episode7 お前だって
午前10時
ブライドside
息苦しさと怠さで目が覚める。
時計は午前10時を指している。寝すぎてしまった。
体が熱い。頭痛もするし、視界が回って見える。
こんなに体調が悪いのは何時ぶりだろうか。
昨日は何があったか、よく覚えていない。
なぜ自分がこんなにも体調が悪いのかも分からない。
ただ、所夜になにか聞かなければならない事がある。そんな気がした。
だが、この体調なら恐らく歩くことすらままならないだろう。
とりあえずは寝て治すのが早い。そう言い聞かせてもう一度眠りに着いた。
午後4時
目が覚めた。だいぶ寝てしまっていた。
だが、起きて治ってますなんて都合のいい事はなかった。
何だか先程より体が重い。吐き気だってする。
むしろ先程より悪化しているような気もする。
自室から出て所夜を呼びに行った方がいいのは明確だが、人がいる気配はこの家にはない。
恐らく、どこかに出かけているのだろう。
そんな事を考えつつも、もう一度眠りにつくように体制を変えた。
少し体を動かしただけでこれ程疲れるだろうか。
ただの風邪では無いのだろうか。
ずっと頭には疑問が残る。
こんな時にも、なんの感情も湧かない。
ぼーっとしていると、強い吐き気が自分を襲った。
目を大きく見開き、すぐにゴミ箱に顔を向かせる。
汗が止まらない。塗れた背中にまとわりつく服が気持ち悪さをましていく。
遂には嘔吐してしまった。
そこで体力を失ったのか、倒れるように寝てしまった。
前日午後11時
千夜視点
最悪な気分での帰国。
だが、仕事でも里帰りでもなんでもない。
今はとにかくあの子を治すための薬が必要なんだ。
走りに走って、自宅へとたどり着く。
この時、既に汗がボタボタとたれ流れていた。
息切れを起こしながらも、薬を入れたであろう戸棚を捜索する。
あの子は自分よりもっと今辛いはすだ。
めんどくさがり屋で片付けをしていない自分の事が今は心底腹立たしい。
そもそも、自分がもっと早く着いていれば。
もっと任務に対しての危機感を持っていたら。
そんな後悔が頭をよぎる。
探すこと1時間。
これだけ探しても無いのだ。恐らく以前に使い切ったのだろう。
残る薬の入手手段は2つ。
ひとつは本部に頭を下げに行く事
ひとつは自身の実家に帰って実家から薬を借りるか。
だが、実家には風邪をひきがちな家族がいるため薬を借りるのは申し訳ない。
こうなったらもう消去法だ。
疲労で今すぐにでもぶっ倒れそうだが、あともうひとっ走り。
オブサーバー本部。
ここ来るのは何十年ぶりだろう。
家から持ってきた1000年くらい前の入館許可証を提示し、上層部の部屋に入る。
上層部は、私が頼み込んだら快く薬を貸してくれた。
その代わり、今度なにか日本の土産を持っていかなくては。
すぐに帰ろう。時刻は午前2時。
情報を守るために、サーバー内は少し寒いのだが、今では汗を冷やすためにちょうどいい。
早く家に帰ろう。
早くブライドを回復させてやらないと。
早く戻って顔を見せないと。
早く適切な処置をしてあげないと。
昨夜からの疲労もあり、また汗がぼたぼたと地面にたれ落ちる。
心音が大きく聞こえる。まるで自分の息切れも聞こえないくらいに。
必死の思いで力をふりしぼり、能力を発動させる。
急いで帰るから。あとほんの少しだから。
そう言い聞かせ、自宅へと戻った。
午後4時
あれだけ急いで帰ってきたつもりなのに、時間はこのとおり。
でも、薬は取ってこれた。早く飲ませて回復させないと。
遅くなってしまった事を謝らないと。
駆け足で彼女の部屋に入ると、まるで倒れ込むように寝ている彼女の姿があった。
急いで駆け寄って姿勢を直し、布団をかけ直す。
でも、姿勢を直した時に少し違和感を感じた。
髪が荒れている、涙の跡、口周りに着いた汚れた液体。
感情のない彼女が涙を流すわけが無いし、髪だって、シャンプーとかはとくに変えてない。
疑問に思いながらも、口元を拭ってゴミ箱に捨てようとした。
しかし、ゴミ箱には既に同じ液体が入っていた。
そう。彼女は嘔吐をしてしまったのだ。しかも、涙の跡があると言うことは、恐らく直近のもの。
焦りと不安に襲われたが、すぐに処理をする。とりあえず、この部屋で寝かせるのは体に毒だ。
体をゆらさないように抱き上げ、自分の部屋に寝かせる。
多少寝かせる時に揺らしてしまったが、眠りの浅い彼女がゆらされたのに起きないのは相当疲れて深い眠りについている証拠。
申し訳ない気持ちと悔しさで胸がいっぱいになる。
口にはしないが何度も謝った。
そんな中、彼女の寝言が聞こえた。
「ごめんな……さい……。も……うま……り…す」
ブライドside
?時
次に目が覚めたのは、真っ暗闇の空間。
辺りに光は無いのに、自分だけは認識できる。
次に目に入ったのは、兵士として一緒に戦ってきた仲間達。
彼らなら何か知っているかもしれない。そう思って近づこうとした。
が、次の瞬間、次々に仲間が切り裂かれてゆく。
驚きを感じる間もなく、次は自分に対して刃が飛んでくる。
急いで武器を取ったので自分が切り裂かれる事は無かったが、体制が圧倒的に不利だ。
だが、それだけだ。足をかけて一瞬の隙をつき体制を逆転させる。
奴がつけている仮面をひん剥いてやると、そこに居たのは実の父だった。
訳が分からない。なぜ父がここに?
そう考える暇すらなく、父が口を開く。
「もっと動きにキレをつけろ。このノロマめ、動きが衰えているぞ。」
父が口を開いた途端、自分に関係する者全員が映し出されていく。
そして全員、口を開く。
「人の死に怖気づくな」
「私たちのために戦ってくれてありがとう」
「大丈夫、血なんて怖くないさ」
「この程度こなせて当然だからね」
「あなたは私達のヒーローです」
「国の為に働け。この非国民めが。」
「もっと動きを早く!違う!そこはそうじゃないでしょ!?」
「なんで言ったことを理解できないんだ!!」
「ここをこうするだけでしょ?!頭使いなさい頭!」
「なんでこんな簡単な事が分からないの?」
「生まなきゃ良かった」
「早く死ねよ。」
それは、自分が兵士として育てられた時の言葉や、兵士になった後の言葉など。
でも、やっぱりなんの感情も湧かない
だけど、無意識的に口からこぼれ落ちてしまった。
「ごめんなさい。もっと上手くやります。」
そういった途端、暗闇が明るくなった。
千夜side
細切れにしか聞こえなかった。でも、「ごめんなさい」と言ったのだけは聞き取れた。
何か嫌な夢でも見ているのだろうか
だったら、起こさないと可哀想か。
「ブライド、一旦起きましょう。」
声をかけると、何事も無かったかのように目を開け、こちらを不思議そうな顔で見る。
「すみません。何か嫌な夢でも見ているのかと思いまして。」
そう言うが、返事はない。
すると、こちらから目を逸らすように寝返りをし、こう答える。
「どうしたんですか?お顔見せてください」
またもや返事はない。
と、思いきや、掠れたような声で返事をする。
「移るから……向こう行ってろ。その事については……後日話すから。」
こんな時にも、移ることの心配。
やっぱり、優しい子だ。
「嫌ですよ。ちゃんと治すまでここにいます。薬を持ってきたので飲んでください。」
「……ああ」
嫌そうな素振りをせずにササッと薬を飲む。
結構苦いはずだけど……まあいっか。
「まだ熱がありますね。とりあえず、着替えましょう。」
「風邪を引いたら……着替えるのか?」
「風邪だけなら別にいいんですけどね。汗をかいているので、さらに悪化しない為に着替えましょ。」
テキパキと動き、とりあえずある程度の事は終わらせた。
あともうひと眠りしたらきっと薬が効く頃合だ。
「ほら、終わったんだろ。さっさと出てけ。移るから。」
まだその心配か。
別にそんな心配しなくていいんですよ。こちとら大妖怪ですからね。
「いいえ。ここ私の部屋なので。しかも、私のせいでこんな目にあってるのに私が出ていくのは違うでしょ。」
よし。これくらい言えば大丈夫だ。
「ダメだ。リビングに行けばいいだろ。分かったら出てけ。」
あれ、結構ダメでした。
「そもそも、病人の世話くらいはさせてくださいよ。」
何言われても出ていかないからな。
そう心に決めたが、彼女が次に発した言葉は意外なものだった。
「お前、自分がどんな状態かわかってないだろ」
「え、?」
驚いていると、次々に彼女の口から言葉が出てくる。
「髪が乱れているし、服だっていつもより適当にきているな。リボンがズレている。」
「あと、見てても分かるからな、そのフラフラした歩き方。」
「あとその怪我。どこで作ったかは知らないがお前だって怪我人だろ。」
「そして最後にその隈。病人の私でも分かるくらいには濃いぞ。」
「お前だって疲れてるだろ。分かったらさっさと飲み物でも飲んで休め。」
あれ、私そんなに酷い格好でした?
怪我……?ほんとにいつ作ったんでしょうか。
「ごめんなさい、気づきませんでした。」
「じゃあ、お言葉に甘えますね。おやすみなさい。」
自分の部屋を出た後、彼女の部屋の片付けをする予定だった。が、
あんな事を言われてしまった手前、すぐに休まないと明日の事にも関わる。
自分がこんなにも弱っていた事に今気づいた。
その事に気づけなかった悔しさと、体調が悪いあの子に気を使わせてしまったこと。薬を取ってくるのに時間がかかってしまったこと。やっぱり全ての元は自分があの時駆けつけるのが遅くなった事。
それらが重なり、所夜の目の奥は必然と熱くなる。
ソファに寝転び、目にクッションを押し付けて涙を静かに流す。
翌日、目が赤く腫れていたのは別のお話。
コメント
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展開がすごい!✨あっという間に読み終えてしまいました!続きお待ちしております!✨