テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
🫧想美🎐🍏
486
#だけなんだ
だけなんだ
653
だけなんだ
3,370
あの後、霧矢に連れられて倉庫へやってきた。
倉庫の中は、鉄の臭いがした。
雨で濡れたコンクリート。
積み上げられた木箱。
古びた蛍光灯が、白く明滅している。
そして。
床には、男が転がっていた。
額に穴が開いている。
血はもうほとんど流れていなかった。
鈴木は無言で立ち尽くす。
頭では理解していた。
裏社会。
殺し屋。
拳銃。
そういう場所へ来たのだと。
でも。
“本物の死体”を見るのは初めてだった。
「吐く?」
軽い声。
霧矢だった。
コンビニ袋でも持つみたいな気軽さで拳銃を弄っている。
「……別に」
強がりだった。
胃が痙攣している。
喉が熱い。
霧矢は少しだけ笑った。
「へぇ」
床の死体を見下ろす。
「アンタ、意外と向いてるかも」
「何が」
「こーゆーの」
霧矢は死体の足を掴む。
ずる、と床を擦る音。
鈴木の眉が僅かに動いた。
「持って」
「……なんで僕が」
「ルージュ探したいんでしょ?」
静かな声だった。
さっきまでみたいな軽さがない。
「なら、こっち側に来なきゃ」
霧矢は死体を見下ろしたまま続ける。
「探せるものも探せないッスよ」
鈴木は黙る。
霧矢はあはっと笑って、それ以上何も言わなかった。
ただ、死体の足を持ったまま待っている。
蛍光灯が小さく唸った。
鈴木はゆっくり死体へ近づく。
血の臭い。
冷えた指先。
死体の足を掴む。
重かった。
人間だったものの重さ。
「……うわ」
思わず声が漏れる。
霧矢が笑った。
「あは。そういう顔できるんスね」
「うるさい」
二人でズルズルと死体を運ぶ。
床に血の跡が伸びていく。
倉庫の奥には、大きな冷凍コンテナがあった。
霧矢が顎で示す。
「そこッス」
鈴木は無言で死体を押し込む。
その瞬間だった。
「お前ら雑すぎ」
低い声。
振り返ると、 冬橋が立っていた。
黒い服を着ている。
相変わらずの冷えた目。
霧矢が片手を上げる。
「冬橋サーン」
「サボんな」
「ちゃんと働いてるッスよ」
冬橋はコンテナの中を見て、呆れたように息を吐く。
「死体の処理もできねぇならクリーナー名乗んな」
「いやオレじゃなくて鈴木クンッス」
「新人にやらせるな」
「経験大事じゃないッスか」
冬橋は眉を寄せた。
鈴木を見る。
「お前、名前は」
「……鈴木」
「下」
一瞬だけ、空気が止まる。
鈴木は視線を逸らした。
「……ない」
嘘だった。
だが、本名を言いたくなかった。
“チョモ”を思い出すから。
冬橋は数秒だけ鈴木を見ていたが、追及はしなかった。
「まぁいい」
「お前、なんでここ来た」
鈴木は答えない。
冬橋はもう一度聞いた。
「金か」
「違う」
「じゃあ女か」
「違う」
沈黙。
霧矢が「あー」と笑う。
「復讐ッスよ」
鈴木が睨む。
冬橋は吐き捨てるように言った。
「くだらねぇ理由」
「……うるさい」
「でもまぁ」
冬橋はコンテナを閉める。
重い金属音。
「復讐で来る奴は嫌いじゃない」
鈴木の眉が僅かに動く。
冬橋は背を向けたまま言う。
「空っぽよりマシだ」
その言葉を聞いて
霧矢が少し笑わなくなった。
ーーーーーーーー
深夜二時。
倉庫を出ると、まだ雨が降っていた。
鈴木は濡れたアスファルトを見つめる。
隣では霧矢が煙草を咥えていた。
「ねぇ鈴木クン」
「……何」
「人間ってさ」
霧矢は空を見上げる。
雨粒が頬に落ちても気にしない。
「壊れる時、一瞬なんだよね」
「……」
「子供なんか特に」
街灯の光が、霧矢の横顔を白く照らす。
「大人に笑われるだけで壊れる」
鈴木は黙っていた。
霧矢は続ける。
「知らない誰かのコメントだけでも死ねるし」
その声は軽い。
いつも通りのはずなのに。
何故か少しだけ冷たかった。
「でも加害者側って、案外覚えてないんだよ」
霧矢は笑う。
「あれ面白かったよね〜、くらい」
鈴木の奥歯が軋む。
『チョモ泣いてるー!』
『かわいー!』
『もっとやれ!』
昔の歓声が頭の奥で蘇る。
鈴木は拳を握った。
「……ルージュもそうなのか」
霧矢は少しだけ黙る。
そして。
「あの人は」
煙を吐いた。
「被害者でもあるよ」
鈴木が顔を上げる。
霧矢は笑っていた。
でも目だけは、妙に冷えている。
「まぁ、ちゃんと化け物だけど」
その瞬間。
鈴木は初めて思った。
この男は。
一体どこまで知っているんだろう、と。
「ちょっと行きたいとこあるんで付き合ってくださいッス」
先程浮かんだ思考は一度忘れるとしよう。
鈴木は車に乗り込んだ。
コメント
1件
いやー、第2話、すごく引き込まれました。霧矢さんの軽さと冷たさが同居した感じ、めちゃくちゃ印象的です。「被害者でもあるよ」って言いながら「ちゃんと化け物だけど」って続けるニュアンス、すごく生々しい。裏社会の空気と、鈴木の「人間だったものの重さ」を感じる描写もリアルで、続きが気になって仕方ないです!