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「誰なのか忘れてないよな」
声が聞こえた時にはもう遅くて、背後を取られていた。
いつの間に……!?
驚いて両手で持っていた水筒を 落としてしまい、水が地面を濡らしていく。
相手は私の首元を抑え、その様子を見せるためにレトとセツナの方に体を向けた。
「どうした、かけら!?
……誰だおまえは。まだ集合時間じゃねぇぞ」
レトとセツナが私に駆け寄ろうとした時、茂みの中からフードを深く被った人が数人出てきた。
そして、黒くて長い銃を構え始める。
恐ろしい光景に怯えている暇もなく、背後にいる男が耳元に顔を近づけてくる。
「かけらに用事があってきた。大人しくついて来い」
「どうして私の名前を……」
「覚えたからな」
この男の声は聞き覚えがある。
セツナが小屋に泊まり始めた日のこと。
私がこっそりと外に出た時、ダイヤモンドを渡してきて消え去った男だ。
確か、そのうち迎えに行くと言っていたような気がする。それが今なんだろう。
銃を向けて、私の仲間を危険な目に合わせようとする。
こんな荒っぽいやり方で迎えに来るとは思っていなかったけど……。
「戦争が始まるまで、まだ時間があるよな。
敵地に攻め込むのは早すぎるんじゃないのか?」
「きみが誰なのか分からないけど、今すぐ彼女を離すんだ!」
「…………」
セツナとレトが声を張っても、背後にいる男と銃を構える人たちは答える様子がない。
「他国に勝手に入っておいて、返事をしない、顔も見せないとはいい度胸だな!」
背後にいる男が空いている方の手を動かし、仲間たちに何か合図を送った。
「赤いインク入りの矢。外さないでよ、セツナ」
「オレは王になると決めてから一度も外したことがないんだよ!」
ライさんが背負っていた弓をセツナに渡す。
それを素早く構え、先端に布が巻かれた矢をこちらに目掛けて放った。
矢が当たらないように、私は頭を下げてぎゅっと目を閉じる。
そのあとすぐにシュッと何かに当たった音が聞こえた。
周りを見てみると地面に赤いインクがぽたぽたと垂れていた。
どこから流れているのか辿ってみると、男の被っているフードから垂れている。
無表情のまま動かないから、怪我はしていなさそうだ。
矢が当たった衝撃で男の被っているフードが後ろにずれ落ちる。
きっと、セツナはこの男の顔を見るために矢を放ったのだろう。
「おまえは……!」
微かに揺れた髪は濃い青色をしていて、夜空の色に似ている。
布を巻いて口元を隠しているせいではっきりと分からないけど、二十代くらいだろうか。
瞳の色は惹きつけられるほど綺麗なダークブルー。
グリーンホライズンやクレヴェンでは、見たことがない色だった。
「久しぶりだな。
戦場でおまえを見たことがあるんだよ。
前衛の兵士を瞬く間に倒していく異常な強さ。
それを見せつけられたから、しっかりと覚えてるぜ。
スノーアッシュがまたクレヴェンの土地を奪いに来たのか?」
「きみたちはスノーアッシュの人だったのか」
「個人的な用事があって来た。
かけらをしばらく貸してもらう」
やっと質問に答えた男。
私を逃さないようにしているけど、本当にその気があるんだろうか。
捕らえためには力を入れて動けないようにするはずなんだけど……。
この男は私に全く触っていない。
逃げようと思ったらすぐ走ることもできる状態。
レトとセツナとライさんに私を捕まえているように見せているだけだ。
武器を構えている仲間たちがいるのに、なぜここだけ手を抜いているんだろう……。
「用事があるのは本当なのかな?
僕はかけらとずっと一緒にいたから分かる。
スノーアッシュにはまだ用がなかったはずだ」
「フッ、どうかな。
……そういえば、グリーンホライズンとクレヴェンが和平を結ぶんだってな。
警戒されなかったおかげで、大事な話をじっくりと聞かせてもらうことができた」
「なに……!?
まさか、かけらとレトが来た時に森が騒がしかったのはおまえもいたから……。
くっ、やられたぜ」
「大人しくしていろ。そうすれば攻撃はしない。
用事が済んだら、かけらをここに戻してやる」
「かけらは渡さない! だから、僕は戦うよ。
セツナ、協力してくれ。助けるよ!」
「っ……、レトはこの状況を理解してないのか。
スノーアッシュの武器は、オレたちより文明が進んでいて桁違いの威力だ。
兵の数を揃えないと勝てる見込みがない」
セツナの言うとおりだ。
無防備な状態で銃を向けられているのが、どれほど恐ろしいものか……。
私を助けるためにレトが動いたら、命を失ってしまうかもしれない。
嫌だ……。
それだけは絶対に嫌だ……!
「私の仲間とこの場所だけは、絶対に手を出さないでください。
約束してくれるなら……、私はあなたについて行きます」
背後にいる男にそう伝えると、冷たい眼差しで私を見下ろしてきた。
そして、周囲に潜んでいる味方に合図を送った。
銃を下ろしてくれたから攻撃しないということなんだろう。
これで皆を助けることができる……。
「かけら! 行かないでくれ! 頼むから!」
リュックを背負って出発しようとすると、レトが必死に声を掛けてくる。
そのせいで涙が出てきそうなくらい悲しい気持ちになる。
でも、レトに今一番考えてもらいたいのは私を助けることではない。
「優先するのは、グリーンホライズンとクレヴェンの和平を結ぶこと! それを忘れないで。
私は……、必ず帰ってくるから……!」
私のところに向かって走り出しそうなレトをセツナが止めてくれている。
これなら大丈夫だ……。
安心して旅立つことができる。
「約束は必ず守る。
俺はこの世界の行く末が気になるだけ……。
それに、誰よりもこの女を欲しがるのは“王子”だからな」
「まさか……!? 冗談じゃ……ねぇよな……」
「ダメだ! 行かないでくれ、かけら……!」
振り向いたら苦しくなってしまう……。
私はレトとセツナに背中を向けた。
チャンスを掴むために、決めたから……――
「行くぞ」
「はい……」