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#キャラ崩壊しかしない
第三話 俺が惚れた君
――――――――――――――――――――――――――――――
勉強にいったんキリがついてちょうどいい時間帯だったので帰ろうと思って立ち上がった。
こんなに集中したのは久しぶりかもしれない。
図書館を出て廊下から外を見ると、空気は少しだけ柔らかくなっていた。
夕方に差し掛かる前の時間帯。西日が校舎の壁に当たって、ぼんやりとした光を落としている。
「……帰るの」
後ろから、静かな声。
「あー、うん。そろそろな」
きりやんは鞄を肩にかけ、頷く。
「スマイルの家の方向って、こっち?」
そう言って裏門の方角を指差す。
「…あぁ、うんそうだけど」
「俺もそっちだから一緒に帰っていい?」
「いいよ」
自然な流れで、二人は並んで歩き出した。
会話は、ほとんどない。
スマイルはもともと多くを話すタイプじゃないし、きりやんも今は、いつものように軽口を叩く気分ではなかった。
(……さっきの)
頭の中に苦く残っている。図書館にいた先生に言われたこと、視線、囁くような陰口。
でもそんなことよりもあの状況で、わざわざ隣にスマイルが座ったこと。
そして、そのあとの驚くほどの静けさ。
(……聞くか)
覚悟を決めて少しだけ迷ってから、きりやんは口を開いた。
「なあ、スマイル」
「……何」
歩幅は変わらない。視線も前を向いたまま。相変わらずどこを見ているのか分からなくて本当に何とも思っていないのかなと思った。
――でもこの考えは間違っていたことにきりやんは気づく。
「さっきさ、なんで俺の隣座ったの?」
一拍。――いや、多分一拍もしないうちにスマイルは思ったことを言おうと思ったのだろう。
スマイルは特に考え込む様子もなく、あっさりと答えた。
「……席、空いてたから」
「いや、それさっきも聞いた」
「じゃあ、それ」
即答だった。まぁさっきも聞いたようなことだしと自分のなかで納得したが、
「……」
きりやんは思わず苦笑する。
やっぱり、そういうやつだ。
でも。少し違って、
「……じゃなくてさ」
少しだけ、踏み込む。二人は坂を上がる。結構急な斜面だなといつも思っていた。今もちょっと息が上がっている気がするし。そんなことが話題に上がらないほど今の俺は緊張していた。
「その前。あの先生に言われてたとき、さ」
言葉を選びながら、続ける。ここは慎重に考えないと、と聞くのが少し怖くて額に脂汗が流れる。
「なんか……思うとこあった?」
今度は、少しだけ間があった。間違えてしまっただろうか。やはりこんなことを聞かれたところでだろう。俺はスマイルになんて返してもらえば気が済むんだろう。そんな疑問が自分のなかでも駆け巡って何も考えたくなくなる。
取り敢えず、この質問を取り消そう。そう考えて考えているところに口を挟もうと思った。しかし、スマイルはほんのわずかに視線を下げて、それから口を開く。
「……別に」
淡々とした声。
「ただ」
一拍置いて、続けた。
「金髪だからって、見た目で変なやつって判断されるのは違うと思った」
「……」
足が、止まりかける。
「それだけ」
スマイルは本当に、それだけのことのように言う。いや、からの中じゃ本当にそれだけなのだろう。
特別なことを言っている自覚なんて、欠片もないみたいに。
こんなに考えて、気を使って気にしていた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。自分を助けてくれたヒーローは毛ほども気にしていないというのに。
「……あと」
さらに付け足す。
「別に、お前のために隣座ったわけじゃないし」
彼は先ほど言ったようなことを復唱した。なんかツンデレ風に。
「いや言ってること矛盾してない?」
思わずツッコミが出た。おかしいだろ。なんでだよ。というさらに頭のなかで出てくるツッコミを抑えながらも彼の紡ぐ言葉を待つ。
「……してない」
即答、そして真顔。ただそれだけだった。
——ああ、ダメだ。
きりやんは、ふっと息を漏らした。
「……はは」
乾いた笑いが、こぼれる。
抑えようとしても、無理だった。
何なんだよ、ほんとに。俺を気にしているのかただ本能のまま答えてるのかよく分からない。――多分後者だろうけど。
「……何」
スマイルの声が、わずかに低くなる。
横目でこちらを見ているのがわかる。
「いや、ごめん」
きりやんは肩をすくめた。
「そんなこと言われたの、初めてだったから」
思わず呆れてしまった。感じが悪いと思われただろうか。
「……は?」
明らかに不機嫌そうな声。
「だってさ」
はぁーと息を吐き、少しだけ、視線を上に向ける。
「大体、見た目で判断されるのが普通なんだよ。こういう髪だとさ」
髪の毛を自分の人差し指で差し軽く笑って言う。
本当のことだから。
でも。
「……」
スマイルは、黙ったまま歩いている。
機嫌を損ねてしまっただろうかと思ったのも束の間、彼はこちらをちらりと見た。
そして。
「……それは違う」
ぽつりと、言った。いつもの淡泊な声だったけどいつもと違う存在感があって彼は続けて言った。
「お前は、そういうので判断されていい人間じゃない」
「……」
コンクリートでできた道を歩く足音と、横の道路を走っている車の走っている音だけが、静かに響く。
「いつも真面目だし」
一つ。
「勉強もちゃんとやってるし」
二つ。
「裏で、学級委員としてクラスのこと支えてるのも知ってる」
三つ。
そこで、少しだけ言葉を切る。ふっと息を吐き、吸い直して
そして——
「……でも」
顔を上げて、きりやんの方を見る。
ちょうどそのとき、二人は先ほどの急な坂とは違い、ゆるやかな坂道に差し掛かっていた。
西日が、真正面から差し込む。
光が、スマイルの輪郭をだんだんと縁取る。
ダークブラウンの髪が風に揺られ、夕陽でオレンジ色に染まる。
紫の瞳が、光を受けて七色にきらりと揺れる。
彼の細縁眼鏡の金色のつるがキラキラと輝く。
風に乗って散った桜の花弁がオレンジ色に染まりながらスマイルの背景として飛んでくる。
その表情は、いつもよりほんの少しだけ柔らかくて。
「きりやんは、きりやんだろ」
——微かに、でも確かに、笑った。
その瞬間。
(……あ、無理だ)
ぶわっと気持ちが溢れて、きりやんの思考が、完全に止まった。
胸の奥が、じくじくと染まっていって熱い。
さっき感じた“温かい”なんて中途半端なレベルじゃない。
もう、焼けるみたいに、熱い。
彼が夕陽で天使に見えて、
視界が、少しだけ滲む。
神なんて信じてなかったのに。どうやらこの世に天使は存在するらしい。
(なんだよ、それ……)
そんなこと、今まで一度も言われたことがない。
“見た目じゃなくて中身を見てる”なんて、綺麗事みたいな言葉じゃなくて。
ちゃんと見てて。
ちゃんと知ってて。
それで、当たり前みたいに言う。
——きりやんは、きりやんだろ。
(……好きだわ、これ)
次の瞬間。
「……っ」
きりやんはその場で立ち止まり、そのまましゃがみ込んだ。
「え」
スマイルが足を止める。
「……おい」
振り返る。
「何してんの」
「……いや、ちょっと」
顔を、手で覆う。
見せられない。
今の顔、絶対に見せられない。
(やばい、無理、顔熱い)
自分でもわかるくらい、熱い。
絶対赤い。
「……大丈夫?」
少しだけトーンが下がった声。
心配してる。
それがまた、追い打ちになる。
――夕陽に照らされていつものようにしゃべる彼と日陰のもとにいるいろんなものに縛られた自分が彼と同じ土俵で喋れるなんてもう到底思えなかった。
「……大丈夫、大丈夫」
なんとか声を絞り出す。
「ちょっと……びっくりしただけ」
「……何に」
「いろいろ」
説明できるわけがない。
スマイルは納得していない顔だったが、それ以上は追及してこなかった。
「……置いてくぞ」
ぶっきらぼうに彼はそういった。
「ちょ、待って」
―――そう言って俺のことを引っ張り出すんだ。彼はなんて――――――
そのあとの言葉は紡げなかった。
きりやんは慌てて立ち上がる。
きりやんも影から夕陽に照らされる。
足元が、少しふらつく。
(やばい、ふわふわする)
頭の中が、現実じゃないみたいに軽い。
そのまま、二人で歩き出す。
何を話したのかは、正直覚えていない。適当に相槌を打っていた気がする。
気づけば家の前で、適当に別れていた。
――――――――――――――――――――
玄関を開けて、靴を脱ぎ捨てて。
そのまま、自分の部屋に駆け込む。
「——っはあぁ……!」
ベッドに、勢いよく飛び込んだ。
顔を枕に押し付ける。
(……無理無理無理)
心臓がうるさい。
頭の中で、映画のように、今起こったことのようにすべてが鮮明に何度も再生される。
夕焼け。
光。
あの目。
そして。
『きりやんは、きりやんだろ』
トドメうちの言葉だった。
「……っ、はあ……」
息がうまく整わない。
枕に顔を埋めたまま、足をばたつかせる。
(なんだあれ……反則だろ……)
完全に、不意打ちだった。
しかも本人は、たぶん何も考えてない。
だから余計にタチが悪い。
(……好きだわ)
今度は、はっきりと認める。
ごまかしようがない。
あの瞬間で、全部決まった。
(あいつ、絶対自覚ねえ……)
だからこそ。
(……気づかせてやる)
じわじわでもいい。細かく分からせてやる。
時間がかかってもいい。どれだけ一緒にいてもいい。
この感情を。彼の感情とは違い、ぐるぐると心のなかで昂ぶった、そして爆発しそうな理性が崩れそうになるほどのこの感情を、
全部。
——叩き込んでやる。
ベッドの上で、きりやんは一人、
「ふはっ…っはは」
小さく笑った。
それはもう、逃げ場のない恋の始まりだった。