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「君を守れず、本当にすまなかった」
そう言って手を取りアリエルをじっと見つめた。そんなエルヴェを見てオパールが横から口を挟む。
「そう思うなら、もう少し大切になさいませ! それとエルヴェには後で聞きたいことがありますわ」
「わかった。オパール、私もあとでアリエル付きのメイドから詳しく話を聞きたい」
「もちろんですわ」
オパールは微笑んでそう答えると、アリエルに向き直る。
「さぁお姉様、後の事は私たちに任せてくださればいいですわ。今日は約束通り刺繍を教えてくださいませ」
「ありがとう」
アリエルがそう言ってオパールの頭を撫でると、オパールは満足そうに微笑んだ。
そうしてアリエルはアラベルのことなど気にせず刺繍を教えた。そんな二人の横でエルヴェとヴィルヘルムはお茶を飲みながらアリエルの説明に耳を傾けていた。
エルヴェはなぜアラベルを追いかけなかったのだろう?
アリエルは刺繍を教えながらそう思った。
晩餐の時間になり、全員が着替えるため一度部屋に戻り支度をして食堂へ集まることになった。
いくぶん早く食堂に来たアリエルの後ろから、ヴィルヘルムがやって来ると挨拶をするアリエルに微笑み、慌てて椅子を引きアリエルに座るよう促しながら説明した。
「オパールは嫌がっているが、エルヴェとアラベルも一緒に別荘に滞在することになった」
「そうですの」
残念に思いながらアリエルは椅子に座った。だが、ありがたいことにアラベルとエルヴェの部屋はアリエルの部屋からだいぶ離れているようなので、余程の事がない限りは屋敷内で鉢合わせせずににすみそうだった。アリエルは思わず胸を撫で下ろす。
「アリエル、もう来ていたのか」
「殿下」
エルヴェは立ちがろうとするアリエルを制すると、隣に座り顔を覗き込みながら言った。
「こうして君と過ごすことを、私はずっと楽しみにしていた」
アリエルはエルヴェの顔を見たあと前方を向くと無表情で答える。
「それは大変光栄なことにございます」
アリエルのその態度にヴィルヘルムが反応した。
「君たちはケンカでもしているのか?」
すると、エルヴェがその質問に答える。
「いや、私が一方的に彼女に酷いことをした」
アリエルが驚いてエルヴェの顔を凝視すると、エルヴェは優しい眼差しでアリエルを見つめ返した。
「お兄様! なにぼんやりしてますの! 二人がいい雰囲気になってしまっているではありませんか!」
声のする方を見ると、オパールが腰に手を当て立っていた。すると、エルヴェは不機嫌そうに言った。
「せっかくアリエルの意識を私に向けさせたところだというのに、邪魔しないでほしいね」
「殿下?! オパール、違うんですの。決していい雰囲気とかそういったことではありませんのよ?」
そう言うアリエルを余所に、オパールはヴィルヘルムに向き直る。
「お兄様、負けていますわ! もっと頑張っていただかないと!」
そう言ってオパールは席につくとアリエルに微笑んだ。
「でも、お姉様がどちらを選んだとしても私と親族になるのには変わりありませんから、お姉様の選択を強要するつもりはありませんのよ? でも、できれば近い関係の方が私は嬉しいですわ」
オパールは言葉を切ると、執事に目配せした。
「今日のメニューはとっておきですの! お姉様も気に入ってくれると思いますわ。存分に堪能してくださいませ」
それを合図に食事が運ばれ始めたその時、アラベルが食堂へ入ってきた。その場にいるもの全員が一斉に無言でアラベルの方を見た。
オパールが冷たい眼差しでアラベルを見つめると、アラベルは今にも泣き出しそうな顔で言った。
「ハイライン公爵令嬢はまだ私を疑ってらっしゃるのですね……。そんな人間が一緒にいてはお食事も楽しくありませんわよね。私お部屋に戻りますわ」
そう言って肩を落として戻ろうとするアラベルに、アリエルが声をかける。
「アラベル、そんなことを言わずに一緒にお食事を取りましょう」
アラベルは振り向きアリエルに笑顔を向けたが、アリエルはアラベルから顔を背けると続けてオパールに言った。
「招待した令嬢を無下に扱えばどう噂されるかわかりませんし」
「お姉様、それはそうかもしれませんけれど……」
エルヴェがそこへ口を挟む。
「確かに、私が連れてきてしまって無理矢理招待する形になったとはいえ、ここで問題を起こすのは上手くないな」
アラベルがエルヴェを見つめて言った。
「殿下……ありがとうございます」
「お礼を言われても困る。私は従妹のために言っているだけだからな」
「いいえ、それでもアリエルお姉様も殿下もハイライン公爵令嬢を説得してくださってありがとうございます」
オパールはアラベルのその言い方にさらに不機嫌そうな顔をしたが、大きくため息をつくと答えた。
「いいわ、早く座りなさいな」
「あ、ありがとうございます」
アラベルにもう少し常識があれば、どんなに誘われたとしても辞退するべきだろう。アリエルはこの厚顔無恥な妹を苦々しく思いながら作り笑顔で言った。
「アラベル、よかったわね」
「アリエルお姉様もありがとう」
せっかくアラベルから離れられると思って別荘に来たのだ、一緒に食事を取るなんて当然断りたかったが、アリエルは少しでも相手に付け入る隙を与えたくないので我慢した。
全員が席に着き食事が始まると、アリエルはアラベルがいるので当たり障りのない会話をしていた。そんな中アラベルは誰とも話をせず、ずっと押し黙っていたが突然不安そうな顔で言った。
「アリエルお姉様、あの、ご相談があるのです!」
「なんですの? 今ここで言わなくてはいけないこと?」
このタイミングでなにを言い出すのかとアリエルは身構えた。アラベルは俯くと答える。
「できればお父様やお母様には聞かれたくないことなので」
それを聞いてアリエルは、晩餐の場で個人的な相談話をさせてもよいものか躊躇し、オパールの顔を見た。
オパールは呆れたような顔をしていたがアリエルを見て頷いた。それを確認するとアリエルはアラベルに尋ねる。
「そう……、何かしら?」
アラベルは顔を上げると、意を決したように話し始めた。
「はい、実は最近屋敷ないでよく物がなくなるのです。それも、とても大切にしていたものばかり。アリエルお姉様はそういったことはありませんの?」
アラベルがこの場でその話題を出したのは、後々アリエルがアラベルの物を盗っていたと訴えたときの布石として、この場を利用しようと考えたからだろう。
なんて卑劣なのだろうと思いながら少し考えたふりをして答える。
「私の物がなくなるということはありませんわ。メイドのことは調べましたの?」
「はい。でも怪しいものはいなかったのです」
「思い当たる人物は?」
するとアラベルは物言いたげに、それでいて悲しげにしばらく無言でじっとアリエルを見つめた。そして一呼吸置くと頭を振った。
そこでオパールが口を挟む。
「あら、まだメイドの中に犯人がいないとは言いきれませんでしょう? だいたい使用人の中に犯人がいなければ誰がそんなことをすると仰るの?」
「えっ? あの、それは……」
「お姉様、アラベルのお部屋にメイドの出入りは少ないのかしら?」
「いいえ、そんなことはありませんわ」
アラベルはそこで少しムキになって言った。
「でも、私の屋敷の使用人に盗みを働くようなものはいませんわ! みんな信頼のおけるものたちなのです」
アラベルのその言い方では、家族は信用できないと言っているようなものだった。