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静岡県御殿場市。
キャンプ富士に隣接する陸上自衛隊・東富士演習場の特別区画。
一般の立ち入りはおろか、メディアの取材すら完全にシャットアウトされたこのエリアには、鉛のように重く張り詰めた緊張感が漂っていた。
数日前の華々しい公開演習とは打って変わって、今日の観客はごく少数だ。
だが、その一人の重みは数千人の一般市民に匹敵する。
防弾ガラスで守られた観覧席に陣取っているのは、在日米軍司令官をはじめとする高級将校団、そして国防総省(ペンタゴン)から急遽派遣された装備調達局の視察団だ。
彼らの視線の先には、荒野を模した市街地訓練フィールドが広がっている。
「……1対20だと? 正気かね?」
米陸軍のウィリアムズ少将が、葉巻を噛み砕きそうな勢いで唸った。
隣に座る防衛省の日下部——内閣官房からの出向という肩書きだが、実質的なプロジェクト責任者——は、涼しい顔でミネラルウォーターを勧めた。
「ええ。我々としても、貴国の精鋭部隊の実力を侮っているわけではありません。
ですが、26式の性能を限界まで検証するには、これくらいのハンデキャップが必要なのです」
フィールドの両端で、対戦者たちが配置についていた。
東側には、たった一人。
鈍い銀色に輝く『26式多目的装甲戦闘服』を纏った自衛隊員。
その巨体は、朝日に照らされて静かな威圧感を放っている。
対する西側には、二十名の兵士。
彼らは、ただの歩兵ではない。
米陸軍特殊部隊(グリーンベレー)の中から選抜された、歴戦の猛者たちだ。
最新のマルチカム迷彩に身を包み、アサルトライフル、軽機関銃、グレネードランチャー、さらには対戦車兵器(AT4)まで装備している。
本気で「殺し」に来ている装備だ。
「ただし、事故防止のため厳格な交戦規定(ROE)を設けています」
日下部が手元の資料を指差した。
「使用弾薬は、通常弾頭(フルメタルジャケット)ではなく、貫通力を落とした鉛芯の減装弾に限定。
また、関節部のシーリングおよび頭部バイザーへの意図的な狙撃は禁止。
AT4等の爆発物に関しては、爆圧上限を固定した訓練用弾頭を使用し、直撃ではなく至近弾による制圧効果判定とします」
「……随分と細かいな。自信がないのか?」
少将が鼻を鳴らす。
「いいえ。
『中の人間』を衝撃死させないための配慮です。
装甲自体は耐えられますが、生身の人間にはGの限界がありますから」
日下部が平然と言い放つと、少将は不愉快そうに眉をひそめた。
演習開始のブザーが、乾いた空気を切り裂く。
瞬間、グリーンベレーが動いた。
「散開! 包囲しろ!」
リーダーの短い指示と共に、二十名の兵士が蜘蛛の子を散らすように展開する。
遮蔽物を利用し、相互にカバーし合いながら、恐ろしいほどの速さで26式への包囲網を縮めていく。
教科書通りの、しかし完璧に練度された浸透戦術だ。
対する26式は、動かない。
フィールドの中央、遮蔽物のない道路の真ん中で、仁王立ちしている。
「舐めているのか?」
米兵の一人が毒づき、引き金を引いた。
牽制射撃。
5.56mm弾が、26式の胸部装甲に吸い込まれる。
カキンッ!
乾いた音がして、弾丸が弾かれた。
26式は、微動だにしない。
それを合図に、二十方向からの一斉射撃が始まった。
アサルトライフルと軽機関銃による十字砲火。
秒間数百発の弾丸が、銀色の巨人を襲う。
ガガガガガガガッ!!
火花が散り、砂煙が舞う。
だが26式は、悠然と歩き出した。
まるで小雨の中を散歩するかのように。
弾丸は、装甲表面の傾斜とナノマシン強化された複合材によって全て弾き返され、傷一つつかない。
減装弾とはいえ、至近距離からのライフル弾だ。
それを蚊ほどにも感じていない。
「効いていないだと!?」
「AT4だ! ぶち込め!」
建物の影から対戦車ロケットが発射された。
白煙を引き、弾頭が26式の足元わずか1メートルの地点に着弾する。
ドォォォン!!
訓練用とはいえ、凄まじい爆音と衝撃波が広がる。
観覧席の少将が身を乗り出す。
「やったか?」
煙が晴れる。
そこには、煤けただけの26式が立っていた。
装甲表面が微かに赤熱しているが、へこみすら見当たらない。
ナノマシンによる自己修復機能(リペア)が微細なクラックを瞬時に埋めていくのが、高解像度カメラのモニター越しに見えた。
「馬鹿な……。爆圧で内臓が潰れていないのか!?」
米兵たちの間に動揺が走る。
その隙を、26式は見逃さなかった。
ブオンッ!
突然、26式が加速した。
静止状態から、いきなり時速40キロへのトップスピード。
100キロの質量が砲弾となって、米兵の分隊へ突っ込む。
「総員退避ッ!!」
叫び声は遅かった。
26式は、遮蔽物のコンクリート壁ごと米兵たちを薙ぎ払った。
タックルではない。
ただ、「通り抜けた」だけだ。
だが、その衝撃波と瓦礫の飛散だけで、三名の兵士が吹き飛び、転がる。
「くそっ、化け物が!」
「撃て! 目を狙え!」
禁止されているはずのバイザー狙撃を試みる兵士もいたが、無駄だった。
26式は止まらない。
右手に持ったスタングレネードランチャー(訓練用の非致死性兵器)を無造作に放つ。
ポン、ポン、ポン。
正確無比な射撃。
隠れていたスナイパー、機関銃手、指揮官が次々と閃光と衝撃で無力化されていく。
それは戦闘ではなかった。
作業だ。
圧倒的な強者が邪魔な小石をどけるような、淡々とした制圧劇。
開始からわずか五分。
フィールドには、気絶あるいは行動不能となった二十名の米兵と、無傷で佇む一体の鋼鉄の巨人が残されていた。
「……終了です」
日下部が静かに告げた。
ウィリアムズ少将は葉巻を取り落としたまま、開いた口が塞がらなかった。
世界最強を自負する合衆国の特殊部隊が、手も足も出ずに敗北したのだ。
それも、たった一人の「歩兵」相手に。
「……アンビリーバブルだ」
少将が呻く。
「なんだ、あれは。
戦車か? 戦闘機か?
いや、歩兵の形をした『戦略兵器』だ」
「過分なお褒めの言葉、光栄です」
日下部は薄く笑った。
この演習の目的は、単なる性能誇示ではない。
アメリカに対し「技術格差」という絶望的な現実を突きつけ、彼らのプライドをへし折ることにある。
そして、その上で「毒入りの餌」をぶら下げるのだ。
フィールドでは、演習を終えた26式が観覧席の前まで戻ってきていた。
プシュゥゥゥ……。
背面の排気口から熱気が放出され、装甲のロックが解除される音がする。
ヘルメットが取り外され、中から隊員——陸自特殊作戦群の曹長——が顔を出した。
荒い呼吸をしているが、その瞳には高揚感が残っている。
「状況終了。異常なし」
彼は清々しい表情で敬礼した。
ウィリアムズ少将たちは、その生身の人間を見て、ようやく現実感を少し取り戻したようだった。
中に入っているのは、自分たちと同じ人間なのだ。
ならば、自分たちにも扱えるはずだ。
「……素晴らしい。
率直に認めよう。完敗だ」
少将が立ち上がり、拍手を送る。
悔しさはあるが、軍人としての敬意が勝ったようだ。
「この装備の詳細なスペックデータは、後ほど共有してもらえるのかね?」
「ええ、もちろんです。同盟国ですから」
日下部は頷き、そして悪魔の囁きを口にした。
「なんなら今ここで、『試着』してみますか?」
「……何?」
少将の動きが止まった。
周囲の将校たちもざわめく。
最新鋭の極秘兵器だ。普通なら触らせることすら拒むはずだ。
それを、着てみろと言うのか?
「予備機を一機、スタンバイさせてあります。
百聞は一見に如かず。
実際に着て動かしてみなければ、この機体の真価は分かりませんよ」
「……本気か?
我々が内部構造をスキャンし、データを持ち帰るリスクを承知の上で?」
「構いませんよ。
ブラックボックス化された中核部品(ナノマシンユニット)は解析不可能ですし、外側の構造を知られたところでコピーできる技術は、地球上にはありませんから」
日下部の言葉には、絶対的な自信——あるいは傲慢さ——が含まれていた。
解析できるものなら、やってみろという挑発だ。
少将は少し考え込み、そして後ろを振り返った。
「大尉。行けるか?」
指名されたのは、先ほどの模擬戦で指揮を執っていたグリーンベレーの大尉だ。
彼は悔しさに顔を歪めていたが、命令とあれば即座に切り替えた。
「はっ! 光栄です、サー」
「よし。
日本の『おもてなし』を受けようじゃないか。
その鎧の秘密、肌で感じてこい」
フィールドの整備エリア。
予備の26式アーマーが整備ラックに固定されていた。
装甲が展開し、内部のコクピット——と言っても過言ではない複雑なインナースーツ——が露わになっている。
「どうぞ。
サイズ調整は自動で行われます」
技術員に促され、米軍の大尉が恐る恐る足を踏み入れる。
足を固定し、腕を通す。
背中の装甲が閉じ、胸部プレートがスライドして密着する。
最後にヘルメットを装着すると、完全な暗闇が訪れ——直後、視界が鮮明な光に包まれた。
『Welcome, User. System Online.』
HUDに表示された文字を見て、大尉は驚きの声を上げた。
「……英語だ」
「ええ。
貴国の方々が使うことを想定して、言語パッチを当てておきました」
外部スピーカーから日下部の声が聞こえる。
用意周到すぎる。
まるで最初から、こうなることが決まっていたかのような手回しの良さだ。
『Initial synchronization… Complete.(初期同期完了)』
『Bio-data confirmed. Adapting assistance level.(生体データ確認。アシストレベル調整)』
全身を、奇妙な浮遊感が包み込んだ。
重いはずの装甲の重量を感じない。
それどころか、自分の体が無重力空間にいるかのように軽い。
人工筋肉繊維が大尉の筋肉の微細な動きを検知し、先読みしてパワーを補助しているのだ。
「……どうだ、大尉?」
無線越しに少将が尋ねる。
「……信じられません、将軍。
中は快適そのものです。
空調は完璧、圧迫感もありません。
まるで高級車のシートに座っているようです」
大尉は一歩踏み出した。
ズシン。
地面を踏む感覚はあるが、足への負担はない。
彼は試しに、軽くジャンプしてみた。
ウィーンという微かな駆動音と共に、彼の体は3メートルの高さまで跳ね上がった。
「うおっ!?」
着地。
衝撃ゼロ。
膝のクッションが完璧に仕事をこなす。
「凄い……!
自分の体が、スーパーヒーローになったみたいだ!」
大尉の声が弾む。
軍人としての冷静さを保とうとしているが、隠しきれない興奮が伝わってくる。
これは兵器のテストではない。
ドーピングの快楽だ。
「では、射撃テストを行いますか?
そこの対物ライフルを、どうぞ」
技術員が指差したラックには、先ほど自衛隊員が使っていたバレットM82が置かれている。
大尉はそれを手に取った。
ずっしりと重い銃だが、今の彼には小枝のように軽い。
HUDに照準用レティクルが同期表示される。
『Target Locked』。
彼は500メートル先の標的——コンクリートブロック——に狙いを定めた。
立って、片手で。
ズドンッ!!
発砲。
身構えていた大尉は拍子抜けした。
「……反動がない?」
もちろん物理的には存在するのだが、スーツのアクチュエータがそれを完全に相殺してしまったのだ。
マズルの跳ね上がりすらない。
次弾発射。
ズドンッ!
同じ弾痕に吸い込まれるように命中し、コンクリートが粉砕される。
「凄いです、将軍!
ほとんど無反動砲(リコイルレス)のようだ!
これならフルオートでも制御できます!」
「……次は防御面をテストしますか?
もちろん規定により、生身での被弾は禁止されていますが……
爆圧上限を設定したシミュレーター・チャージなら、『安全』ですよ」
日下部が、悪魔のような提案をする。
少将は眉をひそめたが、大尉は叫んだ。
「やります!
このアーマーなら、耐えられる気がします!」
彼はもはや、この鋼鉄の皮膚に絶対的な信頼を寄せていた。
ナノマシンによる神経接続が深まり、スーツと精神が同化しつつあるのだ。
標的エリアに立つ大尉。
前方には74式戦車。
砲身が向けられる。
生身なら恐怖で震える場面だが、今の彼には微塵の恐怖もない。
HUDに表示される『Protection Field: Ready』の文字が、彼を安心させる。
ズドォォン!!
発砲。
爆風が直撃する。
視界がホワイトアウトし、轟音が鼓膜を叩く。
だが、それだけだ。
痛みも、衝撃による脳震盪もない。
強風に煽られた程度の実感しかない。
「……ははっ。
無傷だ。本当に、傷一つない!」
煙の中から現れた大尉は、自分の手足を確認し、狂ったように笑った。
「凄いな……。
神になった気分だ……!」
その言葉はマイクを通じて、VIP席の全員に届いた。
神。
戦場において、死を超越した存在。
それをテクノロジーが作り出したのだ。
大尉はフィールドを駆け回った。
時速40キロ、50キロ……。
リミッターを解除された人工筋肉が唸りを上げ、戦車すら置き去りにする機動力を発揮する。
壁を越え、壕を飛び越え、標的を破壊する。
その姿は、まさに青い目の悪魔(ブルーアイド・デーモン)だった。
一通りの体験を終え、アーマーを脱いだ大尉は放心したように座り込んだ。
汗だくだが、その顔には恍惚とした表情が張り付いている。
まるで極上のドラッグをキメた後のようだ。
「……どうだった、大尉」
駆け寄ったウィリアムズ少将が尋ねる。
大尉は震える手で水筒の水を飲み、掠れた声で答えた。
「……将軍。
これは兵器の枠を超えています。
機動力、耐久力、火力……すべてが異次元です。
AIのサポートも完璧で、素人でも数分でエースパイロットになれます」
彼は真剣な眼差しで上官を見上げた。
「現状の米軍の兵器で、これを止めるのは不可能です。
歩兵火器はもちろん、戦車砲や対戦車ミサイルでも、直撃させなければ倒せません。
そして、この機動力を持つ相手に直撃させるのは至難の業です。
……もし敵がこれを量産して投入してきたら、我々の前線は10分で崩壊します」
ウィリアムズ少将は、ごくりと唾を飲み込んだ。
現場を知る最精鋭の兵士が、ここまで言い切るのだ。
これは脅威だ。
核兵器に匹敵する、戦術バランス・ブレイカーだ。
背後で随行していた米軍将校たちが小声で囁き合っているのが聞こえる。
「あいつの目を見ろ。まだ向こう側にいるぞ」
「一度、あの全能感を味わったら、生身の体には戻れんかもな」
「……青い目の悪魔か。皮肉なもんだ」
そこへ日下部が近づいてきた。
にこやかな笑顔だが、その目は全く笑っていない。
「いかがでしたか?
日本の技術力、楽しんでいただけましたか?」
「……ああ。
驚愕したよ、ミスター・クサカベ。
君たちは、とんでもない怪物を飼い慣らしているようだな」
少将は探るような視線を向けた。
「これだけのものを作るには、莫大な予算と希少な資源が必要なはずだ。
日本単独で、それを賄えるのかね?」
「ええ、問題ありません。
先日の発表通り、我々には『深海』という無尽蔵の財布がありますから。
コストは高いですが、供給能力に不安はありません。
必要とあれば、全自衛隊員に配備することも可能です」
日下部は、さらりと言ってのけた。
完全なるブラフだ。
「……そうか。
それは頼もしい。同盟国としてな」
少将は引きつった笑みを浮かべた。
腹の中では、「こんなものを日本に独占させておけるか」という焦りと、「敵に回したら終わりだ」という恐怖が渦巻いているはずだ。
「このスーツについては、ペンタゴンでも詳細に検討させてもらう。
共同開発、あるいはライセンス生産の可能性も含めてな」
「ええ、前向きに検討します。
ただし、技術の核心部分は『特定秘密』ですので、そこはご理解を」
「……分かっている」
少将は吐き捨てるように言った。
日米のパワーバランスが音を立てて崩れつつあるのを、肌で感じていた。
これまでは「守ってやる側」と「守られる側」だった。
だが今、日本は自らの手で最強の矛と盾を手に入れようとしている。
演習場を後にする米軍の車列を見送りながら、日下部は大きく息を吐いた。
「……食いついたな」
隣に立つ防衛省の技術官が、不安そうに尋ねる。
「良かったんですか? あんなに見せてしまって。
もし解析されて、弱点を見つけられたら……」
「構いませんよ。
見せたのは『強さ』だけではありません。
『日本はここまで来ている』という既成事実を見せつけたのです」
日下部は夕日に輝く26式アーマーを見上げた。
中に入っていた隊員たちが、疲労困憊で座り込んでいる。
最強の鎧は、それを脱いだ人間に強烈な喪失感を与える副作用があるようだ。
「それに、あれはまだ『初期型』です。
工藤さんの話では、すでに次のモデル——『MK2』があるとか」
「……まだ進化するんですか」
「ええ。
アメリカが必死に26式の対策を練っている頃には、我々はさらにその先を行っています。
技術の徒競走なら、今の日本は負けませんよ」
硝子のカーテンの向こう側で、工藤創一という魔法使いがハンマーを振るっている限り、日本の優位は揺るがない。
だが、その優位性が高まれば高まるほど、同盟国の嫉妬と警戒は深まっていく。
今日の演習は、日米関係という名の薄氷の上に重たい鉄塊を置くような行為だった。
それでも、やるしかなかった。
黄金の賄賂(医療キット)を渡す、その時まで。
日本は「侮れない強国」としての仮面を被り続けなければならないのだから。
誰もいなくなった演習場に、風が吹き抜ける。
その風は遠くワシントンD.C.まで届き、ホワイトハウスの執務室を凍りつかせることになるだろう。
鋼鉄の巨人が残した足跡は、世界の軍事史における分水嶺として深く刻み込まれていた。