テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ひより
5,350
#ロマンスファンタジー
百はな🍑
5,773
世羅 鈴🎨🎤
272,863
#主人公最強
伊織
41
「なんであなたがここにいるのよ!?」
「それはこっちの台詞だ!!」
薄暗い薬屋の店内に、私たちの怒声が響き渡った。事の発端は、時計店を出てすぐのこと。
「少し化粧室へ寄ってもよろしいかしら?」
「……ああ。待っている」
そう言って小走りで向かった先は、路地裏の小さな薬屋。手持ちの避妊薬が、残り少なくなっていたのだ。
(今のうちに買っておかないと……!)
棚から薬瓶を掴み、会計台へ急ごうとした――そのとき。
ドンッ!
「痛っ……失礼――」
「すまない、急いで――」
反対側の棚から現れた男と、派手にぶつかった。顔を上げた瞬間。
「…………」
「…………」
お互い、時が止まった。そして――。ほぼ同時に、相手の手元へ視線を落とす。
私の手には――【避妊薬】。カイル殿下の手には――【強壮薬】。
「……それ、何ですの?」
「……栄養剤だ」
「瓶に『夜の活力を』って思いっきり書いてありますけど!?」
「お前こそ何を買っているのだ!」
「必要なものですわ!」
「なぜ避妊薬なんか――」
「お客さん方」
薬屋の主人が、困り果てた顔で口を挟んだ。
「痴話喧嘩なら、店の外でやってくれないかね?」
「痴話喧嘩ではない!」
「痴話喧嘩じゃありません!!」
声が重なった。私たちは逃げるように店を飛び出した。
***
「そもそも、待っていると言ったでしょう!?」
「お前が戻る前に買っておこうと思ったんだ!」
「よりによって強壮薬!? 私を殺す気!?」
店を出るなり、私はカイル殿下へ詰め寄った。
「あなた、普段から十分すぎるくらい元気でしょう!? これ以上どうする気なのよ!」
「じゅ、十分ではない!」
「はあ!?」
「……その、だな」
カイル殿下が、視線を泳がせる。
「いつも……俺ばかり必死になって、余裕がなくなる。お前は何も言わないから……俺だけが満足しているのではないかと」
「…………」
「だから、その……もっと努力すべきかと」
「そんな努力、頼んでませんわよ!!」
「努力しようとして何が悪い!」
「努力の方向性が完全に朝までコースじゃない! こっちの身が持たないわよ!!」
通行人が、ぎょっとした顔でこちらを振り返った。私たちは同時に声を潜める。
「……それより、お前だ」
「え?」
カイル殿下の表情が変わった。さっきまでとは違う。本気で傷ついたような顔だった。
「子どもが……嫌なのか?」
「…………」
「俺との子どもを、望んでいないのか」
さっきまでの勢いが、すっと消えた。
(違う)
(子どもが嫌なんじゃない……)
ただ、この先もシナリオから逃れられる保証なんて、どこにもない。
(今はまだ……怖いのよ)
「……違いますわ。ただ……今はまだ、怖いだけですの」
「何が怖いんだ?」
「…………」
答えに詰まり、唇を噛む。ゲームの世界。シナリオ。処刑エンド。そんな荒唐無稽な話を、どう説明すればいいのか分からなかった。
「……そうか」
カイル殿下が、ぽつりと呟いた。そして、目を伏せる。
「……お前が嫌なら、もうしない」
「え?」
「もう二度と、そういうことは――」
「違いますわ!!」
思わず、その腕を掴んだ。
「そういう極端な話じゃありませんわ!」
「では何なんだ!?」
「……っ!」
言葉に詰まる。私たちは政略結婚をして。何度も身体を重ねてきた。なのに――。
「……私たち」
「?」
「順番が、めちゃくちゃじゃありませんこと?」
「……順番? 何の話だ」
「結婚して、身体を重ねて……なのに私たち、『恋人』になるのを飛ばしていたでしょう!?」
「……恋人?」
「恋愛なら普通、デートして、ドキドキしながら手をつないで、キスして……そういう段階を踏むものじゃありませんの!?」
「……そうなのか?」
「そこからですの!?」
思わず頭を抱えた。
(そうだった。この人、恋愛経験ゼロなんだったわ……)
けれど――。目の前で、本気で分からないという顔をしているカイル殿下を見ていたら、なんだか急におかしくなった。
「ふふっ……」
「何がおかしい」
「いえ」
私はそっと右手を差し出した。
「だったら――今からやり直しませんこと?」
「何をだ」
「恋を」
自分で言っておきながら、少し恥ずかしくなる。でも、今さら、引っ込めるわけにはいかない。
「今から私と、恋人になりませんか?」
「なる」
「早っ!!」
即答だった。
「もう少し悩むとかありませんの!?」
「悩む理由などない」
「…………」
今度は、私が言葉を失った。カイル殿下が、差し出した私の手を取る。
ぎゅっ。
そして、ごく自然な動作で指と指を絡めた。
「これで俺たちは恋人だ。何か問題があるか?」
「…………」
ない。言い返せる言葉なんて、あるはずもなかった。
「……いいえ」
絡めた指先から、じんわりと熱が伝わってくる。
(身体の関係から始まった私たちが、今さら恋人だなんて……)
(ほんと、変な感じ)
それなのに。なぜか、どうしようもなく嬉しかった。
コメント
1件
寺島あおいです🤍 第43話、もう最高でした…! 避妊薬と強壮薬の鉢合わせは笑いをこらえきれなかったし、その後のカイル殿下の「子どもが嫌なのか」って真剣な眼差しに胸がきゅっとなりました。でも何より好きなのは、ヒロインが「順番がめちゃくちゃじゃない?」って言い出して、恋人からやり直そうって差し出した手。あれ、すごく可愛くて切なくて…。「なる」の即答にもう完全にやられました。身体から始まった二人が、今さら“恋人”の段階を踏もうとする背伸びと照れが、この上なく愛おしかったです🌷