テラーノベル
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ちょっとだけだと念押ししたはずなのに、案外長いこと外へ居過ぎたため、京介も芽生も、すっかり身体が冷え切ってしまった。
芽生の身体を温めたいみたいに、指輪を付けた彼女の左手をギュッと握って中庭からワオンモール内へ戻ると、京介はそこで一旦石矢へ電話を掛けた。
「ああ、石矢か。そろそろ戻ろうと思うんだが、俺も芽生も身体が冷えちまってんだわ。悪が、エンジン掛けて車内を温めておいてくれ」
すぐに戻ったのでは、まだ温まり切っていないかも知れない。京介は芽生の照れ顔を眺めながら、のんびり歩こう、と思った。
***
「なぁ芽生。お前、調子悪いんじゃねぇのか?」
それは田畑栄蔵のところへ芽生を迎えに行った時から何となく感じていたことだ。だが、あまりにも芽生がいつも通りに過ごすから……京介は気のせいだと思い込もうとしてしまっていた。
もしかしたら自分自身、芽生に対していい加減ちゃんとケジメを付けなければいけないと思っていて、平常心ではなかったからかも知れない。
「えー? 大丈夫だよ? もぉー、京ちゃんってばホント心配性なんだから」
芽生はそう言って笑ったが、目がどことなくトロンとして潤んでいるし、声にも何となくいつもの覇気がない。
ワオンモール内を駐車場に向けてのんびり歩いていた時に伝わってきた、芽生の体温。それから時折自分の方を見上げてくる眼差し。そのどれもが、いつもと微妙に違っていて、京介は車に乗り込むなり、「大丈夫だよ?」と訴える芽生を無視して彼女の額へ手を当てていた。
「バカ! お前、これ、絶対熱あんだろ!」
芽生の頬に赤みがさして見えたのは、何も彼女が京介からのアレコレに照れていたから……ばかりではなかったらしい。
栄蔵の家へ芽生を迎えに行った時から異変は何となく感じ取っていたのに、芽生が平気そうに振る舞うから。つい独占欲が勝って、〝芽生は俺のだ〟という指輪をつけるのを優先してしまった自分を、心底呪いたくなった京介である。
京介は石矢に命じると、行き先をマンションから相良組が懇意にしている医者の所へ切り替えた。
***
「インフルエンザAですね」
京介に半ば無理矢理連れて行かれた小さな個人病院で、医者は無情にもそう診断を下した。
「ほら見ろ。やっぱり調子悪かったんじゃねぇか」
京介に怖い顔をされて、きゅぅっと縮こまりながら……芽生は「だって……」と言い訳しようとして、京介に睨まれてしまう。
「ごめんなさい……」
仕方なく素直に謝りながら、それでもよりによって感染力が強いものを拾ってしまったことに泣きたくなった。
芽生は、お給料日に佐山にお願いしてワオンモールへ行った際、マスクを忘れてソワソワしたことがあった。
(きっとあの時に拾っちゃったんだ……。潜伏期間的にきっとそう)
ブンブンを騙した罰が当たったのかも知れない。
シュンとしょげながら、芽生はふと……大好きな京介の前で、長い綿棒みたいなものを鼻に突っ込まれてグリグリされたのを思い出して、恥ずかしさで一杯になった。
(穴掘って引きこもりたいぃぃぃぃ)
自分でも朝から何となく体調が悪い気はしていた。でもそれを認めてしまえば、一気に寝込んでしまう気がして……自分を誤魔化していたというのに――。
何より、そう偽ったことで、京介から可愛い婚約指輪をもらえて、身に余るほどの告白をしてもらえたと思えば、空元気も満更無駄ではなかったと思いたい。
(ふふっ。幸せ♥)
鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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京介とともに医者から渡されたマスクを付けながら、芽生はワオンモールであったことに思いをはせた――。
***
宝石店『Écri Bijou』で、ピンク色のチューリップモチーフの指輪を初めて見た時、最初のうち、芽生は京介がそんな〝一点もの〟を自分のために誂えてくれたのが嬉しくて堪らなかった。
でも、段々と(どうしていつも通り生花じゃないの?)という気持ちが鎌首をもたげて……あることに思い至った途端、不安に押しつぶされそうになってしまった。
オーダーメイドのアクセサリーなんて、一朝一夕で仕上げられるものではないと思うと、京介の気持ちの固さを思い知らされるようで、泣きたくなった。
注文した当初は芽生が思った通り、芽生から離れるつもりで指輪を作ったのだと吐露した上で、京介は〝すべては過ぎ去ったこと〟だと断言してくれた。全部杞憂だったと知った時の喜び。
それを思い出して、芽生はマスクの中で、ほんのちょっぴり口角を上げた。
***
やはり自覚してしまったのがいけなかったんだろうか。
段々しんどくなってきて、芽生は病院後、車内で力なく窓へ寄り掛かるようにして身体を支えた。
そうしながら、一生懸命しっかり座っていようと頑張ったのだけれど、そんなのお見通しみたいに京介から引き寄せられて、彼の腿の上へ頭を乗せられてしまう。
(ひゃー。京ちゃんの膝枕っ)
現状に、頭の中では忙しなくもう一人の自分が騒いでいるけれど、実際には身体がぐったりと重怠くて、ぼんやりと京介を見上げることしか出来ない。
そんな芽生の視界を塞ぐように京介の大きな掌が目の上へ降りてきて「寝ろ」と促された。
運転席の石矢にも病院でもらったマスクを手渡した京介が、ほんの少しだけ窓を開けて換気を命じる様をぼんやりとした意識の片隅で捉えながら、芽生はトロトロと微睡んだ。
***
帰宅後、すぐさまパジャマに着替えさせられた芽生は、京介から追い立てられるようにして寝室へ入った。
「京ちゃん……」
不安げに瞳を揺らせて京介を見上げたら、京介が「そばにいてやるから安心して休め」と布団を着せかけてくれる。
「でも……」
実は京介も自分も、今マスクをしていない。マスクをしたままは息苦しかったから、外せたこと自体は有難かった芽生だけれど、こんなに京介との距離が近いと彼に感染してしまいそうで怖い。「石矢は帰したんだから、マスクなんざ必要ない」と京介は言ったけれど、芽生としては京介がいる時点で気が気じゃないのだ。
「ひょっとして俺のことを心配してんのか?」
京介がヨシヨシと頭を撫でてくれながらそう問い掛けてくるから、小さく頷いたら「自慢じゃねぇが、俺は生れてこの方インフルエンザにゃ罹ったことねぇんだよ」とニヤリとされた。
だから心配ないと言われても、今までならなかったからと言って、未来永劫大丈夫とは限らないではないか。
「でも……」
芽生が不安に眉根を寄せるのを見て、京介が「ま、起こってもねぇーこと気にしてビクビクすんなや」と芽生の頭を撫でてくるから、(そう言えば彼はこういう人だった)と心の中、小さく吐息を落とした芽生である。
「氷枕とか作って来てやるからとりあえず目ぇつぶっとけ」
この話は以上! 終了だ、とばかりにスッと立ち上がった京介を見上げながら、芽生はせめても……と思って布団を引き上げて口元を覆った。
***
頭をそっと持ち上げられてひんやりしたものを首筋に宛がわれた感触にゆるゆると重い瞼を持ち上げれば、すぐそば。芽生の上へ屈みこむようにして頭の下へ氷枕を差し込んでくれている最中の京介と目があった。
「すまん。起こしちまったか」
京介の言葉に慌てて布団で口元を覆い直すと、芽生は「大丈夫」とつぶやいた。
そうしておいて、京介がそばにいてくれることに安堵しつつ、うつしてしまうかも? というものとは別の問題が鎌首をもたげて不安になる。
だって、今日は確か平日なのだ。京介は仕事へ行かなくてもいいんだろうか?
力なく彼の名を呼んで「お仕、事、は……?」と眉根を寄せれば、「あ? んなこと心配してんのか」と京介に呆れ顔をされてしまう。
(でも京ちゃんは確か相良組の組長さんで、葛西組の若頭さんなんでしょう?)
芽生にはそちらの世界のことはよく分からないけれど、目の前の男が上の方の人、というのは何となく理解している。
そんな京介が不在のままで、組織は回るんだろうか?
(年末だし、忙しかったりするんじゃないのかな?)
芽生がかつて勤めていたファミリーレストラン『カムカム』は年末になって企業勤めの方々が仕事納めを迎えると、いつもより若干暇になっていた。年始はいつもと客層が変わってちょっぴり忙しくなるけれど、まぁそれも少しだけ程度で、余りそういう感覚はなかった。でも一般的な企業なんかだと、年末年始は長期休みがある分、大変なイメージだ。
極道が一般的な仕事かどうかは一旦保留にしておいて、芽生はそんなことを考える。
現に、『長谷川建設』では年末までに、『ここまでは済ませておきたいこと進行』みたいなものがあった。
午前中、ワオンモールへ出向いた上、病院にまで付き添ってもらってしまったけれど、大丈夫なんだろうか?
コメント
2件
めいちゃん、しんどいのに京ちゃんのことばかり考えてるの、健気すぎん?😭❤️ 京ちゃんもそんなめいちゃんを甘やかしまくりでたまらない!😍
いやあ、もうもう、京介の「そばにいてやるから」が沁みますね…! 指輪エピの回収も含めて、風邪でしんどい中でも「幸せ」って思える芽生の心境が伝わってきて、読んでるこっちまで温かくなりました。インフルエンザに罹ったことないっていう京介の台詞、なんか説得力ありますよね。看病する姿がカッコよすぎます。次、芽生がちゃんと治るまではそばにいるのかな。続きが気になります!