テラーノベル
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「おかえりー!」
玄関を開けた瞬間、子どもの声が飛んできた。
鈴木は思わず足を止める。
古い一軒家だった。
外壁は色褪せ、玄関の電球も半分切れている。
だが中は妙に暖かかった。
カレーの匂い。
笑い声。
走り回る足音。
昨日まで死体を運んでいた世界とは全く別の場所みたいだった。
「なおとくんおそーい!」
「きりやぁおそいー」
「はいはい、わりぃわりぃ」
「でぇも〜」
霧矢はコンビニ袋を掲げる。
「アイス買ってきたから許してくれる?」
「やったぁ!」
子どもたちが一斉に群がる。
少年たちも笑顔になる。
霧矢は笑いながら頭を撫でていた。
その姿を見て、鈴木は眉を寄せる。
意味がわからなかった。
人を殺していた男と、同じ人間に見えない。
「立ってないで入るッスよ」
霧矢に言われ、鈴木は靴を脱ぐ。
廊下には、子供たちの描いた絵が貼られていた。
クレヨンの太陽。
歪な動物。
花の絵。
その中に。
『なおとくん』
と書かれた金髪の似顔絵が混ざっている。
鈴木は少しだけ視線を止めた。
「かわいーっしょ」
霧矢が笑う。
「オレ、結構人気あるんスよ」
「……意外」
「ひど」
その時。
奥の部屋から冬橋が出てくる。
エプロン姿だった。
鈴木は二度見した。
「……何してんの」
「見りゃわかるだろ」
冬橋は無表情で答える。
「っえ!!冬橋サン、カレー作れたんスか?」
なぜだかわからないが、霧矢がものすごく驚いている。
「マチの作り置き」
冬橋はそう言った。
「まぁそうッスよねぇ」
キャハッと笑いながら霧矢が言った。
「馬鹿にしてんのか?」
「そんなことないッスよ」
冬橋は少し不機嫌な顔をしながら、大鍋からカレーをよそっていた。
「皿持ってけ」
子供たちが一斉に並び始める。
「順番なー」
冬橋は淡々と皿を渡していく。
「冬橋サン壊滅的に料理できないからなぁ」
隣で小声でそう言う男も、笑顔で子どもたちにカレーを配っている男も、 さっきまで死体の前にいた人とは思えなかった。
鈴木は呆然と立ち尽くす。
霧矢が隣で笑った。
「混乱してる?」
「……お前ら、人殺しだろ」
小声で言う。
すると、
「そうッスよ」
あっさり返ってくる。
何を今更…みたいな顔で。
霧矢はスプーンを並べながら続けた。
「でも子どもに罪ないじゃないッスか」
「……」
「裏の仕事とこっちは別。ちゃんと切り替えてるから安心してくださいッス」
全然安心できなかった。
霧矢は飴を咥えながら笑う。
煙草は吸っていない。
子供の前では吸わないらしい。
「ここ、“しぇるたー”」
「……しぇるたー」
「NPO法人。冬橋サンが代表」
冬橋は振り返らないまま言う。
「大したもんじゃねぇよ」
「孤児とか、家帰れない子とか、トー横キッズとか、そういうの集めてるだけ」
「だけって」
「実際そうだろ」
冬橋は皿を置く。
その横顔は疲れていた。
「行政は遅ぇし、警察は面倒事嫌うし、結局こぼれた子どもはその辺で腐る」
静かな声だった。
怒っているわけじゃない。
もう見慣れてしまった人間の声。
「だから拾ってるだけ」
子どもが袖を引っ張る。
「とうばしー、おかわり」
「冬橋な」
「おかわりー」
「はいはい」
冬橋は少しだけ笑った。
ほんの僅かに。
だが、その顔だけは妙に人間らしかった。
鈴木は視線を逸らす。
その時だった。
小さな男の子が、鈴木の服を掴んだ。
「おにーさんだれ?」
鈴木は固まる。
子供はそのまま見上げてきた。
大きな目。
無防備な視線。
鈴木は、こういう目が苦手だった。
「……知らない」
「えー」
「今来たばっかの人ッスよ」
霧矢が横から口を挟む。
「名前は鈴木クン」
「すずきくん!」
男の子が笑う。
その瞬間。
鈴木の頭の奥で、別の声が重なった。
『チョモー!』
『こっち向いてー!』
『かわいー!』
歓声。
カメラ。
フラッシュ。
鈴木の呼吸が止まりかける。
男の子は無邪気に笑ったままだ。
「ねぇねぇ、すずきくんはなにできるの?」
鈴木は答えられなかった。
何も思いつかない。
できること。
得意なこと。
そんなもの、人生で一度も考えたことがなかった。
すると。
「鈴木クン、包丁持てる?」
霧矢が言った。
「……は?」
「サラダ作って」
「なんで僕が」
「人手不足」
霧矢は笑う。
「あとアンタ、立ってると怖いから」
「……」
「子供泣くッス」
鈴木は舌打ちした。
だが。
そのまま帰る気にもなれなかった。
台所へ向かう。
古い流し。
安っぽいまな板。
包丁を握る。
その時。
隣に立った霧矢が、ぼそりと言った。
「アンタさ」
「……何」
「子供嫌い?」
鈴木は少し黙る。
嫌いなのかもしれない。
怖いのかもしれない。
昔の自分を思い出すから。
霧矢はキャベツを千切りにしながら続けた。
「オレは別に好きでも嫌いでもないけど」
「……」
「でも、ここにいるガキ見てるとさ」
霧矢は笑った。
いつもの軽い笑い。
「壊れる前に拾えたなら、まぁラッキーだなって思う」
鈴木は手を止める。
その横顔を見る。
霧矢は笑っていた。
なのに。
どこか空っぽだった。
まるで。
“感情の形”だけ真似しているみたいに。
コメント
1件
うわ、今回も重くて温かくて、やられたわ…。♡♡♡屋の顔とシェルターの顔、振り幅えぐい。冬橋さんの「拾ってるだけ」って台詞、あの口調と疲れた横顔で言われるとグッとくる。霧矢くんの「感情の形だけ真似してる」感、意味深すぎて震えた。鈴木くんの苦手なもの・できないものだらけな感じも、これからどう動くのかすごく気になる。良いエピソードだった🔥
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