テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「わかい~、何か飲む?」
「あ、水ちょうだい」
「分かった~」
返事をした涼ちゃんは冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、キャップを開けて手渡してくれると、またキッチンへと戻っていった。
一体、何を作ってくれているのだろうか。一緒にご飯を食べる約束もしていないし、そもそも今日来ることも知らなかったのに。
「涼ちゃん、今日泊っていくの?」
こんな時間にここに居るのだから、当然そういうことかと思って声をかける。
しかし涼ちゃんの返事は、予想に反するものだった。
「あ、ごめん。これから友達と会う約束があって…」
「ふ~ん…」
視線を向けるでもなく、興味がないような返事をする。
俺たちは恋人らしい時間を、もうどれぐらい一緒に過ごしていないのだろうか。涼ちゃんが泊まっていったのも、俺が涼ちゃんの家に泊まったのも、もう何週間も前のことすぎて、すぐには思い出せなかった。
同じグループで活動しているのだから、何日も会わないことはない。けれど最近は、それぞれの家に帰宅する日々だった。
セックスだって、もうどれぐらいしていないだろうか。すっかりご無沙汰になっていた。昔は若さゆえにがっついて何度も涼ちゃんの体を求めたのに、今では溜まったときに一人で自慰をするだけで。涼ちゃんはもともとセックスには淡白の方だったし、体を求めるのはいつも俺からだった。
こんな状況に何も言ってこないということは、涼ちゃんも何の不自由もしていないのだろう。
自分たちは一体いつから、こうなってしまったのだろうか。
そして脳裏には、先ほどの友人の言葉がぐるぐると回っていた。
俺は本当に、涼ちゃんの将来を背負いきれるのだろうか。
本来ならば普通に女性と恋愛をして、子供が生まれて、その家族を守るために生きていく。男として、それが普通の幸せのはずなのに。次男である俺とは違い、涼ちゃんは一人っ子なのだ。きっと両親も、いつかは涼ちゃんの子供を手に抱きたいと願っているはずで。
このまま付き合っていても、俺たちに意味はあるの?未来はあるの?本当に?
『そんなん、あるに決まってんだろ!』
と、以前の俺なら、息巻いてそう言い切っていたはずなのに。全てを承知で、涼ちゃんに告白したつもりだったのに。思考がどんどんマイナスの方へと傾いていく。
「若井…?」
キッチンでの作業を終えた涼ちゃんがリビングへ来て、つま先をじっと見つめていた俺の前に膝をついた。心配そうに見つめてくる涼ちゃんの瞳が揺らいでいる。仕事以外で、こうやって涼ちゃんと顔を突き合わせたのはいつだっただろう。
「ねぇ、俺たち……もう、別れようか……」
ゆっくりと嚙みしめるかのように言葉を発した。自分の言葉なのに、どこか他人の言葉にすら思えてしまう。
最近はお互いに恋人として会う時間を作ろうともせず、セックスだってしていないのならば、単なるメンバーであるのと変わらないじゃないか。だったら涼ちゃんを縛っている、恋人という関係を解消してしまった方が、彼の将来のためになるはずだ。
俺の言葉に、涼ちゃんの瞳が大きく見開かれた。けれどそれは一瞬のことだけで、すぐにいつもの涼ちゃんの表情に戻ってしまう。
室内には秒針の音だけが響いていたけれど、重苦しくも思えた空間に涼ちゃんの声が広がった。
「そっか。うん、わかった。若井、今までありがとうね。合鍵、ここに置いておくから」
言いながら涼ちゃんはポケットのキーケースから合鍵を抜き取ると、ローテーブルの上へと置く。そんな涼ちゃんの動作を、俺は言葉もなくただ見つめていた。
「じゃあ、俺もう行くね。冷蔵庫にポトフとサラダを入れてるけど、いらなかったら捨てちゃっていいからね」
部屋の隅に置いていた上着を着て鞄を持つと、涼ちゃんは玄関へと歩いていく。俺はのろのろと後をついていった。靴を履いて振り向いた涼ちゃんは、やはりいつものように柔らかい笑みを浮かべている。
「若井、おやすみ。また明日、仕事でね」
「……うん」
玄関のドアを開け、涼ちゃんが挨拶をして去っていく。ドアが閉まって足音が聞こえなくなっても、俺はその場へと立ち尽くしていた。一人になった玄関には、重苦しいほどの静寂が広がっていた。
一体どれぐらいの時間、そうしていたのかは分からない。
天井を仰ぎ見て深いため息を吐くと、リビングへと向かってソファーに深く腰を下ろした。
涼ちゃんは泣かなかった。
なんでと聞き返しもしなかった。
取り乱しもしなかった。
まるで予想でもしていたかのように、すんなりと俺からの別れの言葉を受け入れたのだ。
なんだ。本当は涼ちゃんも、俺と同じことを考えていたのかな。実はもうとっくに、別れたかったのかもしれない。今日こうやって世話をしに来たのだって、単なる惰性でなのかもしれない。
四年も付き合ったのに、別れなんてこんなにもあっけないものなのか。
そんなことを思いながら、俺はクッションへと顔を埋めた。
コメント
3件
うわぁ…第2話、一気に切なすぎる展開になっちゃったね😭💔 若井くんが「別れようか」って口にした瞬間、胸がギュッてなったよ…。でもそれ以上に、涼ちゃんが「そっか。うん、わかった」って泣きもせず、怒りもせず、すんなり受け入れちゃったシーンがもう、心に刺さりすぎて…。むしろ涼ちゃん、前から気づいてたんじゃないかな?って思うと余計に切ない。 ポトフとサラダ置いて去っていく優しさが、別れのあっけなさを際立たせてて余韻がやばい…。続きどうなるの!?若井くんの後悔、来るよね…?😢💦
いちご飴
203