「体のどこにも異常が見つからなかったのに、4日経っても意識が戻らなかったの。そして、葵ちゃんが気を失ってから5日目の午後…私は掃除洗濯と亜季ちゃんの夕食を作りに1度家に帰ったの。それから、用事を済ませた私は再び病院に戻った。そして葵ちゃんの病室のあるフロアまで階段で上がり、廊下を右に曲がった瞬間、数十メートル離れた葵ちゃんの病室から頭にフードをかぶった黒いロングコートの人物が出て来たのを見たの。私は慌てて病室に駆け込んだわ。でも、病室で特に変わった所はなかった。ただ1つを除いては…」
「何ですか? その1つって? まさか…‥」
「そう、そのまさかよ。葵ちゃんが目を覚まして、ベッドから起き上がろうとしていたの…」
「って事は、その黒いコート姿の人物が、葵さんに何かをして目覚めさせた?」
僕は、前を歩く葵さんに問いかけるようにそう言った。
「目が覚める直前、物凄い眩しい光に体が包まれ、とても暖かくて優しい生命力のようなものが、体に注ぎ込まれているのを感じたんです」
葵さんは、歩く速度を緩める事なく話していた。
それにしても、黒いコート姿の人物って一体誰なんだ…?
もしかして、葵さんの傍にいる能力者と関係が?
「紺野さん…」
葵さんに呼ばれて前を向くと、集中治療室の前まで来ていた。話に夢中になっていて全然気づかなかった。
そして葵さんの後に続いて中に入ると、ガラスの向こう側には担当医と数名の看護婦、そして膝を床について泣き崩れている茉奈ちゃんの母親と、茉奈ちゃんを抱きしめ泣いている父親の姿があった。
その様子から、どういう状況なのかは直ぐに察する事が出来た。
「嘘だろ…」
わかった途端、顔が燃えるように熱くなり、心臓は破裂しそうなくらい激しく鼓動を始めた。
葵さんを見ると、遠藤さんの胸の中で声をあげて泣いていた。
茉奈ちゃん…ゴメンね。
助けてあげられなかった。
しばらくして茉奈ちゃんの体に取り付けられていた治療の器材は全て取り除かれ、茉奈ちゃんの体は一時的に遺体安置室に移された。
茉奈ちゃんの母親は、あまりのショックと疲労で倒れてしまい、医務室のベッドで寝かされていた。
「こんな夜中に、わざわざ来て頂いて本当にありがとうございました」
待ち合い室に行くと、茉奈ちゃんの父親は深々と頭を下げてお礼を言ってきた。
「・・・・・」
葵さんは、あれからもずっと泣いていて、とても話せる状態ではなかった。
「この度は、ご愁傷様でした。せっかく、この子達とも仲良くなれたのに残念です」
遠藤さんは涙を流しながら挨拶をしていた。
「本当に…」
父親は目頭を押さえ天井を見上げた。
「あの…茉奈ちゃんの病気って治っていませんでしたか?」
僕はどうしても確めたい事があって、必死で涙を堪えている父親に答えを求めた。