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11. 入野自由が江口拓也を好きになった裏話
入野自由は最初、江口拓也に対して特に何も思っていなかった。彼が事務所に入ってからしばらく、江口は単なる先輩で、むしろちょっと不器用で鈍感な人だと思っていた。実際、江口は常におおらかで、大雑把なところが多く、入野が何かに悩んでいるときでも、すぐに気づくわけでもなく、どこか人間らしい魅力を感じていたわけでもなかった。
最初の頃は、そんな江口のことを「ああ、こういう人なんだな」としか思わなかった。けれど、ある日のこと、入野はふと江口に対する考えが変わり始める出来事があった。
その日、入野は仕事が終わった後に、一人で事務所のロビーでぼーっとしていた。ちょっとした疲れから、座っているだけで頭がぼんやりとしてきたとき、突然江口がやってきた。
江口「自由くん、もう帰るの?」
江口の声が、静かなロビーに響いた。入野は小さく顔を上げ、江口を見た。いつものように、江口は無邪気に笑っていて、その笑顔がどこか優しさを感じさせた。
入野「うん、ちょっと疲れたから。」
入野は簡単に答えるが、なんだか胸の中に不思議な感情が湧いてきた。それは、今まで感じたことがないようなものだった。
江口「疲れた?」
江口はすぐに心配そうな顔をして、入野の隣に座った。
入野「大丈夫、ただの疲れだから。」
入野は苦笑して答えたが、江口の気配が近くにあると、なんだかいつもとは違う感じがした。
江口は少し黙った後、言った。
江口「もしよかったら、少し話す?」
その一言に、入野は不意に心が動いた。いつもの江口の冗談交じりの言葉が、なぜかこの時にはとても温かく感じられた。普段は気づかなかった江口の気遣いや優しさが、今になってしっかりと感じられたのだ。
その時、入野はふと思った。
入野 (江口って、こんなに優しかったんだ…)
その気持ちが、どこか不思議で、入野はしばらくその場で黙っていた。
江口は気にすることなく、また話し始めた。
江口「でもさ、自由くんは疲れてる顔してるけど、そんなに我慢してもダメだぞ。」
その言葉が、入野の心に静かに響いた。江口は、ただの先輩で、鈍感なアホの子だと思っていたけれど、この瞬間、彼が不器用ながらも心から自分を気遣っていることを感じて、入野は少しだけ胸が痛んだ。
その後、何気ない会話が続いた。江口の笑い声が、今までよりも温かく感じられた。それは、まるでずっと昔から一緒にいたかのような、心地よい安心感を与えてくれた。
その帰り道、入野は一人で歩きながら考えていた。
入野「俺、江口が…好きなのかな?」
その疑問に、入野はすぐには答えられなかった。けれど、何度もその思いが胸をよぎる。江口が見せた一瞬の優しさ、気遣い。それにどんどん心を奪われていった自分に、入野は気づくことができた。
そして、ある日、また江口に呼ばれる。
江口「自由くん、今日はどうだった?」
江口のいつもの声、いつもの笑顔。それが、入野には何か特別に感じられるようになっていた。
その瞬間、入野は自分の心がどんどん江口に引き寄せられていることに気づいた。もう、江口のことをただの先輩として見ることはできない。それが恋だと気づいたのは、どこか悔しいような、嬉しいような、そんな複雑な気持ちが入り混じった瞬間だった。
それからも入野は、少しずつ江口のことを意識するようになった。江口の笑顔を見たり、気にかけられたりするたびに、心が高鳴り、でもその気持ちを素直に認めることができなかった。何度も自分の気持ちに気づきながらも、それを言葉にすることができない入野。しかし、江口はそのことをまったく気づかないまま、いつも通りに接してくれた。
やがて、入野は江口に対する気持ちを隠しきれなくなり、ほんの少しだけ、自分の心を江口に伝えたくなった。