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ruruha
821
#執着
さぶれ
1,802
49
#元カレ
まぁ
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夕空を焼き尽くすような鮮やかな茜色が、古びた児童公園の鉄条網を赤く染め上げていた。放課後の静けさが満ちる中で、一人静かに小さなメロディーを口ずさんでいた。喉の奥から零れ落ちるその音律は、誰に聴かせるためでもない、レオだけのささやかな逃避場所だった。
「素敵なメロディー!なんて歌?」
背後から掛けられた突然の声に、肩が大きく跳ね上がった。
反射的に口を閉じ、恐る恐る振り返る。そこには、レオと同い年くらいの女の子が立っていた。彼女は黄色い塗装が剥げかけた滑り台の階段に軽く足をかけ、興味津々といった大きな瞳でこちらを覗き込んでいる。
「え、あ……オリジナル……」
「すごい! 自分で作ったの?」
「うん……」
動揺を隠せないまま小さく頷くと、彼女はぱっと顔を輝かせ、跳ねるような足取りで近づいてきた。
そのまま僕の目の前まで来ると、鼻先が触れそうなほどの距離でじっと僕の顔を見つめてくる。やがて「うーん」と首を傾げ、記憶の糸をたぐるようにしばらく眉をひそめていたが、思い出したようにパンと小さな手を打ち鳴らした。
「あっ!たしか隣の家の……レオくんだよね? 私のこと、わかる?」
「え?」
あまりの展開の早さに追いつけず、困惑の声を漏らす僕に対し、彼女は自分の胸元を小さな人差し指で突つついた。
「な・ま・え。私の!」
「えっと……ごめん」
「もー、覚えてよねっ。鈴! 私、如月鈴っていうの!」
鈴――その響きと同時に、忘れていた記憶の断片が脳裏に蘇った。確かに数か月前、引っ越しのあいさつで両親の後ろに隠れていたとき、一度だけ顔を合わせたことがあった。隣の家に住む同い年の女の子だ。
俺が思い出したことを察したのか、彼女は――鈴はニッと八重歯を見せて笑うと、勢いよく右手を差し出してきた。そして、僕の想像をはるかに超える思いがけない言葉を口にした。
「ねぇ、一緒に音楽作らない?」
「音楽……?」
「うん。私、歌詞は書けるんだけど、メロディーを作るのはどうしても無理だったの。だから――私が作詞、レオくんが作曲!」
「俺が……作曲?」
「そう!楽しそうじゃない?」
無邪気にはずむ彼女の声とは裏腹に、レオの胸には冷たい影が落ちた。差し出された彼女の手を見つめたまま、レオは力なく首を振った。
「いや……でも、俺は音楽の才能なんてないよ。俺の音楽なんて、下手くそだから……」
“下手くそ”――言葉にした瞬間、耳の奥で父さんの冷ややかな声が蘇る。
『こんな拙い音、音楽とは呼べないな。時間の無駄だ』
昨夜、勇気を振り絞って聴かせた自作の旋律を、父さんは一蹴した。父さんにとって、俺の作った曲など玩具の踏む音同然だったのだろう。
胸の奥に深く刺さったその言葉が、今も冷たく僕の心を縛り続けていた。自分の作った音に、自信なんて持てるはずがなかった。
けれど、鈴は俺の言葉を突っぱねるように、力強い声で言ってくれた。
「そんなことない!私は怜央くんのメロディー、すごくいいと思う!」
「え……?」
「私は好きだよ。もっと聴きたいって思ったの!好きに理由なんていらないでしょ?」
夕日を背に受けて立つ彼女の笑顔に、僕は目を奪われた。
偽りのない、まっすぐで温かな眼差し。父さんの厳しい評価に晒され、傷ついていた俺の心が、初めて誰かに肯定された気がした。認めてもらえたのだという実感が、胸の奥で小さな熱となってじわりと広がる。
感じたことのない、不思議で愛おしい感情だった。
「やろう!ねっ!」
鈴はもう一度、強く右手を差し出した。
レオはもう迷わなかった。引き寄せられるように、その小さな手を強く握り返した。
空が深く、濃厚な赤に染まっていくその瞬間。レオの胸の奥底にも、熱く燃え上がる真っ赤な情熱の種が確かに芽生えていた。
「そういえば、なんでこんなところにいるの?家から結構遠いよね」
繋いだ手を解き、鈴がふと疑問を口にした。この公園は、レオ達の家がある区画から少し離れた場所にある。
「それは……」
レオはポツリポツリと、語り始めた。
昨日、思い切って自分の作ったメロディーを父さんに聴かせたこと。期待していた言葉とは裏腹に「下手くそだ」と一蹴されたこと。悔しさと情けなさで家を飛び出し、気づけばこんな場所まで歩いてきてしまったこと――胸の中に溜め込んでいた泥のような感情を、隠さずすべて打ち明けた。
鈴は途中で一言も口を挟まず、俺の不器用な言葉をただじっと受け止めてくれた。
すべてを話し終えるころには、自分の小ささに嫌気がさしてしまい、レオは砂利の地面を見つめてうつむいた。どう声をかけてほしいのかすら、自分でも分からなかった。
そのとき――レオの手に、ぽつんと温かい水滴が落ちてきた。
「……雨?」
空を見上げようと顔を上げた僕は、息を呑んだ。
目の前に立つ鈴の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちていたのだ。
「えっ、な、なんで……?鈴、なんで泣いてるの?」
「だって……すっごく悲しいもん。レオくん、あんなに素敵な曲を頑張って作ったのに……っ」
彼女は涙を拭おうともせず、声を詰まらせていた。
ああ、そうか――鈴は、俺の悔しさを自分のことのように受け止めて、俺のために泣いてくれているんだ。
自分の痛みを理解し、一緒に泣いてくれる存在がここにいる。それだけで、俺の心にまとわりついていた孤独の霧が洗われていくようだった。
鈴は濡れた手で僕の手をぎゅっと握りしめ、真っ赤にした瞳でレオを真剣に見つめた。
「絶対、絶対見返してやろうよ!褒めてもらおう!レオくんの曲はすごいんだって、お父さんだけじゃなくて、世界にだって伝えてやろう!」
「世界って……ずいぶん大きな夢だね」
思わず苦笑いが漏れた。けれど、不思議と冷めた気持ちにはならなかった。彼女の真っ直ぐな言葉が、レオの体中に血を巡らせ、胸を強く熱くする。
本当は、ずっと悔しかったのだ。認められたかった。父さんにも、誰にでも――自分の生み出した音で、人の心を動かしたかった。
視界が、ぐにゃりと滲んでいく。レオの目からも、温かいものが溢れ出していた。
「やってやる……!父さんよりすごくなって、絶対にみかえしてやる!」
「うんっ!そうと決まれば――」
「うわっ!?」
突然、鈴がレオの背中を両手で勢いよく押した。
不意を突かれたレオは体勢を崩し、そのまま滑り台の傾斜を滑り落ちていく。頬を撫でる涼しい夕暮れの風が、頬に残った涙の痕を優しく拭い去っていった。それと同時に、胸を重く押し潰していた灰色のモヤが、綺麗さっぱり消え去っていくのを感じた。
ざざっと音を立てて砂場に着地したレオは、すぐに立ち上がり、あとから楽しそうに滑り降りてきた鈴に向かって右手を差し出した。
「俺たちの目指すのは“世界”だ!作曲は任せろ。絶対、誰の心にも届くいい曲作ってみせる!」
「うんっ!作詞は私に任せて。これからよろしくね、レオ!」
鈴は僕の手をしっかりと掴み、弾けるような笑顔を見せた。
ふと見上げれば、いつの間にか茜色の空は深い濃紺へと移り変わり、街には夜の静寂が訪れていた。
見渡す限りの夜空には、無数の星たちが瞬いている。その眩い光は、まるでこれから始まる僕たちの長い旅路を、優しく祝福するように照らし続けていた。
コメント
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うわあ、これ、すごくいいエピソードだった……! レオの「下手くそ」って自己否定の言葉が、父親の言葉の呪いなんだなって思うと切なくなる。そこに鈴が「好きだよ」ってまっすぐ肯定してくれて、しかも自分ごとのように泣いてくれるシーン、じんわり来た。滑り台で涙ごと吹き飛ばす展開も、子どもの純粋なエネルギーを感じられて好きだな。二人の旅がこれから始まる予感に、すごくわくわくしたよ。