テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
あま
第四話 “友達”な君
―――――――――――――――――――――――――――――
——恋は戦争である。
勝者のみが、愛を得る。
……という、俺の好きな漫画の名言がある。
(まぁ、よく分かんないけど)
きりやんは教室の自分の席で、静かにペンを回していた。窓から入ってくる風がそよそよと気持ちいい。
表情はいつも通り。周囲から見れば、優等生の学級委員そのもの。その姿だけ見れば頼れるいつもの”きりやん”だ。
しかし、その頭の中では。
(——よし、整理しよう)
完全に戦略会議が行われていた。
――――――――――――――――――――――
まず戦略の前提条件を確認する。これを見落としてしまったら、まず戦略も何もないのだ。
スマイルは、自分の好意に一切気づいていない。
これは確定事項。自分で確定というのも何か虚しいことがあるが、しょうがない。自分の落ち度を素直に認めるのも社会の楽な生き方だ。
それにしても、あれだけわかりやすくアプローチしているにも関わらず、気づかない。
もはや才能である。ふっ、と頭のなかの俺が苦笑いする。あれが才能の類だとしたら俺は素直に諦めたほうがいいだろう。でも諦めれないほど俺は彼に惚れているのだ。
そして気を取り戻し、問題点。
“普通のアプローチ”―――いや、普通より少し大胆にしていても意味がない。スマイルの中の普通は広いから。すべて普通のことで済まされてしまう。
例えば――
「一緒に帰ろう」→了承(ただし友達として)
「よく話す」→成立(ただし友達として)
「褒める」→受け取る(ただし事実として)
――という感じだ。
(全部、“友達”で処理されてる……!)
何を考えても結局スマイルの中のでは普通になってしまい、もはや一線を越えるしかないのでは?と考えてしまう自分に嫌気が差して、机に突っ伏したくなる衝動を抑える。
だが。
(逆に言えば)
”一線を越えず、普通以上恋愛的なのアプローチをする。”
ここを突破すればいい。
つまり——
(“恋愛として意識させる”状況を、作ればいい)
きりやんの口元が、わずかに上がる。
(よし、いける)
——作戦、開始。
静かにキリヤンの中で作戦の火蓋は切られた。
―――――――――――――――――――
「スマイル」
「……何」
日が傾いてきて、教室の窓側に落ちてきた日が丁度よくぽかぽかしている昼休み。
きりやんは自然な流れでスマイルに声をかける。
「今日さ、放課後ちょっと付き合ってくんね?」
作戦1:二人きりの時間を確保する
シンプルな内容だが、こういう基礎が土台になっていくので重要だ。それに俺以外といるスマイルは嫌だ、という醜い感情が混じっているのはきりやんも気づいていなかった。
「……別にいいけど」
不思議に思いながらも、だいたい一緒に帰っているからその延長線上だと思っているのだろう。彼は簡単に了承してくれた。
ここまでは想定内。というかここを断られたら、その後はノープランなのでこれしか想定していなかったのだ。
(よし、第一段階クリア)
きりやんは内心でガッツポーズを決めた。
――――――――――――――――――――
影が延びコンクリートがオレンジ色に染まっている放課後。
二人は学校近くの文房具店へ向かっていた。
「シャーペン?」
「そ、ちょっと新しいの欲しくてさ」
これは嘘ではない。本当に欲しかったし、これでこの作戦を思いついたと言っても過言ではないが、作戦の本来の目的ではない。
(ここからが本番)
店内はそこそこ混んでいる。
色んなところに桜やランドセル、リュックサックのイラストが貼ってあって入学おめでとうというめでたい文字が見える。
店内のイベントのように新学期シーズンということもあり、学生が多い。
(この環境……使える)
きりやんはさりげなく横目で、ペンをみているスマイルを見て位置を調整する。
——スマイルの隣。
——距離は、少し近め。
作戦2:物理的距離を詰める
これは結構大事でこの作戦の鍵となるだろう。距離を詰められれば、誰だってドキドキする。多分。
「これとかどう?」
商品を手に取りながら、自然に距離を保つ。ここでスマイルとの距離を意識する。
「……普通」
「辛辣だなぁ」
軽く笑いながら、さらに一歩。
「じゃあ、これは?」
肩が、ほんの少し触れる。
「…さっきのよりは」
(よし)
普通なら、ここで多少は意識する。
距離が近い。接触。異性なら尚更——
(いや俺ら男だけど)
思わず一人ツッコミをする。
関係ない。性別が違ったところで恋愛は成立する。
(で、ここで——)
きりやんは、わざと少しだけ身を乗り出した。
顔が近づく。
作戦3:パーソナルスペース侵入
これが今回の一番やりたかったことだ。普通にスマイルに近づきたいという願望もあるし、距離を近づけるだけじゃ意識しないと思うが、目にはいるほど近づけば流石に意識しないようにと思っても意識してしまうだろう。一石二鳥な作戦だ。
「スマイルってさ——」
名前を呼ぶ。
スマイルの長い睫毛が眼鏡越しに、薄く色づいた唇がはっきりと見える。
距離、近いまま。
(ここでドキッとさせる)
完璧な流れ。俺だったら完全にドキってしてる。我ながらいい作戦を考えたものだな、と作戦の抜け目のなさに内心ドヤっていた直後、
「……なに、邪魔」
「え?」
すっと。
スマイルは一歩横にずれた。
「通れない」
後ろにいた俺らのことを邪魔だと思っていたっぽい客のために、スペースを空ける。
「……あ、すいません」
きりやんもつられて下がる。やっと客が後ろの間を縫って歩いていく。
——距離、リセット。
(……は?)
今の、絶対イベントだっただろ。
顔近い→意識→ちょっとぎこちなくなる
普通、そうなるだろ。
(なんで“邪魔”???)
理解が追いつかない。スマイルに言われた言葉が頭のなかでグワングワンと反響されていた。
そこには、今までの完璧(笑)な作戦の失敗を表す事実しか残されていなかった。
―――――――――――――――――――
(……いや、まだだ)
きりやんは気を取り直す。
(想定外は戦略に付きもの)
切り替えろ。心の中でそう呟いた。相手はあのスマイルだったことを改めて自覚した。ちょっとやそっとのドキドキなんて彼に響くわけがないのだ。
(次の手)
――――――――――――――――――――
もう日が沈みかけていて、暗くなり影も伸びきった帰り道。
「なあスマイル」
「……何」
「ちょっとさ」
きりやんはそこで急に立ち止まる。
「手、出して」
(想定外)作戦4:意味深行動で意識させる
あまり考えてなかったので急にした行動だが逆に”不思議”という感情を持たせることによって無理やり頭に引っ掛けてもらう作戦だ。ちょっと先ほどの作戦たちとは違うアプローチなのでうまくはまってほしいというお祈り作戦だ。
「……?」
スマイルは少しだけ首を傾げながらも、手を出した。
その手首を、きりやんは軽く掴む。にぎにぎと手首に刺激を与えて感覚で違和感を覚えてもらう。
(——ここだ)
鼓動が、少し速くなる。
近い距離。
触れている体温。
(これで、意識しないわけが——)
今度こそうまくいった。と思ったきりやんだったが―――
「……何してるの」
思いがけない一言。その一言できりやんは最大限脳みそをフル回転させて考える。
「いや、その」
きりやんは一瞬だけ言葉に詰まる。そんなこと言われると思っていなかった。
だがすぐに立て直す。
「脈、測ってる」
「……は?」
「いやなんか、今日元気なさそうだったから」
咄嗟のカバー。苦しげだがこういうことに気づくほどスマイルは鋭くないと今までの経験で痛いほど知っている。
(完璧)
「……別に普通」
スマイルは自分の手首を見て、それからきりやんを見る。
「脈、普通だし」
そりゃあ普通でしょ、とでも言いたげな目を向けられる。
「そ、そっか!」
即座に手を離す。
(いや違うそうじゃない)
なんで医学的に処理されてるんだ。
おかしいだろ。
(普通こういうのって、もうちょい……あるだろ……!)
動揺とか。意識とか。ちょっと顔に、いや仕草とかでもいいから何か変化とか
なんかこう。
(ゼロ???)
頼みの綱であった想定外の作戦も効くわけもなくあっけなく終わった。今回の作戦で得られたのはスマイルにはやわな作戦じゃ何も響かない、むしろ逆効果になりそうなレベルになるという虚しい絶望を感じる事実だけだった。
―――――――――――――――――――――
帰宅後。
ベッドにドサッと倒れ込む。
(……なんでだよ)
天井を見つめながら、きりやんは苛ついたようにでも、真顔で考える。
(計画は完璧だった)
距離を詰めて、接触して、意識させる。
理論上、どれも有効なはずだ。少なくとも普通の人間なら。
(なのに)
全部。どんな方向からアプローチしても。
(“友達”で処理されてる……!)
ゴロゴロと壁にぶつかりそうな勢いで寝返りを打つ。
(おかしいだろあいつ……!)
あそこまでやって、何も起きない。
むしろ自然体すぎる。多分何も感じていないのだろう。
(……いや)
ふと、動きが止まる。そしてこれまでの出来事全てを思い出していると気づいてしまった。
(これ、逆に難易度高すぎないか?)
普通の相手なら、もうとっくに何かしら反応がある。距離が近かったら自分からちょっと距離を取ったり、手を触られたら抗議の言葉の一つくらい照れ隠し的な感じで言ってもおかしくないだろう。
でもスマイルは違う。
(完全に、“恋愛の土俵にすら上がってない”……)
つまり。
(まず“そこ”からか……?)
きりやんは、ゆっくりと息を吐いた。
「……めんどくせえな、これ」
でも。
口元は、自分でも分かるほどにニヤニヤと笑っていた。
(だから面白いんだけどな)
簡単に落ちる相手じゃない。
だからこそ、燃える。
(絶対、気づかせる)
そう決めたんだ。あの時から俺は彼に惚れているのだ、いや、囚われているのだ。スマイルという沼の中に。周りから見れば異常かもしれない。やめたほうがいい、あきらめたほうがいいと希望的観測すぎると言われるかもしれない。でも彼に気づいてほしいそんな矛盾を抱え彼に思いを寄せる。
そのためなら、いくらでも考える。
いくらでも仕掛ける。
——この恋は、まだ始まったばかりだ。
そして。
最大の問題は。
「……明日も普通に話しかけてきそうなんだよな、あいつ」
——無自覚なまま距離を詰めてくるスマイルの方が、よっぽど強敵だということだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
気軽にコメントどうぞ!お待ちしております。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!