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◆◆◆◆


「ど……ど……ドクターだ……!」


平良が渡慶次の後ろに隠れる。


「落ち着け……!」


渡慶次は平良と、そしてその後ろにいる上間に向けていった。


「大丈夫だ。吉瀬がいるから……!」


「吉瀬ぇ?」


平良が吉瀬を振り返る。



――頼むぜ、吉瀬。


吉瀬は渡慶次を見ると、小さく頷きながら、ドクターの前に進み出た。


「Ich habe nach einem Arzt gesucht(ドクター、探しましたよ)」


流暢な言葉で話す吉瀬を、平良は口をあんぐりと開けて聞いた。


「なにこれ……英語?」


「ドイツ語だ……!」


渡慶次は口の端を上げながら言った。


「吉瀬は医療の知識が豊富なんだ。さっきはこれでドクターを誤魔化せた」


そう言いながらも渡慶次は周囲に視線を走らせた。


前方の入り口にはドクター。

目指すは後方の入り口。


しかし、渡慶次たちが窓際にいるのに対し、ドクターが廊下側から追い詰めている形だ。


後方とはいえ廊下側に行こうとすればドクターに捕まる。


なんとかしてドクターをここから追い出さなければ――。


視線を送った渡慶次に吉瀬が頷き、ドクターに話しかけた。


「Herr Doktor, bitte gehen Sie jetzt auf die Intensivstation im 3. Stock.

Viele Menschen wurden beim Einsturz von Gebäuden aufgrund des Erdbebens verletzt.

(ドクター、3階の集中治療室にいますぐ向かってください。地震による建物の倒壊で、多数の負傷者が出ています)」


彼は上を指さしながら、これまた流暢なドイツ語で話した。

おそらくは2階、もしくは3階にドクターを誘導する話だろう。


『ふむ~。これは困りましたね~』


ドクターが深刻そうな顔をしながら、顎に手をかける。


――やった……!


渡慶次はぐっと拳を握った。


――本当に吉瀬がいてくれてよかっ……。



『何を言っているのか、さっぱりわかりません~』


「――え」


平良が目を見開いた。


「な……!」


――ドイツ語が通じない?馬鹿な……。さっきは効いてたのに!


『医療単語にドイツ語で呼ぶものが多いというだけで、医師たちが皆ドイツ語を使えるわけではありませ~ん』


ドクターは笑いながら話し始めた。


『そもそも近年は医学の宗主国がドイツからアメリカに移った影響から、国際的な医療現場では英語を使うのが主流で~す』


ドクターは、顔を歪めていた吉瀬を見下ろした。


『おやおや、どうしたのですか~?心拍数が上がってますよ~?心不全に違いありませ~ん』


そして胸ポケットからソレを取り出した。


『手術が必要で~す』


「手術……だと……?」


吉瀬の握りしめた両手がプルプルと震えだす。


「吉瀬くん!」


「上間っ!」


止めようとした上間の腕を掴むと、自分の背後に隠し、渡慶次はドクターと吉瀬を交互に睨んだ。


吉瀬はおそらく、もう駄目だ。

ドクターの言う手術が何を意味するのかは分からないが、おそらくはあのメスでひと突きに刺されるか、それとも胸を切り裂かれるか。

いずれにしても、生きてはいられない。


問題はそれでどのくらいの時間稼ぎができるのかということ。

上間を連れてこの教室から逃げ、追撃を逃れて撒けるほどの時間が稼げるか。


一か八かだ……!


「上間」


渡慶次は上間を振り返った。


「今すぐ逃げ――」


その瞬間、項に熱いものが垂れた。


いや、浴びたと言った方が正しいだろうか。

まるで熱いシャワーのような……。


「――――?!」


渡慶次が振り返ると、そこには引き裂かれた胸から鮮血を噴水のように散らせた吉瀬が、両手両足を突っ張らせて立っていた。


「渡慶……次……!」


その真っ赤な手が渡慶次に伸びる。


「……た……け……て……」


バタンと大きな音を立てて、吉瀬が教室に倒れた。


「ひいっ!」


平良が仰け反り、上間が両手を口に当てる。


「……う……ウぐッ」


次の瞬間、上間は胃の中のものを床に吐き出した。



「上間!大丈夫か!」


駆け寄る。


上間は四つん這いになりながらえづいている。



『おやおや~?』


ドクターがこちらに駆け寄ってくる。



『お嬢さん、気分が悪いんですか?』


返り血を浴びた真っ赤な顔で覗き込んでくる。



『急性胃腸炎かもしれません。検査が必要ですね~』



――まずい……!


渡慶次は目を見開いた。



――どうする……!


数秒の時間稼ぎにはなると思っていたが、吉瀬はあっけなく死んでしまった。


もうドクターは誤魔化せない。



――このままじゃ上間が……!



「……あのさ、渡慶次」


そのとき、後ろから妙に落ち着いた平良の声が聞こえてきた。


「さっき言ったろ。元の世界に戻った時に、死んだ奴らはどうなってたのかって」


「平良」


渡慶次は肩越しに平良を睨んだ。


「今それどころじゃねえの、わかんないのか?」


それどころだから!!」


平良は叫んだ。


「聞いてよ……渡慶次」


「平良……?」


「俺はセーブした後、結局死んだ。でもちゃんと元の世界に戻ってこれた。だけど、おかしいんだ……」


平良は顎を震わせながら続けた。


「お前が……いないんだよ」


「――現実世界でも死んでたってことか?」


「違う」


「?」


上間も平良の顔を見上げる。


「初めからお前なんて人間、いなかったんだよ……!」


「どういうことだよ……?」


「だから、消えたんでも死んだのでもないんだ。もともといなかったってことにされてるんだよ!」


「――存在自体を、消されたってことか?」



『何をぺちゃくちゃ話しているんですか~?』


ドクターが目の前に迫っている。



「……ッ」


――どうすれば切り抜けられる?


気分の優れない上間はきっと早くは走れない。

平良も戦意喪失。


ここはもう、自分が犠牲になるしか……。



「渡慶次、俺さ」


平良が立ち上がった。


「俺、お前のこと、大嫌いだったよ」


「は……?」


思わぬ話の流れに渡慶次は口を開けた。



「自分勝手で、冷たくて、他の奴のこと馬鹿にしててさ」


「な……なんでこんな場面でディスるんだよ?」


渡慶次が目を見開くと、


平良はこちらを振り返った。



「でも俺、お前がいない世界なんて、嫌だわ」


その目には涙が浮かんでいる。


「みんな、お前に夢中だった。新垣も3嶺トリオも、前園も、比嘉たちだって……!」



「――平良」


「ゲームクリアしてくれ!元の世界に俺を、俺たちを返してくれ……!」


平良はドクターに向き直った。



「頼んだよ!リーダー!」



そういうと彼は、


「うわあああああ!!」


ドクターに突っ込んでいった。



「……上間!逃げるぞ!!」


渡慶次は上間の細い腕を引きながら、踏み切った。



後ろから何かが裂ける音がする。

誰のかわからない悲鳴が漏れる。


それでも、

振り返らずに走る。



ゲームクリア?

元の世界?


――ふざけるな。


そんなの勝手に押しつけるなよ!


渡慶次は廊下に飛び出すと、東階段に向けて1年生の廊下を駆け抜けた。



ドールズ☆ナイト

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