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【大阪南港・出入国在留管理局】
ジンと桜は、大阪南港北にそびえるビル内【大阪出入国在留管理局】の自動ドアをくぐった
ガラス張りの近代的なビルは、御堂筋のきらびやかな喧騒とは対照的に冷たく、無機質な雰囲気を放っていた、外の湿気を含んだ暑さが、嘘のようにエアコンの効いたロビーはひんやりとしていたが、どこか息苦しい緊張感が漂っていた
広々とした待合室は、まるで世界の縮図のようだった、色とりどりの民族衣装をまとった人々、片言の日本語で会話する家族、スマートフォンで書類を確認するビジネスマン風の男性、東南アジア系の若い女性が、幼い子どもを抱きながら順番を待つ姿もあれば、背の高い欧米人男性が苛立った様子で時計を睨んでいる姿もあった
壁には日本語、英語、中国語、韓国語、アラビア語など、多言語の案内板がずらりと並び、事務的な蛍光灯の光がその下で無感情に反射していた
受付カウンターでは、5人の男性管理審査官が、まるで機械のように書類をチェックしていた、彼らの顔は厳格そのもので、笑みなど微塵も感じられない、書類のページをめくる音、ペンの走る音、時折響くスタンプの鈍い音が、待合室のざわめきに混じって響く
ジンはその光景を眺めながら喉の奥で唾を飲み込んだ・・・同じく緊張して隣にいる桜がジンに言った
「あらかじめ・・・インターネットで申請面談の予約を三時に取ってあります、だから・・・そんなに待たなくて済むと思いますよ」
桜の声は落ち着いていたが、どこか力強い響きがあった。ジンは現場の雰囲気に圧倒されながらも、桜の言葉に救われた気がした、彼女の冷静な瞳に尊敬の念を抱かずにはいられなかった
「そ・・・そうか、よかった・・・本当に君がいてくれて助かるよ」
彼の声は少し緊張していたが桜の存在が心の支えだった、その時、受付カウンターの方から騒がしい声が響いた
バンッ!「なんで俺だけ在留許可が降りないんだっっ!!!」
褐色の肌に、鋭い目つきの男性が、たどたどしい日本語で審査官に食ってかかっていた、クルド系だろうか、怒り感情むき出しの彼のどなり声はあまりにも大きくて、カウンター挟んで向こうにいる審査官に唾が飛ぶほどだった
しかし審査官はみじんも慌てず、冷ややかな目でクルド系男性を見据え、負けずに声を張り上げた
「書類に不備がある上に、あなたには自国での犯罪履歴がありますっ!労働者としてこの国にビザを申請することはできません!」
男性の顔がさらに土気色に染まって怒りが爆発した
「俺は自国を捨てて来たんだ!日本に来れば新しくやり直せると言われたんだぞ!ここまで来て話が違う!」
「どんな話だったにせよ、書類に不備がある限り、ビザの発行を許可することはできませんっっ!」
審査官の声は鋭く、まるで刃物のように男性の叫びを切り裂いた、長年こうした場面に慣れているのだろう、彼の姿勢には一切の妥協がなかった
すっかり怒りに捕らわれて興奮しきったクルド系男性は近くにあったプラスチックの椅子を掴み、カウンターに叩きつけた
ガシャ――ン!「キャー!」
待合室にいた女性が悲鳴を上げ、子どもが母親の背中に隠れた
ざわめきが一気に広がり、緊張が空気を支配した
カンッ!「警備班!!この者を強制送還しますっっ!!」
審査官が、法槌で使うような木槌を力強くカウンターに叩きつけた
その声は、まるで裁判の判決を下すかのように重々しかった、バタンッとドアが勢いよく開き、屈強な体格の警備員二人が飛び込んできた
彼らは瞬く間に今や椅子を所かまわずぶつけて暴れるクルド系男性を取り押さえ、手錠をはめた
「チキショーーーッ!離せ!離せ――!」
男性は暴れながらも警備員に引きずられ、廊下の奥へと消えていった
その叫び声が遠ざかる中、待合室は一瞬静まり返った、審査官は、こんな事は日常茶飯事だとでも言いたそうに、何事もなかったかのように声を張り上げた
「いかなる理由でも、書類に不備がある者、犯罪履歴がある者には、この国に長期在留資格は降りません!逆らう者はあの様に逮捕されます!わかりましたか? ハイッ、次!」
ざわざわと、待合室に緊張の波が広がった、桜は自分の心臓がドクドクと脈打つのを感じていった、なぜならあのクルド系男性がジンの姿と重なったからだ
もし自分達が企てている「偽装国際結婚」がバレれば彼もあんな風に手錠をかけられて、母国行きの飛行機に放りこまれて・・・強制送還・・・
彼女は今や唇を軽く噛み、書類を握る手に力を込めていた
もしバレたらどうしよう・・・私達はもしかしてとんでもなく無謀な事をやろうとしているのかもしれない
不意に桜は横に突っ立っているジンを見た、すると彼も真っ青な顔をして連行されていく男性を見つめていた、そしてゆっくりジンが桜を見た、二人の考えていることは同じだった
二人の視線が交錯した・・・心の中で自分達もあの男性と同じような運命が訪れるのではないかという恐怖が、冷たく這い上がってくるのだった
「い・・・行こうか・・・」
「・・・ハイ・・・」
二人は顔を見合わせ、ゆっくりと受付カウンターへと歩を進めた