔化す意味もない。

 だからこその返答なのだが、次の瞬間、部屋の空気が一変する。


「ああぁぁ……! そんな、そんなことが! ありえない! ありえないぃ!」


 突然の叫び声に、ウイルも涙をこぼしながら唖然とする。

 発狂。

 絶叫。

 落ち着きを払っていた魔女が真っ赤な長髪を躍らせながら、ありえないほど取り乱している。


「本当に……、そうなのですか? 本当に?」


 魔女は肩で息をしながら、顔だけを下に向け、独り言のようにつぶやく。赤色の前髪が邪魔をして、その表情をうかがうことは出来ない。


「あ、あの……」

「その本を見せなさい、早く……!」


 少年の発言を遮るように、怒気を含んだ声が指示を出す。

 出し惜しむ必要はないため、ウイルは言われるがまま、眼前に純白の本を出現させる。


「あぁ……、この日をどれほど待ちわびたか。……ーヌ様」


 ゆっくりと歩き出す魔女。その表情はぐちゃぐちゃに崩れ、瞳からは大粒の涙が滴り落ちる。

 少年の目の前で彼女を手に取ると、その女は大事そうに抱えながらその場にうずくまる。


「白紙大典が言ってました。あなたに会えたら、よろしく、と」


 果たされた運命の再会。それが何を意味するのか、ウイルはまだ知らない。

 広い部屋には二人と一人。

 エルディアを想い、泣く少年。

 相まみえたことを喜び、嗚咽を漏らす魔女。

 涙の理由は異なるが、騒音は影を潜め、今は静かな時間が流れる。


「教えてください。あなたはこのお方と話が出来るのですか?」

「と、時々なら……」

「そう……」


 会話が途切れ、痛いほどの沈黙がこの場を支配する。

 ただの静寂ではない。泣き止んだ彼女は思考を巡らせており、言うなれば忙しいだけだ。


(私の推察が正しければ、迂闊なことは言えない。ましてや、今この子供を殺すことも絶対に避けなければならない。どうする? どうする? そう……ね、先ずは確認しないと)


 女は胸に白紙大典を抱えたまま、先ほどまでの定位置まで静かに後ずさる。


「この本はどこにあったのですか?」

「ぼ、僕の実家の地下倉庫……です」

(そんなところに……。探しても見つからないはず。紆余曲折をえて、城から持ち出されたか)


 ウイルにとっては些細なことだが、ハクアと呼ばれた魔女にとっては彼女の所在は重要だった。今となってはどうでもよい情報なのだが、興味も相まって尋ねてしまう。


「あなたがこの本と契約を結んだ。どうやって?」

「えっと、話しかけられたんです。今って何年? みたいな。母様の病気について話したら、あなたのことを教えてくれて……。そして、契約を結びました」


 地下室で泣いていたウイルに手を差し伸べてくれた存在こそが、白紙大典だ。力なき子供に魔法を与えるため、両者は契約に至ったのだが、その奇跡はこの魔女にとってにわかには信じがたい。


(嘘は……、ついていないように見える。だけど……)


 鵜呑みには出来ない。現物を見せられてもなお、本来ならありえないからだ。


「あなたが使える魔法は、グラウンドボンドとコールオブフレイム。この二つよね?」

「え、なぜわかるんですか? グラウンドボンドはさっき言いましたけど、コールオブフレイムについては……」


 説明していない。だからこそ、少年は問いかけ直してしまう。


(なぜ、土の魔法を? あれは奴が持っていたはずなのに……。素直に聞いてしまう? ううん、それは避けないと)


 迂闊な問いかけは自身の正体を晒してしまう。ましてや彼女が聞いているのだから、聖人のように振る舞わなければならない。


「このおか……、この本については誰よりも存じていますので。ところで……」

「あ、あの! エルさんの足は……、本当にもう治らないんですか?」

「あぁ、そのことなら……、そう……ね」


 ハクアがそうであるように、ウイルも必死だ。ここを訪れた理由は別にあるのだが、今はエルディアが心配で仕方ない。


(く、ぞんざいにあしらったら嫌われてしまうかも。それだけは嫌! 仕方ない。もったいないけど最後の一つを使うしか……)


 即座に思考を巡らせ、渋るようにその一手を思い描く。つまりは、治療の手立てがあるということだ。


「あー、思い出した。丁度良い魔道具があった。それなら欠損した部位を復元することも可能。その子に使ってあげる」

「す、すごい……! ありがとうございます!」


 態度の豹変を疑問に感じる余力すらない。泣き止んだばかりのウイルだったが、再び涙を浮かべてお辞儀をする。

 感謝しかない。一度は絶望したが、エルディアの傷が完全に癒えるのだから、彼女は今後も傭兵として生きていける。


(や、やりづらい……。だけど今は我慢)

(やったやった! やっぱりハクアさんはすごいや! 物知りなだけじゃなくて魔道具すら作れるなんて)


 一部とはいえ、人体の生成とその結合。この技術水準は明らかにオーバーテクノロジーだ。イダンリネア王国でさえ、そこまではたどり着けてはいない。

 冷静さを欠いているため、ウイルはそのことを見落としてしまう。普段なら即座に気づき、問い詰めていただろうが、なんにせよ、今は子供のように笑顔をこぼす。


「あなたは、この本と話が出来る、と」

「あ、はい」

「だったら、私にも出来るの?」

「いえ。僕だけのようです。それに、いつでもというわけでもなくて……」


 その返答が魔女を大きく落胆させる。予想はしていたが、それでもなおわずかな可能性に賭けていたため、悲哀を隠し切れない。


(まぁ、いい。こうやって見つけられたのだから、後は機会を伺って手に入れるだけ。あぁ、その時が待ち遠しい)


 白紙大典。この魔女はこれを長年探し続けてきた。

 そして、それが今手の中にある。所有者は正面の子供だが、それならそれで奪えば済む話だ。


「あ、あの! もう一つ、いいですか……?」

「なに?」


 ここからが本題だ。二人の旅はそのためのものであり、ウイルはもう一つの願望を口にする。


「変色病の、ううん、呪恨病を治すための薬を……僕にください!」


 変色病。イダンリネア王国ではそう呼ばれており、魔女達は呪恨病と呼んでいる。

 感染した者は高熱にうなされ、その後、視力を失う。

 そればかりか、数か月以内に肌が紫色へ変色し、その果てに死に至る。

 致死率百パーセントの奇病だが、白紙大典の助言でウイルはこの地を目指した。

 ハクアなら力になってくれる。

 嘘か本当かは不明だったが、手がかりはそれしかなく、エルディアと共に出発し、今に至る。


(そういえば、サタリーナからもそんな報告を受けてた。なるほど、このお方が私を頼ってくれたのね。あぁ、うれしいです)


 白紙大典を一層強く抱きしめながら、女は小さく身震いする。歓喜に打ちひしがれているのだが、少年の発言を無視するわけにもいかず、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「呪恨病のことなら知っています。三百年前に撒かれた病ですね」

「まか……れた?」

「感染経路はどうでもよいですね。薬なら……」


 言い淀むように固まるハクア。ウイルにとってはその先が重要なのだが、それは彼女にとっても同様だ。


(これを利用しない手はない……か。嘘は言っていない。だから私は悪くない)


 妙案を思いつき、魔女は表情を崩さずに心の中で笑う。

 嘘ではない。よって良心が痛むこともなく、事実を淡々と伝え始める。


「薬なら、材料さえ揃えば作れます」

「本当ですか⁉」

「ええ。アマリリスの根が手に入ればすぐにでも……」


 幸運だ。ウイルは叫びたい感情を押しとどめ、静かに喜ぶ。

 眼前の魔女は想像以上に博識だと証明された瞬間だ。

 解明すらされていない変色病の薬を作成。それを可能とする人間は、少なくともイダンリネア王国にはいない。偉業以外のなにものでもなく、母を救える可能性がグッと高まったのだから、居ても立っても居られない。


「そ、それはどこにあるんですか?」


 薬の作成に必要が最後のピース。赤色の花を咲かせるアマリリスがそれであり、園芸として人気の一種だ。

 探せばこの地でも見つかりそうゆえ、ウイルは急かすように問いかける。


「ラゼン山脈に咲く、青いアマリリス。その根っこが必要です」

「そ、そんな場所に……? いえ、わかりました!」


 ラゼン山脈。地理的にはそう遠くなく、迷いの森の北に位置する。ミファレト荒野を北東へ三日ほど進み、たどり着いた高原を北西へ。行きつく先がこの山脈だ。

 片道一週間程度だろうか。当然だが道中は魔物と遭遇するため、非常に危険な旅路だ。もしてや今回は目的地があまりに非常識過ぎる。


(ラゼン山脈……、授業で習った。ありえないほどに魔物が手強いって。確か、巨人族すらも近寄れないくらい……。ううん、関係ない。今の僕ならやれるはず!)


 諦めない。薬の材料がそこにあるのなら、単身でも向かうつもりでいる。

 当然だが、魔物には勝てるはずもない。だが、逃げるだけなら可能だと確信している。

 最大三十秒もの間、魔物をその場に縛る魔法。

 視認せずとも魔物の居場所を感知する天技。

 この二つが揃っているのだから、慢心でもなんでもなく、やれるという自身に満ちている。

 隻腕の巨人から逃げ切れたという実績がそう思わせるのか。

 薬の入手という願望が幻を見せているのか。

 どちらにせよ、ウイルに選択肢などないのだから、成功の確率を算出するよりも先に旅立つことを決意する。

 危険だろうと、無茶であっても、今回ばかりはためらわない。

 時間は限られている。猶予はまだ二か月近くあるはずだが、容態が悪化する可能性は捨てきれない。

 ゆえに、少年は早速出発する。

 エルディアは未だに意識を取り戻さないが、傷の手当は完了している。右足の復元についても、ウイルが戻るまでには準備に取り掛かれるらしく、ならば後ろ髪をひかれることもない。

 最低限の旅支度を済ませ、久方ぶりの言葉を口にする。


「行ってきます」


 誰に聞かれることもなく、少年は歩き出す。わがままを言ってこの地の魔女から携帯食料を分けてもらったが、彼女らの協力はここまでだ。

 そう。十二歳の子供は一人で向かわなければならない。

 ラゼン山脈はそれほどに危険な場所であり、仮に腕の立つ魔女がいたとしても、そしてエルディアであってもそこに足を踏み入れることはご法度だ。

 ゆえに、同行人を集うことは出来なかった。

 一方、ハクアを筆頭に森の住民達は誰一人として少年の愚行を止めようとはしなかった。

 そう仕向けた。全ては長であるハクアの策略だ。

 情報と食料を与えることでウイルを誘導し、この状況を作り出す。

 わかっていない。なぜなら十二歳の子供だ。傭兵の助力なしに目的地へたどり着けるはずもない。

 わかっていない。無知だからこそ、歩き出せるのかもしれない。

 わかっていない。誰も気づけていない。この少年にからみついた、いくつもの思惑を。

 わかっていない。ハクアですら見落としている。その道化師の思惑を。

 少年は歩き出す。

 周囲には木造の古ぼけた建物がいくつも立ち並ぶ。森の中に小さな村が形成されており、長い歴史の中でここが見つかっていない理由は、ハクアの働きによるものだ。

 結界。迷いの森に張られたそれは、第三者に自分達の存在を気づかせぬばかりか、建物への接近すら許さない。

 方向感覚を失わせ、気づけば森の外へ誘導するのだから、迷いの森という名称は伊達ではないということだ。


(当たり前だけど、魔女だけじゃないんだな)


 見知らぬ土地を観察しながら、ウイルはグングンと進む。

 この集落には、大勢の人間が居を構えている。その多くが普通の瞳の持ち主であり、魔眼を保有する魔女の方が少数だ。

 男女比率は半々ではなく、女性の方が多い。


(母様。必ず薬を持ち帰ります。あ、帰るって表現はおかしいか)


 少年は歩く。

 これが初めての一人旅。

 魔物に襲われれば殺される。

 道に迷うだけでも死が近づく。

 ゆえに、成功するはずがない。

 仮に奇跡が起きたとしても、ラゼン山脈までだ。その地に生息する魔物はそのどれもが異常なほどに手強く、人間も魔女も巨人族でさえも近寄ろうとはしない。

 それでも向かう。その愚直さが、今回は利用されてしまった。


(契約の破棄は、殺すのが手っ取り早い。だけど、私が手を下すわけにはいかない。ふぅ、我ながら天才。長生きしてて本当に良かった)


 客人がいなくなった部屋にポツンと女が一人。魔眼は窓越しに変わらぬ風景を眺めているが、目尻は小さく笑っている。


(実に愉快……、なんて言うとあいつみたいで気持ち悪いけど、この気持ちは誤魔化せない。ふふ、待ち焦がれておりました……、何年も、何百年も)


 ウイルが旅立つのだから、白紙大典ともしばらくお別れだ。それでも、寂しくはない。鞄に追跡用の魔道具をひっそりと取り付けており、死んだ頃合いで回収に向かえば彼女の願望は今度こそ完全な形で成就する。


(順調に進めたとしても往復で二週間。まぁ、一週間もかからずに殺されるでしょう。完璧な作戦。あ、その時は私がアマリリスの根を拾わないと。君のお母さんはきちんと助けてあげるから、大人しく死んでちょうだい)


 ハクアは眺める。

 窓越しの青空。

 同胞達が住まう家々。

 この村を覆う、数えきれない木々。

 楽しそうに走る女の子達。

 視界の端に猫の集団が映りこむも、それは無視してゆっくりと振り返る。

 部屋の奥に設置された大きな机。その周囲にも本棚が並べてあり、ハクアはその中から真っ白な背表紙に触れる。


(この偽物はもう不要だし、捨ててもいいか。あいつを騙すためだけに慌てて作ったのも、今となっては良い思い出……。まぁ、本物が手に入ってからでいいか。今は慌てず、ゆっくりと待ちましょう)


 本から手を放し、踊るように椅子へ腰かける。


(ねぇ、マリアーヌ様)


 後は待つだけだ。

 一日か。

 一週間か。

 二週間か。

 ウイルが何日生き延びるかはわからないが、信号が夜間以外で動かなくなったら、その時が合図だ。

 白紙大典の回収。それこそがハクアの宿願であり、欲望であり、贖罪でもある。


「はぁ」


 大きな吐息はため息だ。その瞬間が待ち遠しくて仕方ない。少年が出発してまだ何十分も経過しておらず、一、二週間も辛抱していられるか、早速自信を失う。


(さっさと死んでくれれば……)


 白紙大典、その本人に見られている以上、ウイルを直接殺めることだけは避けなければならない。

 嫌われず、思惑を見抜かれず、優しい協力者を装ったまま、契約者には死んでもらう。その果てにハクアが彼女を回収することで目的は果たされる。

 再び窓の外を眺めると、やはり見飽きた景色が広がっている。


「んん?」


 間違い探しのような何か。ハクアもついにそれに気づく。

 その一か所に集まる、猫、猫、猫。

 そして、寝転がりながらそれらを撫でまわす十二歳の子供。

 お腹には子猫を乗せており、両手はそれぞれ別の猫を起用に撫でまわしている。

 顔は情けないほどとろけており、今がまるで幸せの絶頂のようだ。


「さっさと行けーっ!」

「うわ、なぜか怒られた……。ちょ、ちょっとくらい、いいじゃないか」


 ウイルは大の猫好きだ。貴族が住まう区画には野良猫がおらず、家でも猫は飼っていなかったため、触れる機会はほとんどなかった。

 立ち上がり、別れを惜しんで歩き出すも、再び猫達の元へ。


(やっぱりもう少しだけ。あ……)

「殺すぞ、このガキ」


 遠方の家から放たれる異様な殺気。発信源は窓辺に立つ赤髪の魔女であり、ウイルは断腸の思いで旅立つ。


(不思議だ、体が軽い。あ~、エルさんがよっぽど重たかったのかな? 本人にそんなこと言ったら、グーで殴られそうだから言わないけど)


 足取りは軽快だ。荷物はマジックバッグと腰のブロンズダガーのみ。普段通りではあるものの、いつも以上に体が楽に進んでくれる。

 もちろん、錯覚などではない。脂肪の燃焼に伴い、体重が幾分軽くなったからだ。その上、圧縮錬磨の成果が遅れて発現したのだから、体力、身体能力共に子供の水準を大きく上回った。

 目指すはラゼン山脈。ミファレト荒野を越え、その北にある高原のさらに先が目的地だ。


(天技をフル活用すれば、きっと大丈夫……)


 楽観的だとわかっていても、そう思わずにはいられない。


(あ、このあたりには魔物もいないし、今の内に天技の名前を考えようかな)


 迷いの森は平和だ。ハクアの結界がそうさせるのだが、裏を返すと退屈でもある。考え事をするには丁度良い。


(う~ん、難しいなぁ……)


 覚醒者。すなわち、天技を会得した者は、自身のそれに名称をつけることが自然な流れだ。必須ではないものの、名付けない場合、それはそれで不便なため、覚醒者は様々な想いを込めて呼び方を決める。


(能力は母様と同じなんだけど、母様も確か名前はつけてなかったはず……。まぁ、傭兵でも軍人でもないし、必要性がなかっただけか)


 ウイルの母、マチルダも天技の持ち主だ。息子の居場所が手に取るようにわかるのだが、それだけゆえ、戦闘面で役立つことはない。

 木々を避けながら、前へグングンと進み続ける。

 集落から離れ、森の中をどれほど進もうと、やはりレーダーは魔物を感知しない。

 時折見かけるのは小動物だけ。

 リス。

 鳥。

 猫。

 それらに見送られながら、少年は休むことなく歩く。


(僕はもう貴族じゃない。だから……、う~む、そんな後ろ向きな切り口はやめとこ)


 ウイル・エヴィ。本当の名前だ。しかし、その姓を名乗ることは許されない。エヴィ家の人間ではないのだから、今後は偽名を使って生きていく。

 ウイル・ヴィエン。即興で思いついた新たな名前。ギルドカードにもこちらが登録済みだ。


(ヴィエン、ヴィエン……。んー、思いつかないなぁ)


 ヴィエンを軸に考えるも、妙案はその姿を見せない。


(傭兵らしい方がいいのかな? それはそれでさっぱりだけど)


 貴族から傭兵へ。生き方としては正反対だ。

 温室育ちの子供には、務まるはずのない職業だろう。それでもここに立てている理由は、ひとえにエルディアが付き添ってくれたからだ。

 自由に生き、自由に戦う。それこそが彼女であり、ウイルもそんな生き方に憧れを抱く。


(自由……か。貴族には縁のない言葉だな。お金には困らないけど、地位に縛られる。いじめさえなかったら、僕もエヴィ家の長男としてがんばれたのかな?)


 貴族。特別な地位を与えられた特権階級。国政とは無縁ながら、王国の運営には関わっており、エヴィ家の場合、国内の物流を取りまとめている。厳格かつ重要な仕事を束ねるため、そういう意味でも教育を受けたエリート階級にこそふさわしい。

 傭兵。魔物退治を筆頭に、多種多様な仕事をこなす荒くれ者達。言わば何でも屋なのだが、魔物と相まみえる時点で庶民には不可能だ。社会からはみ出した者、自由を愛する者の行く着く先の一つだが、危険と隣り合わせゆえ、リタイアする傭兵も少なくない。


(もしも、なんかに意味はないか。今の僕は傭兵。あの家には戻れないし、学校にも通えない。代わりに手に入れたんだ、自由を)


 いじめから逃げ出すために。

 退学するために。

 母を助けるために。

 少年は白紙大典と契約した。

 自由と引き換えに失ったものは多いが、後悔だけはない。

 得たものが多いから?

 エルディアと会えたから?

 地獄のような学校生活から縁を切れたから?

 全てだろう。それを理解しているからこそ、ウイルは前だけを見て歩みを進める。


(僕は自由に生きるしかないんだ。だから……、うん、決めた)


 その天技の名を。


(ジョーカー。自由に生きる者)


 目指すはラゼン山脈。

 死ぬために向かうのではない。

 そこにしか咲かない、青色のアマリリス。それを持ち帰り、特効薬を作ってもらうためだ。

 少年は証明する。

 己の覚悟と傭兵としての生き様を。

線上のウルフィエナ ―プレリュード―

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