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「平良くんと吉瀬君が……!」
上間は口元を手で押さえながらガタガタと震え出した。
「大丈夫だ。ここならティーチャーにだけ警戒していれば、怖いものは来れない!」
華奢な肩を掴むが、上間は俯いて首を振った。
「でも、これじゃあ、新垣くんたちに会うことなんてずっとできない……!」
「――――」
上間の言う通りだ。
敵キャラから逃げ回ってばかりでは、新垣を説得するどころか、会うことさえできない。
――どうする。
――どうする……!!
バタン。バタバタン。
そのとき、背後から音がして、2人は同時に振り返った。
「……なんだ」
「驚かすなよ……」
先ほど渡慶次がペンと紙を探した時に傾いた机から、数冊の教科書とノートが落ちてきたのだった。
「――教科書の中身……白紙だね」
上間がその床に開いた状態で散らばった教科書を見下ろして言った。
「ああ。ゲームだからな」
渡慶次が言うと、
「そっか。ここ……ゲームだもんね……」
彼女は両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「……もうやだ」
「上間?」
「お家に……帰りたい……!」
そのまま肩を震わせて泣き始める。
「………」
渡慶次はその肩に優しく手を添えた。
怒らない。
嫌がらない。
「―――」
そっと抱き寄せる。
「……うッ。……うぇッ」
上間は渡慶次の胸でいよいよ本格的に泣き始めた。
「―――っ」
愛おしさがこみあげてくる。
ずっと、
ずっと、上間が好きだった。
高校に入学してからじゃない。
もっと、ずっと前から。
************
『渡慶次くん!』
今よりももっと髪の長い、彼女の笑顔を思い出す。
『すごかったね、今日の1回戦!』
こちらをのぞき込む、悪意のない瞳を思い出す。
『まだ2年生なのにすごいでしょ!って、世界中の人に自慢したくなっちゃった!』
恥ずかしそうに伏せたまつ毛が白い顔に影を作った。
『この人が私の彼氏なんだぞって!』
微笑んだ頬に艶の光ができる。
『2回戦も勝ってね!約束!!』
めのまえで細い小指が立てられた。
――中学2年生の夏。
熱い太陽。
抜けるような青空。
そして、
満員の全国大会の球場。
2年生でありながらピッチャーとしてグラウンドに立った渡慶次は、
客席の最前列で応援していた上間と、
付き合っていた。
************
「―――上間!」
渡慶次は上間を抱き寄せた。
「………」
ビクッと上間の肩が震えた。
「渡慶次くん……!」
それでももっと強く抱き寄せる。
「――あ!ちょっと、待って……?」
「嫌だ……!」
渡慶次は抱きしめた腕に力を込めた。
「もう、離さない……!」
「……そうじゃ、なくて……!」
上間は少し苦しそうな声を出しながら、何かを指さした。
「見て……!!」
「……ん?」
渡慶次はやっと振り返った。
「あれは……!」
傾いた机。
零れた教科書の中に、
「セーブノート……?」
黒いノートが落ちていた。
◆◆◆◆
「おい……知念!」
前を躊躇なく走っていく知念に比嘉は話しかけた。
「そんな堂々と走って大丈夫かよ。こっちに向けて舞ちゃんとかいう奴が来てるんじゃないのか?」
そう言っても彼のスピードが緩むことはない。
「平良が――」
彼は視線だけで振り返りながら言った。
「平良が違う動きをしていることで、おそらくはアイツが体験してきた1周目といろいろズレてる」
知念は走り続ける。
「閉じ込めた照屋たちもそのうち扉を壊して出てくる。このままクラスメイトが減れば、その分標的は狭まり、敵キャラと遭遇しやすくなる。時間がない」
渡り廊下を抜ける。
「お前、まさか……」
「このまま放送室に行く。新垣が協力しようがしまいが、このゲームを終わらせる」
知念が階段を登ろうとしたその時、
『おやおや、そんなに走ったら危ないですよ~』
後ろから声が聞こえた。
『転倒して負傷したら大変です~!』
比嘉が振り返ると、そこには白衣を血で真っ赤に占めた男が立っていた。
「きゃああああっ!」
東が悲鳴を上げ、比嘉の影に隠れる。
「んだ、こいつは……!?」
比嘉も思わず身構える。
「……ドクターだよ」
知念が静かに答える。
――これが、ドクター?これのどこがドクターだよ……!
比嘉は血だらけの男を見上げた。
血痕の飛び方から、それがドクター本人ではなく、返り血であることがはっきりとわかる。
――その血は誰の血だ……?
新垣たちか、それとも先に行った渡慶次達の血か。
ドクターが「霊安室」に入れないのは知っている。
しかしここは廊下。
後方には渡り廊下。
西側には階段。
東側にある一番近い教室にも距離がある。
――どうやって切り抜ける……!
比嘉は不気味に笑うドクターを睨んだ。
――ピエロの時みたいに力技でいくか……?
しかしあのとき助けてくれた玉城も照屋もいない。
そして、
あの生意気なピッチャーも。
『どうやらウイルス性の心臓疾患が流行っているみたいで~す』
ドクターはそう言うと、医者のくせに嬉しそうに笑った。
『ここにも心音のおかしい患者がいま~す』
そう言って比嘉と東の胸を交互に指さした。
『診察させて下さ~い。場合によっては……』
ドクターは胸ポケットから血に染まったメスを取り出した。
『緊急手術が必要で~す!』
「いやああ……!!」
東が掠れた悲鳴を上げる。
しかし、
「大丈夫」
前方から声がした。
「落ち着いて。騒がないで。動かないで」
――知念……?
比嘉はこの中で一人、冷静にドクターを睨む知念を見下ろした。
『診察を……』
ドクターはメスを内ポケットにしまう代わりに、
『始めま~す』
首にかけていた聴診器を耳に当てた。
「!!」
次の瞬間、比嘉の白シャツは左右に引きちぎられ、ボタンはすべて飛んでいった。
――何が起こった……?
見えなかった。ドクターの手が。
ドクターは何もなかったかのように比嘉のTシャツを捲り上げると、胸に聴診器を当てた。
「……くっ」
恐怖と冷たさに息が漏れる。
「大丈夫。落ち着いて」
知念がまた低い声を出す。
――こいつはどうして冷静でいられるんだよ……!
『やはり心拍が少し早いようですね~』
そう言うと、ドクターは腰のポケットから黄色のカードを取り出し、それを比嘉の首にかけた。
「なんだよこれ……!」
『次で~す』
ドクターは今度は東に視線を移した。
「……いや……いや……!」
東が後退りをするが、次の瞬間、東のブラジャーは制服ごと引きちぎられ、むき出しになった大きな胸がブルンと縦に揺れた。
『はい、動かないでくださいね~』
ドクターは聴診器を当てていく。
「ひいいいいい!」
東がガチガチと奥歯を鳴らす。
『この子の心拍はひどいですね。早急に治療が必要で~す』
そう言うと今度は赤色のカードを取り出し、東の首にかけた。
「……え?……えっ?」
わけのわからない東がドクターを見つめる。
『最後は、君で~す』
ドクターが知念を振り返る。
「――――」
知念は口を結んだまま、自らボタンを上から順に外し、自らインナーシャツを捲り上げた。
『聞いてみましょう』
ドクターが聴診器を当てる。
右の鎖骨の下。
左の鎖骨の下。
右の乳首の上。
左の乳首の上。
右の胸の下。
左の胸の下。
『――――』
ドクターは黙って聴診器を耳から外した。
そして腰ポケットから何か――おそらくはカード――を取り出すと、それを知念の首にかけた。
『私は』
今までにない重い口調でドクターは言った。
『あなたを助けられませ~ん……』
白い目から涙が溢れる。
「…………」
睨む知念の視線を避けるように、ドクターは歩き始めた。
カクンと頭を落としながら渡り廊下の方向に歩いていく。
「……行こう」
知念は低い声で言うと、タタタと走り始めた。
「すげえ……」
比嘉は知念に追いつくと、彼の顔をのぞき込んだ。
「どんな手品使ったんだよ?」
「別に」
知念は階段の手すりに手をかけた。
「別にってことねーだろうよ」
踊り場で振り返った知念の胸元には、
黒いカードが揺れていた。