第1話「メリーさんの公園」
目を覚ましたとき、空気は土と錆の匂いで満ちていた。
天井は見えないほど高い。まるで夜空のように闇が広がり、代わりに地面には不気味なほど整った街灯が並んでいる。ブランコ、滑り台、人工芝の草原。
だが、この公園は――地下にあった。
青年・凛太は立ち上がり、震える声でつぶやく。
「……どこだ、ここ」
スマホは圏外。時計は狂い、出口も見つからない。代わりに、スピーカーのようなものから途切れ途切れに声が流れた。
『ようこそ、メリーさんの公園へ。ルールはただひとつ。
“鬼”に捕まらないこと。捕まったら……終わり。
公園のどこかにある扉を見つければ、次へ進めます。』
そしてその直後――不気味な声が聞こえてきた。
「め〜りぃさんの、ひつじ……♪ ひつじ……♪」
男の声。
しかし歌声の音節の合間に、金属がコンクリートを削るような**ガリッ……ガリッ……**という響きが混じる。
凛太は息を飲んだ。
街灯の列の向こうに、人影がゆらり、と揺れる。
羊の白い面。
作業服。
巨大な斧。
そして狂ったように歌いながら、ブランコを押すようにゆっくり斧を振るっている。
「……あれが、鬼……?」
影がこちらへ向きを変えた瞬間、歌声がピタリと止まる。
次の刹那。
作業靴を響かせ、メリーさんがこちらへ小走りで近づいてくる。
「嘘だろ……!」
凛太は反射的に走り出した。
地下公園の奥へ、奥へ。
だがどれだけ走っても終わりが見えない。広大すぎる。まるで誰かが“ここに長く滞在してほしい”かのように。
振り返ると――いる。
羊の面が白く光っている。斧をズルズルと引きずっている。
「め〜りぃさんの、ひつじ……♪」
追ってきている。
心臓が破れそうだった。
そのとき、凛太の視界の端に“異物”が映った。
公園らしからぬ、古い木の扉。
ブランコの裏に隠れるように存在している。
「……あれだ!」
しかしあと数十メートルの距離で、足音が急激に近づく。
歌声が突然止まった。
無音。
その沈黙が逆に恐ろしい。
凛太は滑り込み、扉のノブを掴む。
「開けっ……!」
背後で斧が地面に叩きつけられた衝撃が響く。
粉塵が背中に降り注ぐ。
羊の面がすぐ後ろにある――そんな気配がした。
「うわああああッ!」
力任せに扉を引くと、暗闇が口を開いた。
凛太は飛び込む。
扉が閉じると、斧が当たる重い音が三度響き、そのあと静けさが戻った。
暗闇の中で、凛太は荒い息を吐いた。
「ここは……次のステージ……なのか……?」
だが足元には、何かが転がっていた。
人の手だ。
まだ新しい。
そして暗闇から、囁く声がした。
「ようこそ……二番目のお遊戯会場へ。」
・つづく
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