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(国を守護する神様が、何やってんだ……)
「玄武の国……なぁ……。だが、アヤツが居るところは難攻不落、氷と雪で閉ざされた北峡幽谷だぜ? 朱雀を殺そうとしてきた国に朱雀の巫女であるお前が行ったら、向こうは大喜びするんじゃねぇか?」
「うっ……」
よくよく考えれば、白虎の言う通りかもしれない。
今のところ、朱雀の国の穢れは煌の魂の交わりによって全て消えてしまっているようだし、朱雀本人も至って元気だ。
あの不祥事を起こした静遠を情け容赦なく辺境の地へ叩き出したはいいが、朱雀が暴れて壊した神殿の後片付けもまだ終わっていない。神官長が抜けた穴は大きく、体制の整っていないこの時期に再び向こうが攻め込んでくる可能性だってあるかもしれない。
もしそうなった時、自分が居なかったら焔南国はどうなってしまうのだろう?
煌が不安そうに眉を寄せると、それを見透かしたように、白虎がニカッと頼もしい笑みを浮かべた。
「ま、心配すんな。神殿の立て直しや国の防衛に関しちゃ、この白虎様と燕花が睨みを利かせておくからよ。それに、今の朱雀は力がみなぎってやがる。そう簡単に手出しはさせねぇさ」
「そうですとも、童殿。国のことは私どもに任せて、まずはそのお体をしっかり休めてください。旅立つのは、それからでも遅くはありませんわ」
二人の心強い言葉に、煌は張り詰めていた肩の力を少しだけ抜いた。
確かに、今のボロボロの体のまま、氷と雪の難攻不落の国に乗り込んだところで返り討ちに遭うのがオチだ。
「……クソ、結局まだここから出られそうもねぇな」
胸の奥でそう毒づきながら、煌は騒がしいこいつらの顔を、ぐるりと見渡した。
ほんの少し泣き虫で、だけど誰より頼もしい朱雀の眷属。食い意地の張った脳筋の神様。隙あらばくっついてくる、どうしようもなくうざい最高神。
嫌いじゃない、とは、死んでも言わないけれど。
(――まぁ、もう少しくらいは、付き合ってやるか)
「何を言っておるのだ。煌には朱雀の巫女として、未来永劫わしの番の勤めを果たしてもらわねば困る。わしは煌を離すつもりなぞないからな! あの頑固者の国になど絶対にやらん! そんなことせずとも、このわしが帰る方法を見つけてやるから、そう焦るでない」
「見つけてやるって……んなこと出来るのかよ?」
「知らん。だが、やると言ったらやるのだ」
「なんだそりゃ。怪しいなぁ……」
根拠のない自信を大真面目に言い放つ最高神に、煌は呆れ果てて、けれど胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
――と、思ったのも束の間。朱雀はふっと妖艶に微笑むと、握った煌の手をぐっと自分の胸元へと引き寄せた。
「だから、早くわしの物になれ!」
「だから! ならねぇって言ってんだろっ! 俺はそんな安くねぇんだよ!」
「何故だ? なぜ、わしを拒む? わしはこんなにもお前を好いていると言うのに……」
すっ、と宮殿の賑やかさが遠のくような錯覚がした。
朱雀の黄金の瞳が、いつものおふざけの光を完全に消して、射抜くほどに真剣で、どこか切なげに煌を見つめている。
「――っ」
あまりにもストレートで混じり気のない「好き」という言葉と、至近距離から向けられた最高神の圧倒的な美貌に、煌は完全に言葉を詰まらせた。
胸の奥がドクンと嫌なほど大きな音を立てる。いつもは喧嘩上等の16歳のくせに、こういう真っ直ぐな好意だけには、まるで免疫がないのだ。いつもならすかさず出るはずの怒声も喉に引っかかり、顔が一気に耳の裏まで真っ赤に染まっていく。
照れと動揺でどうにかなりそうな煌の様子を、朱雀は嬉しそうに、けれど慈しむように見つめてふふっと喉を鳴らした。
「なんだ? 照れたのか? 本当にわしの嫁は可愛いなぁ」
「はっ!? なっ! よ、嫁とか言ってんじゃねぇっ! 俺は別に……っ」
心臓の音がうるさすぎて、あとの言葉がどうしても続かない。完全にキャパオーバーを起こした煌の様子に、ついに横から白虎が耐えかねたように吹き出した。
「ガハハハ! 異界の巫女、お前顔真っ赤だぞ! 分かりやすすぎんだろ!」
「うるっせぇ脳筋! お前もいい加減、国に帰れ!」
真っ赤な顔のまま怒鳴り散らし、煌ははぁーっと大きなため息をついて頭を抱えた。相変わらず、こいつらの前ではシリアスな空気なんて一秒も持ちはしない。
けれど、その騒々しさが、今は少しだけ心地よかった。
ふと、煌は空を見上げた。
抜けるように青い、焔南国の空。元の世界の空と、色は同じなのに、どこか違う匂いがする。線香の甘さと、風に乗る花の香りと、遠くの竹林のざわめきと。
(……あっちの空は、どんな色だったっけ)
思い出そうとして、うまく思い出せなかった。
それが少し、怖かった。
怖かったけれど――今この瞬間、自分の隣でうるさいほど騒いでいるこいつらの顔は、嫌になるくらいはっきりと見えていた。
(いつか必ず帰る。……それは変わらない)
でも、帰った後のことを、煌はまだ決めていない。
この国で起きたことを、あっちに戻ったとき、自分はどう思い出すんだろう。
あの馬鹿でかい炎の渦を。燕花の泣き顔を。白虎のガハハという笑い声を。
そして、至近距離から自分を射抜いてきた、黄金の瞳を。
(……まぁ、それはそん時に考えりゃいい話か)
煌は小さく鼻を鳴らして、視線を空から引き剥がした。
「おい、クソジジイ。手、離せ」
「嫌だ」
「離せって言ってんだろ」
「嫌だと言っている」
「……ほんっとに、どうしようもない神様だな、お前は」
「そうか?」
繋がれたままの手を、煌はもう振り払わなかった。
――次の旅が始まるのは、もう少し先の話になりそうだ。
END
コメント
1件
元の世界の空を思い出せなくなる煌の気づき、すごく胸に刺さりました。帰らなきゃという使命と、それでもこの騒がしい日々が確かに温かいという揺らぎが、繊細に描かれていて…。朱雀のストレートな「好き」にキャパオーバーして真っ赤になる16歳、ほんと尊いです。手を振り払わなかったラスト、あの距離感がもう最高でした🌷