今思えば最初からあなたのこと、嫌いじゃなかったのね。
言われた通りに生活し、学校に行き、勉強し、卒業し、そして結婚相手を決められました。
そんな人と結婚なんてしないで本当に好きな人とどこか駆け落ちしてしまいたい。なんてことも特に思わずにすんなりと式を上げました。だって当時はこれが当たり前でしたのよ。学校だって楽しくて素敵なお友達も沢山、勉強だって嫌いではありませんでしたし、両親は少し過保護気味でしたが優しく私のことを愛してくださいました。初めてお見合いをしたあの日だって特別心が揺れ動いたりはしませんでした。ただ時々、あなたの長いまつ毛をじっと見ていました。
私は当時16歳。私の結婚相手の誠治郎様は20歳でした。お見合いからトントンと結婚式まで済ませてしまい、私たちは正式な夫婦になりました。結婚式を済ませたあとの宴会でお父様たちはお酒に酔って泣き上戸笑い上戸。なんだかとても疲れたので縁側に行きました。するとそこには煙草を吹かす清次郎様がいました。
「おや、梅さんも逃げてまいりましたか。」
梅というのは私の名前です
「ええ、誠治郎様も?」
「はい、どうにも私はああいった場が肌に合わない。どんな酒よりも月を見て煙草を吹かす方がうまいし有意義だと思うのですよ。」
長いまつ毛を伏せながらははと笑う誠治郎様は改めて見ると本当に美形の方で、思わずじっと見つめてしまいそうでした。目が合いそうになったので慌てて目を逸らしました。すると彼は
「今夜は月が本当に綺麗だ。」
そういう誠治郎様の横顔も、少し焦げ臭い匂いも、喉の奥から発せられるような低くて胸に響くあの声も、なにもかも私の視線を一直線にするするには十分すぎてなんだか私、切なくなりましたのよ。
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