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気がついては、いた。
『何か』がいる気配。
ただ、それが何かは掴めずに、気のせいかも、と思ってしまう自分もいた。
りょうちゃんが一緒にいる時しかしない、その気配。
何もない空間に笑いかけて、手を伸ばして、話しかける時に感じる気配。
その正体を、掴みたかった。
オレの、りょうちゃん。
オレらの、りょうちゃん。
他の『何か』になんて、取られてたまるか。
だから、その機会を、ずっと待ってた。
目の前には、ソファで寝ちゃったりょうちゃんがいる。
あの気配も、感じてる。
今しかないのかもしれない。
若井もいるけど、それはもうどうでもいい。
むしろ、若井も知った方がいい。
「…いるんだろ。」
気配を感じるあたりを見据えて、問いかける。
「そこに、いるんだろ。姿を見せろよ。」
いきなり空間に話しかけ始めたオレを見て、若井が戸惑う。
「なぁ、元貴、どうしたんだよ。」
空間が揺らぐ。
いる、確実に『何か』いる。
「それとも、オレらに姿は見せられないってか。そんな臆病者なら、りょうちゃんに付き纏うなよ。りょうちゃんはオレのもんだ!」
名前も聞かずに口説いたあの日から!
空間が、歪む。
オレを訝しげに見てた若井が、歪んだ空間にギョッとしてる。
「な…元貴、何が起きてんの?」
「若井は、見てて。ヤバいことが起きたら、助けを呼んで。」
「今すでにヤバい気がするんですけど!」
「大丈夫!まだ正体見てないから!」
見るまで、引かないから!
歪んだ空間から、黒い鼻先が現れる。
それと同時に、銀の毛並みに覆われた大きな前足が現れる。
歪みをするりと抜けて、『それ』は姿を現した。
銀の毛皮を纏った、巨大な狼。
「お前は…。」
『我が名はフェンリル。』
短く告げて、りょうちゃんを守るかのように、彼の前に横になる。
「北欧神話かよ。」
厄介なヤツだな。
「元貴、俺今何見てると思う?」
「オレと同じ物。」
神話の世界の生き物。
「夢なら覚めるよな?」
「残念、夢じゃない。」
握り締めた手のひらに、食い込む爪の痛さが現実を教えてる。
相手が巨大過ぎて、立ち向かえない無力さと、
ずっと親しげに話しかけてた相手が、「人」ではなかった真実に。
「りょうちゃんが『フェル』って呼ぶ相手が、お前か。」
『そうだ。此奴が赤子の頃からいる。守護神、と言うらしいな。今の世だと。』
怖い、とか、恐ろしい、とかは思わなかった。
りょうちゃんを見守る眼は優しくて、神話で描かれるような恐ろしさはなかった。
そして、オレらを見る、その目も。
『お前らには、ちょっとした監視を付けさせてもらう。スコル、ハティ。」
彼がそう呼ぶと、空間から二匹の小さな銀狼が現れた。
『呼んだ?』
『呼んだ?』
「お前の、子供か。」
『知っているなら、話は早い。お前はハティだな。』
『じゃ、よろしく。』
軽い感じで、一匹がオレの元へ駆けてくる。
『そっちの奴はスコルか。』
この展開に全くついて来れてない若井の元へ、一匹が駆けて行く。
『にーちゃん、しっかりしろよ。』
あ、いきなり蹴られた。
「痛って、何すんだよ、お前。」
『夢じゃなかっただろ?』
得意げな顔で、チビ銀狼は若井の頭に取り付いた。
オレの所へ来たやつは、肩に乗っている。
「ちょ、お前降りろ!」
『やーだね、ここがいい。』
ぎゃあぎゃあとやり始めた、一人と一匹は放っといて。
オレは彼へと、フェンリルへと向き直る。
「オレらにコイツらを付けるのは、りょうちゃんに関係があるんだな?」
『さぁな、我が見極めたいだけかも知れん。』
意味有り気な笑みを浮かべて、彼はりょうちゃんを鼻で突いた。
『我が姿を見せた事、お前らが気がついた事、全ての事を、今はまだ隠しておいてくれ。此奴は余りにも脆すぎる。』
「それは、同意する。」
オレらが気付いたなんて知ったら、りょうちゃん、どうなっちゃうか分からない。
『二匹を頼む。ハティ、スコル、任せたぞ。』
『はーい。』
『あいあいさー。』
若井の頭の上からと、オレの肩の上から、二匹は器用に手を振った。
『そろそろ起きるな、一旦消えるとしよう。また、いずれ会う。』
『ボクらもー。』
『姿は見えなくなるが、二匹はお前らの側にいる。我は此奴の側にいる。』
愛おしげにりょうちゃんを見つめて、フェンリルは顔を上げた。
『お前らが此奴の宿命なのか、それを確かめさせてくれ。』