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ある休日、ジンと桜は婚姻届と配偶者ビザの申請書類を手にするため二人で会う約束をしていた
今日の桜の装いは新婚に見えるように薄いオーガンジー生地のワンピースに、髪を結い上げてバッグはピンクのディオール
そして桜の薬指にはジンから送られたティファニーのリングが輝き、さらに後日ジンから自宅に届いたティファニーのダイヤモンドのアクセサリーセットが耳に、首に輝いている
愛しい男性から贈られたアクセサリーでこの身を飾るのは初めての経験でこんなに幸せなものなんだと朝から心が蕩けそうだ
偽装だけど
キャハッ「うわぁ~!社長と休日に会うなんて信じられない!おっと!浮かれちゃダメ・・・浮かれちゃダメ・・・」
桜は自分に言い聞かせた、今の二人はあくまで半年間だけ夫婦のお芝居、ジンのビザ更新ミスが発覚し、国外退去の危機に瀕した今、会社存続のため、偽装結婚という大胆な一手を打ち、彼に何としても婚姻届と配偶者ビザの申請書類を手にしてあげないといけない
ムン!「そうよ!今日は大事な日!あくまでビジネスライクよ!」
桜は気を引き締めて待ち合わせの改札に向かった
「やぁ」
改札を出た所でジンが桜に手を上げた
―デニムきたーーー!!―
信じられない!初めて見たオフの日の彼ってなんて素敵なの!!
桜は心の中で叫んだ、それに散髪している!改札口にもたれて立っている彼はハッとするほど素敵だった
紺色のスッキリとしたデニムにティンバーランドのブーツ、そして真っ黒だけど涼し気な生地のボタンダウンシャツを着ている
無地に見えるけどよく見たらルイヴィトンのブラックの斜め掛けバッグ・・・休日の彼は大会社のCEOの責務を降ろし、こんなカジュアルな装いは彼を数段若く見せる
どんどん桜の頭の中のカメラロールにジンの姿が更新されていく
会社で見た昨日までのもう少しで襟足に着きそうという髪の長さも好きだったけど・・・
今の短髪も良い!!シャープな顎や綺麗な耳の形・・・頬骨の高さが際立っている、思わず目に星がきらめく
―いい!凄く良いっ、ああっ!あの刈り上った後頭部!ジョリジョリしたいっっ!―
キラキラ・・・「お待たせしてすいません」
「僕が早く来過ぎたんだ、それじゃ・・・行こうか」
「ハイ!」
桜は前を行く彼の広い肩と長い脚を後ろから存分に眺めた、あの筋肉の逞しさ、しなやかさが好きだなぁ~
気を抜くと彼の傍でついつい「ぽ~」となってしまう、しっかりしなきゃ、彼に気づかれないように桜はそっと自分のほっぺをつねった
・:.。.・:.。.
―くっそ可愛いじゃないかっ!―
ジンは心の中で思った、今日の彼女は明るいハニーブラウンの髪を複雑に結い上げているものだから可愛い顔の形や細い首がハッキリ見える
そしてジンが選んだティファニーからの贈り物、指輪に合うダイヤのピアスと、リボンの形にクスエアカットされ、これまたダイヤがあしらわれたネックレスを首につけている
顔周りにはクルクルとカールされたおくれ毛が散らされている、休日の彼女はオフィスと違って、なんだか妖精のようだ!ティンカーベルのように透明の羽をパタパタさせて、粉を振りまいて歩き回っていても、きっと自分は違和感を感じないだろう、むしろ粉をかぶりにいく勢いだ
―いかん、いかん、浮かれるな!これはデートでも何でもないんだから―
彼女に自分の愚行の尻ぬぐいをこれからさせようとしているのだ、それなのに彼女と街を歩くというだけで胸は高鳴った
どうやら自分は本気でこの「偽装婚」を楽しみにしているらしい・・・
最後にこんな気持ちになったのはいつだったか思い出せない
ジンは彼女の晴れやかな装いと笑顔が眩しくて、わざと前を歩いた
・:.。.・:.。.
まず二人は御堂筋沿いの大阪市中央区役所の「休日受付」にやってきていた、ガラス張りの近代的なビルは、御堂筋の華やかさと調和しつつ、役所特有の事務的な雰囲気を漂わせる
ジンと桜は婚姻届を提出するため、書類の束を抱えて窓口に立っていた
「ねぇ桜・・・もう一度聞くけど・・・本当にいいのかい?この書類を提出してしまえば、もう後戻りはできないよ?」
と心配そうに桜の顔色をうかがう
桜は優しくジンに微笑んだ、今の彼女の手には婚姻届と戸籍謄本、そしてジンのパスポートのコピーや在留証明書など・・・桜が揃えた国際結婚に必要な書類ファイルがぎゅっと握られている
「社長!私は大丈夫です、偽装とはいえ書類は完璧にしないと審査官にバレます」
「う・・・うん、そうだな・・・」
そうこうしている内に二人は窓口に呼ばれた、窓口の職員が書類をチェックし始める
「え~と・・・パク様の結婚要件具備証明書は・・・あれ?これの翻訳がありませんよ」
職員の言葉に二人が目を合わす
「え、翻訳!? ああ!私、忘れてました! ごめんなさい!」
桜が鞄を慌てて漁って書類をみつけてほっと一息つく、婚姻届けの承認欄にはジンの会社の部下の名前を二人書いた、そして職員が書類を確認してようやく受理された
「ご結婚おめでとうございます、これで婚姻が成立しました、受理証明書はこちらです」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
桜が証明書を受け取り、市役所を出た所で二人はホッと一息をついて微笑み合った
「ジンさん!これで私達は夫婦です!これから半年間よろしくお願いしますね!偽装だけど!」
「ああ・・・助かるよ・・・こちらこそよろしく」
ジンも一安心といった感じで桜を見つめた
クス・・・「なんか・・・名目だけの婚姻届けを出すのなんてロマンティックでもなんでもないな・・・」
そう言って彼ははにかんだ
その一瞬で口角が上がり、隠れていた彼のえくぼが現れた
桜は目を細めて彼を見つめた、じっと隠れていても笑うと現れる彼のえくぼ・・・
もう一度見たくて、思わずもっと笑わせたくなる・・・
彼のえくぼにキスをしてこう言いたい
―ねぇ・・・海外では「えくぼ」は天使のディープキスの痕だと言うけど本当なの?―
私にとってはこの人の笑顔が何よりロマンティックだわ・・・
桜は心の中でそう思った
・:.。.・:.。.
「生年月日は?」
「僕は1991年11月19日」
「羊年のさそり座ですね!」
「君は?」
「私は1998年5月29日生まれの寅年です」
「星座は?」
「ふたご座です」
「血液は何ですか?」
「A型!」
「いかにも!ですね!私は―」
「待って!当てよう!O型だ!」
桜は目を丸くして言った
「すごい!どうしてわかるんですか?」
ハンバーガーの包みを開けて大口を開けて頬張ると、ジンは桜の作成した移民管理局でヒアリングされる質問集印刷したファイルを見ながら笑った、彼女はなんともわかりやすい
御堂筋のざわめきの中、歩道沿いに設置されているファーストフード店のテラス席で今二人は向かい合って座っていた
とても晴天の休日、風は心地よく、美味しいバーガーにくつろいだ雰囲気、これがデートではないのが二人には残念でならなかった
「私が調査分析した結果、これから行く移民管理局で約50項目の質問がヒヤリングで実施されると推定できます、ですから、あらかじめ、ここに書かれた質問項目は当然の事、結婚する二人であるなら知っておかなければいけない事です」
桜もシェイクを一口啜って言う
「ふむ・・・僕達は二年前から交際をしているんだな・・・そして三か月前に正式に結婚を前提に付き合う・・・当然お互いの家も行き来する仲だ!君の家は?どこに住んでるの?」
「大国町です!会社から二駅の!」
おおっと目をジンが丸くする
「僕もだよ!僕は自転車通勤だけど」
「私のマンションから見えますよ!あのどでかいタワーマンション」
「そうなのかい?」
「それから35Pですけど、私の好きな色はピンクです!」
ハハッ
「みれば分かるよ、君の来てる服や持ち物はピンク率が高い」
今度はジンがしっかり笑った、真っ白な歯がまぶしい、セクシーな微笑みに桜はドキリとした
今日の彼はよく笑ってくれる、自分の中で何かがほどけていく様だった
困ったことになった、彼の魅力の虜になるのは予想がついていたが、すぐに暗記する頭の良さも、大口で食べるハンバーガーの食べ方が綺麗なのも、口角についたソースを親指で拭う仕草も・・・
みんな想定内だったはずなのに、たった一日プライベートな彼を見ただけでこんなに好きになってしまうなんて・・・
桜は再び気を引き締めた
「ジンさんのお好きな色は?」
彼がファイルにペンで書き込みながら言う
「僕は・・・これといって好きな色はないけど・・・良く選ぶのは黒かな?シンプルでスッキリしてるものが好きなんだ・・・あと自分がデカいから派手な色で悪目立ちしたくないって気持ちはいつもあるな、特に日本に来てからは」
「黒ですね!それからご家族の事です!実家にはまだ行ったことがない設定にしています」
「君は一人っ子なんだね?ご両親はお元気なのかい?」
ジンが桜のプロフィールを見ながら言う
「ハイ!そうれはもう!ピンピンしています!山田旅館って淡路で一応三代続く旅館を経営してまして、そこには親戚がわんさかいるんです、父は5人兄弟で、母はなんと7人兄弟で、みんな同じ顔で一族で旅館を経営してるんです、今年80歳になるおじいちゃんもすこぶる元気で毎日乾布摩擦しています!あれって本当に効くんだな~っておじいちゃんを見てたら思いますよ、乾布摩擦は長寿の秘訣です」
ハハッ「それはそうとう賑やかだね!」
ああ・・・その表情さえも魅力的・・・もっと彼を笑わせたい
それからは桜のワンマンショーになった、奇怪な桜の身内の漫談話にジンは腹を抱えてゲラゲラ笑った
その度えくぼが見え隠れして、知らず知らずにジンの全身を眺めまわしていたが、自覚してからもうやめようと思わなかった、やがてあんまりにもじっと桜に見つめられているのに気付いたジンが、コホンッと小さく咳をして、俯いてしまった、耳がうっすらと赤くなっている
ああっ!惜しいっ、彼はまた「シャイ」のベールを被ってしまったわ・・・もっと笑わせたいのに
「あっ・・・えーっと・・・私の家族の事はこれぐらいにして、ジンさんのご家族の事を効かせてください」
慌てて桜が言った
「僕は一人だよ」
「一人って?・・・」
「家族は日本に来る前に両親と弟がいたんだけど・・・」
「今は韓国にいらっしゃるんですね?」
だとしたらご両親はとてもこの方を誇りに思われていることだわ・・・
桜は思った、単身日本に渡ってこんなにも成功した外国人もめずらしいだろう、いつかジンさんのご家族を見て見たいものだ、たとえ偽装でもご家族には報告するだろうし・・・自分をご家族に紹介してもらえたら、緊張するけど、とっても嬉しいかも・・・
「ご両親はそれはそれはジンさんのことを誇りに思っていらっしゃるでしょうね!弟さんも」
ウキウキして言う桜の言葉にジンは首を軽く振った
「さぁ・・・それはどうかな?」
彼は下を俯いたまま、ハンバーガーの包み紙をいきなり丁寧に四角く折り出した、その態度に桜は気を使って言った
「もしかして・・・ご家族とは仲がよろしくないのですか?」
私とママのように・・・
親と分かり合えない悩みなら自分にもある、もしかしたら私達は共通の悩み事でもっと親しくなれるかも・・・
もしそうなら、何でも話して欲しいな・・・彼のプライベートの悩みに寄り添ってあげたい・・・なんでも彼の事が知りたい、一番の理解者になりたい・・・そう考えた時にやっとジンが口を開いた
「僕が大学受験の時に交通事故で全員死んだんだ」
自分が想像していた遥か上のジンの答えに、桜はショックで口がきけなくなった