テラーノベル
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京介の言葉にコクコクと首肯したら、頭がずきりと痛んだ。その反動に眉根を寄せたら、京介に「大丈夫か?」と心配されてしまった。
そんな京介に、「大丈夫」と答えながらも、芽生は京介のことが気になって仕方がない。
「ホント、お前は……。そんなに仕事のことが気になるか?」
真面目過ぎんだろ、と盛大な溜め息とともにそう問い掛けられた芽生は、「だって……」とつぶやいた。
大好きな人が大切にしている人たちや、それに絡んだお仕事のことを気にしないでいられるわけがない。
なのにどうやら京介は、芽生が自分自身の仕事のことを気にしていると勘違いしたらしい。
「心配すんな。長谷川にゃぁ、さっき、しばらくインフルで休ませてもらうって連絡しておいたから。この時期だ。そのまま年末年始の休みに突入しちまうだろうから、仕事のことは気にせずしっかり身体を休めろってよ」
そこでふっと口角を緩めた京介が、「そーいやぁ、静月ちゃんと一緒に見舞いへ来たいって言われたぞ?」と芽生を見つめてくる。
その言葉に、芽生は瞳を見開いた。
なにしろ芽生は風邪ではなく、インフルエンザなのだ。『長谷川社長や静月さんに感染したら大変だからお断りして?』と口を開こうとしたら、「丁重に断っておいたから安心しろ」とニヤリとされる。
こういう時にもそっと意地悪を忍ばせてくるのが京介らしくて憎らしい。でも、それと同じくらい、そんな京介のことが、芽生は愛しくて堪らないのだ。
だが、それはそれとして――。
「違……うの、京ちゃん。私が心配して……る、のは貴方、のお仕事……の方……だよ」
それだけは言わなくちゃ、と思った。
途端、京介がキョトンとした顔をするから芽生は拍子抜けしてしまう。
「京、ちゃん?」
恐る恐るそんな京介に声を掛けたら、「バーカ。苦しんでるお前をひとりに出来るかよ」と、やや罰が悪そうに京介が言った。
そうしておいて、気遣わし気に芽生の頭へ濡れタオルを乗せてくれてから、物凄く真剣な目で芽生を見詰めてくるのだ。
芽生は思わず布団から手を出すと、口元を覆うのも忘れてそんな京介をじっと見上げる。彼の方へそっと手を伸ばして「大丈夫だよ」と頭を撫でてあげたい衝動に駆られたと言ったら、京介に『子供扱いすんな』と叱られてしまうだろうか? そんなことを思った。
***
遠くの方から、耳慣れた電子音が聞こえてくる。
(……あれは何の音だったかな?)
ぼんやりとそう思ったと同時、まるでその音に呼ばれるように、握られていた手が解かれて、
「ちょっと待ってろな?」
そんな声が降って来て、頭を軽く撫でられた。
(ああ、あれはそう……。チャイムの音だ……)
自分の傍を京介が離れる気配に、ほんの束の間だと頭の片隅では分かっているのに、寂しさが一気に押し寄せてくる。その寂寥感に、芽生の心は押し潰されそうだった。
――身体中が痛い。
――すっごく熱いし苦しい。
――京ちゃん、お願い、早く戻ってきて? 私を一人にしないで?
鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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あれからどんどん熱が上がって、三十九.五度を超えた辺りから、芽生は夢と現の狭間を揺蕩っている。
そんな芽生の傍に、京介はずっといてくれたのだ。そうして、芽生が力なく伸ばした手を大きな手で包み込んでくれていた。それは、ぼんやりした意識の中でも芽生をなんとかこちら側に繋ぎ止めてくれる温かくて頼り甲斐のある賭けが言えのない糸だった。
それが、解かれてしまった。
身体は思うように動かないし、いっそのこと完全に意識を手放して眠ってしまいたいとも思うのに、辛すぎて眠れない。かといってしっかり起きていられるわけでもない。
そんな状態のなか、京介が部屋を出て行ってしまったというたったそれだけのことが、芽生をどんどん気弱にしていくのだ。
――あと数日でクリスマスなのに……。
――イヴは京ちゃんと恋人らしいこと出来るかな? って思っていたのに……。何でこんな……。
芽生はぼんやりとした意識の中、ただひたすらに、せっかく京介と両想いになれて初めてのクリスマスなのになんてもったいないんだろう、とそればかりを思う。
そのことが、ただひたすらに悲しい。
――ああ。そういえば私の誕生日も来るんだっけ。
京介は芽生の誕生日を盛大にお祝いしてくれると言っていた。
今までクリスマスと一緒にしか祝われたことのない誕生日だ。それを、生れて初めて個別に祝ってもらえるチャンスだったのに、それも駄目にしてしまったと思うと、自分の不甲斐なさが情けなくてたまらない。
閉じたまま開けられない瞼の隙間を縫うように、涙がぽろりと芽生の眦から、こめかみの方へと静かに流れた。
――このままにしておいたら涙が通ったところカピカピになっちゃう。
そう思うのに、指の一本ですら動かすのが億劫で、芽生は目も開けられないまま、涙が枕を濡らすのを待つ。
頭の下に敷かれた氷枕は、いつの間にかすっかり温もってしまっていたらしい。ただチャプチャプと水音を立てるだけの役立たずになっていた。
――京ちゃん、早く戻ってきて?
そう声なき声でつぶやいたと同時、不意に冷たい感触がスッと目元に触れてきて、芽生は気合を総動員して目を開ける。
「京、ちゃ……」
言って、ベッドサイドへ戻って来てくれた京介の方を見遣ったら、額から布がずり落ちた。
ここに横たわってすぐ、京介が頭に載せてくれた濡れタオルは、あれから幾度となく京介が洗っては冷たさを取り戻させて芽生の額へ戻してくれていたけれど、ハッキリ言ってイタチごっこだった。
芽生の熱を吸って熱くなっているそれを手に取ると、京介が「しんどそうだな」と眉根を寄せる。
「熱さまし、飲むか?」
問われてコクッと頷いたら、京介に身体をそっと起こされた。
そうして差し出されたグラスと解熱鎮痛剤を見て、芽生は(あらかじめ用意してくれていたのかな?)とぼんやり思う。
水はひんやり冷えていたから、(京ちゃん、ここへ戻ってくるときにウォーターサーバーから注いで来てくれたのかな?)とどうでもいいことを考えた。
病院でインフルエンザAと診断されてすぐ、院内で吸入タイプの抗ウイルス薬を吸わされた。
その時点で熱は三十八度を超えてはいたけれど、それほどしんどくなかったから「飲んどいた方がいいんじゃねぇか?」と京介が勧めてくれたのに、芽生はフルフルと首を横に振って解熱鎮痛剤を飲まなかった。
もともと芽生は薬をあまり飲むタイプではなかったから、しんどくないのに飲んではいけないと思ってしまったのだ。
そのことを今更後悔しても遅いけれど、飲んだばかりの薬が少しでも早く効果を発揮してくれるといいなと願わずにはいられない。
「ありがとう」
冷たい水が熱い身体に心地よくて、グラスの半ばまで水を飲んでから京介にグラスを手渡したら、
「いま石矢が届けてくれた」
それを受け取ってサイドボード上へ避けてから、額に冷却ジェルシートを貼り付けてくれる。
――冷たくて気持ちいい……。
そう思って瞳を細めた芽生を満足そうに眺めると、京介はそのついでみたいに「氷枕も温くなってんだろ?」と問い掛けてきた。
「すぐ戻るから大人しく寝そべってろ」
言うなり氷枕を取り上げられて、ゆっくり身体を横たえさせられた芽生は、また一人ぼっちにされてしまう。
「京ちゃ……」
咄嗟に嫌だと思ってしまって、力なく京介の名を呼んで手を伸ばした芽生の気持ちを考慮してくれたんだろうか?
さっきとは違って、ドアをあけ放ったままの状態で京介が寝室を出て行った。死角になっていて目で追うことは叶わなかったけれど、氷を取り出しているんだろうガサガサという音などが聞こえてくるのが、芽生にはせめてもの救いだった。
***
そっと頭を持ち上げられて、カラカラと音のする冷たい氷枕の上に頭を下ろされた芽生は、自分が京介の立てる音に聞き耳を立てている内にトロトロと眠りかけていたんだと気が付いた。
「京ちゃん……」
薄っすら目を開けて京介を見上げたら「眠れそうなら寝ろ」と瞼の上にやんわりと手を乗せられる。
解熱鎮痛剤が効き始めたんだろうか。
ピーク時より少し身体が楽になって来て、芽生はコクッと小さく首肯すると、素直に目を閉じた。
せっかく京介が傍にいてくれるのに眠ってしまうのはもったいない気がしたけれど、それよりも今は一分一秒でも早く回復して、年末年始のたくさんの行事を京介とともに楽しめるようにしたいと思った。
コメント
2件
めいちゃん、早く良くなりますように!
第35話、拝読しました。芽生がインフルエンザで高熱に苦しむ中、京介がずっと寄り添って看病してくれている描写がとても丁寧で、心が温かくなりました。「バーカ。苦しんでるお前をひとりに出来るかよ」という台詞に京介の優しさが凝縮されていて、思わずにっこり。熱でぼんやりする意識と、それでも京介の気配を追い続ける芽生の心情がリアルで、二人の絆が一層深まった回でした。早く良くなって、初めてのクリスマスや誕生日を一緒に迎えられますように。