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俺のになって欲しいんだけど。なんて、初めての告白はそれで、思わず笑ってしまったのを覚えてる。
好きだとか、付き合って、とか直接的な言葉がかっこ悪いと思ってたのかもしれない。だって、あの時まだ16歳とかだったし。かっこつけたい年頃だよね。
僕は僕で、嬉しいけどごめんなさい。と綺麗なお辞儀で断ったわけだけど。その後もずっと会う度に結構な勢いでぶつけられる好意をのらりくらりと交わしていた。
別に元貴が嫌とか異性に向けられるそれに戸惑ったとかじゃなかったけど、受け入れたら勝てなくなることがわかっていたから。
幸か不幸か、若いのに想いのレベルは高かったようで、俺のにならないなら要らないとか言われることもなく、隠すつもりのないあからさまな好意を全力で押し付けつつ、きちんと仕事とは線を引いていてくれたから、 一緒に音楽を続けてこられた。
あどけない顔で、でも眸の奥をギラギラ滾らせて、藤澤がいい。藤澤じゃないとだめ。と言い切る。
我儘で強引で、真っ直ぐな独占欲の塊。
どれも音楽に対しては良い意味で、と言えた。多少の衝突はあったけど元貴がブレないから僕らは僕らでいられた。
けれど、それが人に対してとなると話は変わってくる。
あの子に捕まったら大変。
きっと、僕は色んなものを奪われる。
肉体的にも精神的にも。恐らく全部。未来はもちろん、過去ですら。
喜怒哀楽の感情はすべて、髪の毛一本、足先の爪一枚、涙や汗の一滴だって自分のものだって言われちゃう。
(実際、予想通りだったよね)
そんなことをぼやぼや考えながら、元貴ん家の最寄りのコンビニでスポーツ飲料やゼリーを買い込む。
自分の夕食、と思ったけど、少し考えて買うのをやめて、プリンを手に取った。
コンビニを出て元貴の家に向かい、玄関の鍵をカードキーで解錠して、おじゃまします。と小さく呟いてから中に入る。
仕草は手馴れたものかもしれないけれど、元貴の家に合鍵を使って入る、という動作は、いつも慣れなくてドキドキする。
真っ直ぐキッチンに向かい、買ってきたものをシンク横の作業スペースに置いた。
出しっぱなしのまな板と包丁。半分水の入ったコップ、封の切れた解熱剤のPTPシート。カウンターの上にはケースから出されたままの体温計。
ご飯を作ろうとして、体調が悪くなったんだな、というのがひと目でわかる。
撮影とかソロの仕事で忙しいのに、ご飯を作ろうとしてくれてたんだ、と微笑ましく思ってしまった。
控えめにノックをして寝室にお邪魔する。
床に上着がくしゃっと置かれていた。几帳面な彼にしては珍しい。暑くて脱ぎ捨てたに違いない。
当の本人は、ベッドに深く沈んで眠っている。
傍の床にそっと座って、寝息が少し荒いのを確認する。
壁際のナイトライトしか灯りがないけれど、顔色があまり良くないことはすぐに分かった。
数日ぶりに見た元貴の顔。もちろん、風邪のせいもあるんだろうけど、疲れた顔してる。と思って、労わるように手を伸ばし、触れる直前で踏みとどまって手を引っこめる。
薬が効いて寝てるのに、触れたら起こしてしまいそうだ。
こうやって眠ってる顔を見ると、本当に、あどけない顔でをしている、と思う。
俺には、藤澤涼架が必要なんだって、何回言えばわかってくれるの!?
あんなに激昂して僕に声を荒らげたのは、あの時が初めて。それ以降もないから、今のところあれだけ。
ちなみに、若さ故のその勢いのまま、右も左も分からない元貴に手荒に抱かれた。普段の芯が通った我儘とは違う、理不尽に一方的な想いをぶつけて抱かれたのは、あの一回だけ。
あの時は色々酷かったなあ。全然気持ちよくなかったし、すっごく痛かったし。なんて思い出して、今となっては僕的には微笑ましい記憶のひとつなんだけど、元貴はあれをずっと繰り返さないよう心に留めてるのを知ってる。
5年以上、ずっと大事に大事に抱えて伝えてきた想いを爆発させてしまって、結局、僕からのイエスの返事も待たず手を出してしまった。しかも、結構乱暴な勢いで。
ごめん。厭だ。好きなんだよ。嫌いにならないで。本当に必要なんだ。
無体を敷かれた僕よりも酷く泣きそうな顔で、切に訴える姿を見たのも、ちゃんと好きだと言われたのも、その時が初めてだった。
あれはね、僕も、悪かったんだよ。なんだかんだ数年、あの多才な大森元貴が、藤澤が欲しいんだーってなりふり構わない姿。恥ずかしいけど愛おしさみたいなものも溢れてしまって、とっくに絆されていたしいつでもイエスと言える状態だったのに、謎の優越感で返事を躱し続けていた、僕が悪かったんだ。
そうなったきっかけは、なんだったかな。えぇっと。
「…なに、にやにや、してんの」
掠れた声が聞こえて、はっと我に返る。回想からぎゅっと現実に引き戻された。
いつの間にか元貴が目を覚まして、眉を顰めて僕を見ている。
ただただ触れることもできないまま元貴を見て色々と思い出していたら、口元が緩んでしまってたみたい。
だから
「寝顔がかわいいなって見てたら、無意識ににやけちゃってたみたい」
とちょっとだけ噓を交えて答える。
僕の言葉を聞いて、更に眉を顰めたから、多分、なんとなく嘘には気づいていそうだけど…それ以上は追及されず、元貴は一つ溜息をついた。
「風邪、ひいた、って、言ったよね」
「うん。マネージャーにでしょ?」
すぐに言い返せば、もうそれ以上言葉は帰ってこない。
暗に、今日は会えないって言ったよね、と。
だから、敢えて意味は気づいているけど、直接言われてないから会いに来たよってにっこり笑う。
普段、僕が口で元貴に勝てることなんてないんだけど。
今は、なんだか滅多に見られない元貴の姿に、不謹慎だけどちょっと楽しくなってしまった。
ごろ、と天井を見上げるように仰向けになり、なんで来ちゃうかなあと元貴は呟く。
こんなに弱ってる姿はかなりレア。見られたくない気持ちは強かったんだろうけど、その元貴の言い方は、それでも僕が来ることまでわかってたんだと思う。
「僕が、風邪で寝込んでたら、元貴どうする?」
怠そうに僕に視線を向けて、その問いかけの意味を分かっている表情で瞬きをする。
「…会いに行く」
でしょ?僕も同じ気持ちだよ。
数日会えていなかった、というのは差し置いても、会いたい。触れ合えなくても、顔を見るだけでも。
元貴の顔が、そんなことわかってるよ、と言いたげだ。
真っ赤な頬をして、額にじんわり汗をかいていて、浅めの熱い呼吸をしていて、ちょっと目にも水分が多くて。
拗ねたこどもみたいだ、なんて言ったら、彼のプライドを傷つけるだろうから言わないけど。
天井を見て、何かをぼんやりと考えたような表情をした後、僕に視線が戻されて。
「ふれたくなるから、来ないでって思ったのに」
出たセリフと声色は、やっぱり拗ねたこどもみたいだった。
なんだろうね。数日間会えていなくて、やっと会えると思った矢先に出鼻を挫かれて、でも、こんな雰囲気でふたりでいられるのもなかなかなくて、僕は厭じゃないんだけど。
そう思いながら、ベッドに腰かけて元貴の額に触れる。
一瞬、ぎゅっと目を瞑った元貴は、つめたい。と呟いて、僕の手の冷たさに少しだけ口の端をあげて笑った。
「さわれるよ。元貴がさわってほしいなら、僕からさわってあげる」
冷えピタ代わりにしてもいいし、手だって繋ぐし、抱き締めるし、元貴が嫌じゃなければキスだってするよ?それ以上は、ちょっと、僕からは難しいかもしれないけど。
そういったニュアンスのことを、ゆっくりと伝える。
ふふ、と元貴が掠れた声を出して笑った。
「風邪、うつるよ?」
「うーん、うつらない約束はできないって、マネージャーには言ってあるから、大丈夫じゃない?」
どこが大丈夫なの、それ。と元貴が今度こそ楽しそうに笑って、突然喉が開いた動きについていけなかった器官がひゅっと息を詰まらせ、咳き込んだ。
げほっ、ごほっと少し乾いた咳を激しく繰り返したので、大丈夫?と背をさすりながらその顔を覗き込むよう傍に体を寄せる。
「ゆっくり、息してね」
そっと声をかける。落ち着くように。
しばらく背を擦ると咳が収まり、はぁ、と熱の篭った呼吸が聞こえた。
思った以上に重症だな、と思ったところで、元貴の手が伸びてきて、僕の腕あたりを掴んだかと思えば、ぐいっとベッドに引っ張りこまれる。
意地悪な好奇心より心配が勝ってきたところでの、強引なそれはさすがに予想外で、ふぁっ?と謎の声が出た。
いつもみたいに、僕をベッドに押し付けたあとの欲望ダダ漏れの瞳はそこにはなくて、かと言って、風邪で弱って死にそうな顔をしている訳でもなく。
でも初めて見る瞳でもない。
僕を抱いている最中、みたいな。熱で蕩けたように眸がとろっとしている。
「りょうか」
僕を呼ぶ声は、熱で浮かされている。
熱っぽい声で、ベッドの中でしか呼ばれない名前。途端にどきりとしてしまう。
なぁに、と応えると、蕩けた眸が笑みの形にしなる。
「めちゃくちゃセックスしたい」
そう呟いて、触れるだけのキスが落ちてくる。
唇が、火傷しそうな程に熱かった。
つづく
コメント
2件
よ、良すぎます🫣♥️💛 弱ってる♥️くんが珍しいのもありますが、💛ちゃんが回想してる昔の2人がめちゃくちゃ気になります!