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○逆のバー
ピロン
<入室したら教えてください>
<入室しました>
<わかりました。今日も二人で頑張ってください。今日は少し早く上がって飲みに行きましょう。>
3回目の出勤日、施術の準備をしている時にマネージャーからメッセージが届いた。
届いた内容をレアに伝えると少し嫌そうだった。
<気まずいけどタダなら良くね>
<確かに>
つくづくクズな二人だと思った。
その後、2回施術をし片付けを終わらせて外に出た。
0時を回っていたので外は真っ暗で酔っ払ったサラリーマンがフラフラしながら横を通り過ぎていった。
周りを見渡すと駐車場に停まっている小さい軽自動車の前にマネージャーが立ってタバコを吸っていた。
車が小さいからかマネージャーが大きいからか分からないがお互いの大きさがはっきりとして見えた。
こっちに気づいたマネージャーが軽く会釈をして手を振ってきたので小走りで近寄ると急いでタバコを消して臭いでしょという。
タバコの匂いが嫌いなのでもちろん臭かったが、はい臭いですなんて言えるわけもないので全然ですと嘘をついて車に乗り込んだ。
その後は精算をしその日の給料をもらい車が発進した。
車はどんどん繁華街へ進んでいき少ししたところの駐車場に停まった。
そのままマネージャーが進んでいくのについていき着いたところはいかにもそういうお店(バーやキャバクラ)がありそうなビルだった。
エレベーターで4階まで上がり角を曲がったところにあるお店に入った。
マネージャーがドアを開けどんどん進んでいく後ろで私たち二人はおどおどしながらお店に入った。
店の中はバーの中では少し小さめで居心地が良さそうな雰囲気だった。
お店の人にカウンターを案内され椅子に座るとすぐにあったかいおしぼりをもらった。
<何飲む〜?>
そう聞いてきた店員さんに少し違和感を感じた。
とりあえず私の好きな赤ワインを二人で頼んだ。マネージャーはこの後も仕事があると言ってお茶だけを頼んだ。
店員さんが了解と言って前からいなくなると隣にいるマネージャーに肩を叩かれた。
<ここの店はね、逆なんだよ>
少し小さめの声で言われた言葉に私はやっぱりか。と納得した。
左隣に座っているレアは首を傾げていた。
すかさず私がフォローを入れて教えてあげた。
<逆っていうのは、性別がってことだよ。体と心が逆ってこと。>
そういうとレアは目を見開いて店員さんを見てあーー!と納得した。
この店はそういった店員さんがやっているバーだった。
私とレアはそういうことに一切偏見がなかったのでそう驚かなかった。
素敵な店だと思った。
この日は思う存分飲みお店にあるカラオケで歌ったりしてそれぞれ帰った。
帰り道はいつも憂鬱で音楽を聴きながら遠回りをするがその日はまっすぐ帰った。
気分が良かった。家にたどり着くとお風呂にも入らず眠った。
いつもより深い眠りにつけた。
○出会いは唐突で
あれから何日か出勤した。二人一緒だったので苦ではなかった。
今日はレアの誕生日の前日だった。そのまま二人で日を越す予定だった。
人にサプライズやお祝いをするのは好きだ。嬉しそうな顔を見るのが好きだ。
昔から大切な人へのお祝いは大事にしてきたので高校で離れ離れだったレアへの久しぶりのお祝いは気合を入れていた。
ずっとレアが欲しがっていたブランドのネックレスをネットで注文した。
(メンエス終わったらどうしようかな〜ご飯行くかな、飲みにいくかな)
そんなことを考えながら施術着から私服に着替えているとピンポンが鳴った。
先に着替え終わっていたレアが玄関に行き鍵を開けるとマネージャーが入ってきた。
<お疲れ様です〜これレアちゃんに!>
ニコニコしながらレアに紙袋を渡す。誕生日プレゼントだろう。
紙袋の大きさからしてアクセサリーかなと思った。
レアは驚きながら受け取り中をみて嬉しそうにしていた。
プレゼントは髪飾りだった。
(勝ったな)
勝手に勝ち負けをつけるのは申し訳ないが勝ちは譲れなかった。
レアがプレゼントをもらった時の反応に困るタイプというのは知っていたので、レアの反応をみて不安そうにしていたマネージャーにレアがいないところでフォローを入れてあげた。
<あの子、感情表に出しにくいタイプなだけですっごい喜んでますよ>
そういうとマネージャーはほっとしたようだった。
(よしこれで、後はどっかお店に行って時間経つの待ってプレゼント渡せば完璧)
そう思っていたのに。
(なんでだよ)
なぜかマネージャーに連れられていったことのないバーに3人できていた。
二人でお祝いしたかった私は明らかに不機嫌だった。
昔から思ったことが顔に出るタイプだったので不機嫌な顔だったのだろうか、レアが仕方ないよ。と慰めてくれる。
(空気読めよ。普通、二人でお祝いするとかわかるだろ、)
空気の読めないマネージャーへの怒りが大きく、飲んでいたお酒も忘れるくらいだった。
そのままレアの誕生日になってもそのバーにいた。
時間ぴったりにレアにおめでとうと言ったがプレゼントは渡せなかった。
明らかに私の方がマネージャーより値段的にもいいものだったのでマネージャーの前で渡さないようにという私なりの配慮だった。
日付が変わって少したった頃にそろそろ行こうかというマネージャーの言葉に嬉しくなった。やっと二人になれる。良かった。
でもマネージャーはそんな気も知らないで、このあいだ行ったところ覚えてる?と言いながらどんどん進んでいく。
ついたところは当然、3人で行ったあのバーだった。
中に入るとバーはイベントをしていていつもより賑わっていた。
少しふらついた店長さんが近づいてきてマネージャーと親しく話しだす。そのままカウンターに案内された。
テーブル席のお客さんがカラオケで楽しそうに歌っているのを横目で見ながら少し気分が良くなった。プレゼントは帰りにあげよう。
そう考えながら椅子を引くとちょうど目の前にきた店員さんに心を奪われた。初めての感情だった。
(かっこいい。素敵な人。)
レアの誕生日でいっぱいだった心は一瞬で目の前にいるその人で埋め尽くされた。
キリッとした眉毛にキラキラした瞳。短髪の髪の毛はワックスで綺麗にかき上げられ整っていた。
目が離せなかった。好きという感情が芽生えるのに1秒も掛からなかった。一瞬で虜になった。
椅子に座ってバクバクしている心臓を無視しながら顔に出さないように平常心と自分に言い聞かせた。
目の前のその人が3人におしぼりを配る。そしてマネージャーに何にします?と声をかける。
(声やばい)
たった一言話しただけで、ライブで好きな歌手が歌っている時よりもその声に聞き入るほどに美しく魅了される声だった。
マネージャーは私たち二人に赤ワインを自分にハイボールを注文した。その人はみっくんというマネージャーと仲のいい店員さんに注文を伝え、また目の前に戻ってきた。
<ねえねえ君もさ逆なの?ほらここってみんな逆じゃん?>
少し酔っ払っているマネージャーがその人に聞く。見た目は男と言ってもおかしくないくらいかっこいいその人の性別を私は見た時からわかっていた。
<はい。そうっすよ>
(やっぱり。)
的中だった。その人も体は女性で心は男性だった。
私の恋愛対象がはっきりしたのもその瞬間だった。はっきりと本人が体は女性と認めたが嫌な気分なんて一切しなかった。むしろもっと好きが増した。これで私は女性も恋愛対象に入るんだというのがわかった。
前に自分でも少し恋愛対象について考えたことがあった。
高校時代だった。私は空手部に入っていた。一年生の時に二つ上の空手部の先輩と仲良くなった。その人は明らか女性だが少しボーイッシュな感じでもあった。
その先輩が他の人と仲良くしているのを見て嫉妬をしたことがあった。でもそれはただ単に友達に対する独占欲みたいなものであって恋愛感情ではないと思っていた。
いや、そう自分に言い聞かせていたのかもしれない。きっとその時も本当はその先輩のことが好きだったのかもしれない。ただその感情をまさか自分が同性愛者なわけないと決めつけ押し殺していたんだ。
でもそんな感情も目の前にいるその人を見るともうどうでも良くなった。恋愛対象者が同性で何が悪いんだ、と。
それくらい彼は素敵な人だった。
絶対に後悔したくない。と思った。ここで終わらせてはダメだ。と思った。
その瞬間自分の中に引いてあった線が切れた。
<店員さんですよね。初めて見ました。まあ、ゆうてここ2回目なんですが>
声をかけていた。頭の中は真っ白でちゃんと話せたのかもその時はあやふやだった。
今まで一目惚れや片思いはたくさんしてきた。でも自分から何かするというのはいっさいなく、見るだけの恋愛をしてきた。初めてだった。一目惚れをし好きになって自分から声をかけるのが。
心臓はもう張り裂けて飛び散りそうな勢いでバクバクしていた。
<ヘルプですよ>
淡々とでも少しニコッとした彼は一片クールそうだが優しさが滲み出ていた。
そこから少し話をした。隣のレアとマネージャーはそれぞれ違う人と話していたので二人っきりの空間に感じた。
会話が続くに連れ酔いも回ってきていた。
名前はゆうがさん。普段は他のところで働いていてこの店の常連客で今日はヘルプを任されたのだと教えてくれた。
会話の中でどんどん彼の良さを知った。優しい口ぶりで、話す時は目を見て話してくれた。
目を見て話す人は好きだ。自分がそうだからかもしれないがそういう人は信用できる。いい人なのだ、と。
彼と話すと落ち着いた。彼の目を見ると腐っている自分の心が浄化されているようだった。
毎回、飲みの代金はマネージャー持ちで今回もマネージャーの奢りだったが、そんなの関係なかった。
<飲まないの?ほら飲みなよ>
と彼が煽ってくるので飲んだら飲みますよと私も煽った。
バーというのは飲ませたい店員さんに自分がドリンク代を支払って飲ませてあげることができる。
その仕組みは知っていた。彼は隣でワイワイしているマネージャーにドリンクいただいていいですかと聞いた。
もちろん、もうとっくに出来上がっているマネージャーはいいよと気前よく了承した。
そこからは私とゆうがさんとの煽りあいだった。飲んだら飲むよ。と言い合い結局じゃあ一緒にのも。と飲んだ。
二人ともテンションが上がり、ゆうがさんがカラオケしないの?と聞いてきた。
もちろん歌うのは好きだし、酔いも回っていたがその時は冷静だった。
(好きな人に歌なんか聞かせられない。下手だし)
ただそれだけの理由だった。
<ゆうがさんが歌ったら歌います。恥ずかしいので>
ゆうがさんはえーと言いながらデンモクで曲を探しながら
<俺、最近Vaunzyのあの曲聴くんだよね、なんだっけ曲名>
といった。私もよく聞く歌手だった。なぜかパッと頭に浮かんだ曲があった。
<怪獣の鼻唄?>
<そうそれ!!>
的中したようだった。嬉しかった。同じ曲をきくんだ。しかも一発で当てられた。やった。
曲が始まり、ゆうがさんが歌い出す。最高だった。彼の声が鼓膜に届く。これでもかというくらいの幸せを感じた。
私も一緒になって口ずさんだ。彼はそれに気づいたのか近くにあったもう一つのマイクを私に差し出してきた。
私を見るニコニコした表情は一緒に歌おうと言っていた。
マイクを受け取り一緒に歌う。一つの曲を好きな人と一緒に歌う。夢に見てきたことだった。
交互に歌うゆうがさんは私より一つ低い音程を歌っていた。
少し間奏があり歌い出しが私というところで音程がわからなくなった。
<ごめん俺が一個低かった>
そう言ってゆうがさんは私の音程にして少し歌ってくれた。そこから私も音程がわかりまた交互に歌う。
彼の気遣いがまた私の心臓を鳴らす。でもうるさい心臓より遥かにおおきく彼と私の歌が聞こえる。
彼が入れてくれる合いの手も何もかも好きだった。周りも私たちの歌で乗ってくれた。今まで味わった空間の中でダントツで最高だった。歌い終わって二人で笑い合う。
そこからは歯止めが効かなくなり、インスタを聞いた。すると彼も私に名刺を渡してくれた。
もう心は彼だけだった。