長い道を歩いて疲れた私たちは、簡易テントを張って休むことにした。
湖の周辺で夜を過ごすのは初めてだ。
凶暴な動物や敵国の人が来ないか心配だけど。皆がいるから大丈夫だろう。
真っ暗になる前に焚き火を作り、食事を済ませる。
そのあと、月の光に照らされながら暖かい炎を見つめた。
パチパチと小さな音を立てて燃える木を見ているとなんだか落ち着く。
焚き火を見てゆっくりしていると、レトとセツナがやってきた。
私の右側にレト、左側にセツナが座る。
「ここは本当に呪われた場所なのかな。
幽霊が出るかと思ってたけど、怪奇現象が全く起こらない」
「それはなくていいよ……。
レトったらまた驚かすつもり?
……って、ひゃあっ!」
暗闇の中からカサッと草が揺れる音が聞こえてきて驚く。
今度こそ幽霊が出たのかと思ったけど、やって来たのはノウサ様だった。
「ノウサ様は、 クレヴェンを縄張りとしているからここにいてもおかしくない。
お化けじゃなくて残念だったな、レト」
ノウサ様は後ろ足でバランスを取って真っ直ぐに立ち、二つの耳を左右に動かしている。
何かに警戒しているとか……?
周囲を見渡してから、耳を澄ましても焚き火の音しか聞こえない。
ノウサ様は、私たちが聞こえない音を聞いているんだろうか……。
「近くに何かいるのか?」
「きっと動物なんじゃないかな?
グリーンホライズンでは色んな生き物がいるから、ここにもいる可能性もあるし」
「幽霊じゃないならいいんだけど……」
「大丈夫だよ。幽霊が出たら僕がかけらを守るから」
「ありがとう、レト。
私は怖がりで弱すぎるよね……」
「そんなことないぞ。
かけらが勇気を出したから、ここまで来れたんじゃねぇか」
今ここにいれることが嬉しい。
微かに笑いながらレトとセツナの顔を交互に見て、焚き火の方に顔を向けた。
ふたりになら話しても大丈夫かな……。
自分の弱さを……。
「レト、セツナ、聞いてくれる?」
「なんだい?」
「何でも聞くぜ。言ってみてくれよ」
「私はこの世界に来る前、自分らしく生きれない日々を送っていたんだ。
何を言われても言い返さないいい子でいたんだけど、とても辛かった。
自分の意見さえ言えず、静かに過ごしていた。
こんなの本当の自分じゃない、って気づいていたのに、いい子でいなくちゃいけないって思い込んでいたの。
上手く言えないけど、他人軸で生きているって感じだった」
「かけらにそんなことが……」
「だから、何もかも分からないこの世界に来た時、嫌だなって思わなかったの。
私の知ってる人が誰もいなさそうだったから。
自分の意見を言って、自分で考えたことを信じて、前に進もうと思った。
嫌な日々から離れることができて、自由になれたから。
最初は上手くいくのか不安だったけど、レトとセツナのおかげで今ここにいれる。
それに、他の世界から来たことを信じてくれて、隣りにいてくれて、受け止めてくれて嬉しかった。
本当の自分を出して生きてもいいんだって思えたの」
元の世界では誰にも言えなかった想いを話していたら涙が浮かんできた。
心の中では消化しきれないことを誰かに話すことができたから……――
「自信がなかったんだろ。
今日まで色んな事を乗り越えてきたんだ。
これからもきっと上手くいく」
セツナが私の背中に優しく触れて、慰めるように擦ってくれる。
「自分らしく生きるかけらは素敵だよ。
そんなところに惹かれて、僕は一緒に過ごすことを決めたんだ」
反対側からレトも触れてきて、冷えた背中を温めてくれる。
まるで傷ついた心を癒やしてくれるかのように支えてくれるふたりの王子。
どんな時も親切にしてくれて、なぜここまで仲良くしてくれるのかも分からない。
でも、これが仲間というものなのだろう。
好きか嫌いかで言ったら、好きだから私と一緒にいてくれる。
その“好き”が仲間としてなのか、愛なのか。知るのが怖いけど……――
簡易テントで一晩過ごし、朝がやってきた。
身だしなみを整えてから、リュックを背負ってテントの外に出る。
すると、狩猟をする格好をしているライさんが目に入ってきた。
そこに向かってセツナとレトが歩いていく。
「こんなに朝早くから狩猟に行っていたとは、ライはすごいな」
「新しい家のおかげだよ。
前よりずっと快適に眠れるようになったんだ。
あと、昨晩からノウサ様が落ち着かない様子だったから。
肉食動物が暴れているのかと思って見回りもしていたんだ」
「ライさんは仕事ができる人だね。僕も見習わないと。
あっ、かけらが起きてきた」
「皆、おはよう。
今日から街の人達も来て、建物の建築を始めるんだよね。
忙しくなると思うから、しっかり水分補給しておかなきゃ」
「毎日、真面目に働いているかけらはすごいな。
少しは息抜きしないと倒れるぞ」
「この仕事は楽しいから大丈夫」
湖の傍に行ってからリュックを下ろし、水を掬ってごくごくと飲む。
呪われている場所と聞いた時は、ここの水を飲むことに抵抗があった。
でも何度か口にしているうちに慣れてきた。今では美味しいと思っている。
「料理で水を使いたいから汲んできてくれないかな?」
離れたところにいるレトにお願いされて、リュックの中から水筒を取り出して水を汲む。
もしかして、レトはジャガ煮を作るつもりなのかな……。
水を零さないようにゆっくりと運ぼうとした時、凍えるほど冷たい気配を感じてゾクリとする。
「迎えの時間だ」
「えっ……? 誰……!?」







