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「よし、かえろう」
「はーい……」
翌朝の食事中、ピアーニャがテンション低く、そう呟いた。
ヤガが消えてから、もしかしたらまた現れるかもしれないという希望が捨てきれず、夜は交代で起きて待っていたのである。前半はミューゼとラッチ、後半はパフィとピアーニャが担当していた。
パフィは見張りのまま朝食準備をする為。そしてピアーニャはアリエッタに寝かされてしまったせいで、相談する前に流れで決まっていたが。
アリエッタ以外は睡眠時間が減っているので、少し眠いまま活動開始となる。もうここではやるべき事が無い為、気を張る必要がないのだ。そしてここに残る理由も無い。
一同はピアーニャの『雲塊』に乗り、ラッチの住む町であるガーネへと移動するのだった。
「結局ヤガってなんで消えちゃったんだろうね」
「さぁねぇ。でも気になる消え方だったのよ」
移動中も昨晩の出来事や、ファナリアとクリエルテスの違いをラッチに話したり、分からないながらも話を真剣に聞こうとするアリエッタに悶えて抱き締めたりと、ピアーニャにとって平和なひと時となっていた。
(ふえぇ…なんでこんなに撫でられてるの?)
「おぉ…可愛い……」
「でしょー」
(いいぞ、そのチョウシでかわいがってやれ。わちのほうに、こさせるな!)
仕事が終わり、約束通り全力で可愛がられているアリエッタ。抱きしめられ、頭を撫でられ、頬ずりまでされ、身動きが一切とれないまま好き放題されている。最初はピアーニャが一人になっている事を気にしていたが、撫でられて思考能力が溶けた所にミューゼとパフィにキスされ、身も心もフニャフニャになっていた。
アリエッタだけが色々ありながらも、ラッチの家に到着。ここでラッチは大事な事に気が付いた。
「しまったああああ!! 可愛がってたらファナリアに行く準備しなきゃいけないの忘れてたああああ!!」
唐突にクリエルテスから出るチャンスを得たせいでテンションが上がり、家を空けるという事を完全に忘れていたのだった。
「……コンカイはクリエルテスにのこるか?」
「嫌です駄目ですごめんなさいすぐ支度します置いて行かないでくださいっ!」
早口でまくし立て、急いで家の片づけを始める。といっても、腐るような生物などはクリエルテス人にとっては不要なので、主に家の外にある生活道具や、散らかっている物の整理などである。
「あのー、ラッチ?」
「なんでございましょうかフェリスクベル様!」
「いや、だから……はぁ。今回は体験というか…お出かけで、どうせ戻ってくるからそこまでキチンとしなくてもいいよ?」
「え゛えっ!?」
ラッチの中では既に引っ越す前提になっていたらしい。帰ってくる事を知って、驚愕している。
「いきなりではファナリアにイエがないからな。アンナイしてパルミラにあわせるが、そのあとのコトはまたアトできめるといい」
「そ、そうなんですか?」
「くるなとは、いってない。コンカイはシタミというやつだ」
手順があるという事を教えると、ようやくラッチが落ち着いた。
ミューゼ達も改めて荷物を点検し、ファナリアに転移する為に、塔のあるアンジェラへと向かうのだった。
「ここがファナリア……」
塔から出たラッチが、しばらくキョロキョロと周囲を見渡して、呆けたように呟いた。
到着したのはファナリアの王都エインデルブルグ。パルミラへの報告と一旦情報をまとめる為、リージョンシーカー本部へと向かうのである。
「上に何も無い……石が下にしかない。もしかしてアレが木? なんか上にもっさーって付いてる! うわーうわー!」
ラッチは完全に、田舎から出てきたばかりのおのぼりさん状態になっていた。もっとも、塔から別のリージョンの人が来るのは日常の一部なので、近くの人々もこの反応には慣れている。少しだけ微笑ましいものを見る目になった後は、何事も無かったかのように過ごすのだった。
ラッチの後ろで少し恥ずかしい気分になったパフィは、なおもキョロキョロするラッチの手を取って、リージョンシーカー本部へと向かうことを提案。気持ちが分かるピアーニャも、快く了承した。
「うわー見て見て総長さん! 柱が木で出来てる! すごーい!」
到着して、なおもテンションが上がり続けるラッチ。建物の中に入ってしまえば、流石にジロジロと見られてしまう。
そしてアリエッタに手を繋がれているサメ姿のピアーニャに気付いてしまった者は、噴出して慌てて顔を逸らすまでがセットとなっていた。
その事に気付いたピアーニャは、急いで全員を睨みつけ、アリエッタの手を引いて奥へと逃げていく。その後をミューゼ達が追いかけると、笑いを堪えていたシーカー達が、ようやく騒げるようになったのだった。
奥の応接室へとやってきたミューゼ達は、さっそくくつろぎ始める。ラッチは窓から外を眺め始め、ようやく静かになった。その目はキラキラと輝いていて、全く落ち着いていないが。
やがてピアーニャに呼ばれたロンデルが、書類を持ってやってきた。
「お疲れ様です皆様。クリエルテスはどうでしたか?」
「キラキラしてました。はいこれ、アリエッタが描いてくれたんですよー」
「んのぁっ!?」
ミューゼがしれっとアリエッタが描いたクリエルテスの絵を出し、それを見たロンデルが驚いて変な声を出して仰け反った。そのまま言葉を失いながら、絵を見る事しばし……
「はっ、ごほん! いやすみません。動揺してしまいました……」
「うん、知ってるのよ」
予想はしていたのと、気持ちは分かるし、そうなると分かっててやった事なので、アリエッタ以外はうんうんと頷いている。それを見てアリエッタも真似して頷く。
それで妙に恥ずかしくなったのか、ロンデルはピアーニャに報告を急かし、紙にまとめていった。
「ふーむ、鳥のヤガですか。このような外見の種族は……」
「ちょっとしらべてくれるか? わちもなにかひっかかってるんだがなぁ」
アリエッタが描いた絵のお陰で、ヤガの外見については説明がしやすい。他にもヤガから聞いた事を報告し、この仕事は終わりとなる。
続いて、一変して緊張した面持ちになっているラッチの話となった。
「それで、ラッチさんの身の振り方は決めたのですか?」
「いいや、これからだ。まぁすむとしても、エインデルブルグになるだろうな。ニーニルだとクリエルテスじんのたべものとか、ないからなぁ」
「たしかに」
「は、はぁ……」
外を見て盛り上がっていたラッチだったが、ここで自分の話になった事で大人しくしている。
怒られて帰れと言われてしまえば、次にチャンスがあるかは分からないのだ。人生の分岐点かもしれない今の状況で、口調を変える度胸も無いようだ。
「ひとまずパルミラに任せた方が良いと思うのよ。暮らし方も教われば良いのよ」
「え、またパルミラお母さんと暮らせるの?」
「そうですね。先程城の方に知らせたので、報告ついでに話してみると良いでしょう」
ロンデルはピアーニャが来たと同時に、前もって用意しておいた訪問を告げる書簡を城に送っていた。これで報告をまとめている間に、城から迎えの魔動機を寄越してもらう予定である。
今頃丁度書簡が届いた頃だろうと予測できるロンデルは、アリエッタの為にお菓子を取りに行った。ピアーニャが食べさせられる姿が見れる事を期待しながら。
そしてお菓子を持って戻ってきた時、それはいきなり現れた。
「ほんっっっとうに申し訳ございませんでしたああああ!!」
ドアを開けたロンデルの足元から、黒く丸い影が飛び出し、その形のままミューゼの前で謝り始めた。
全員ビクッとしてそれを見る。パフィだけが、どさくさに紛れてピアーニャを捕まえアリエッタの腕の中に収め、そのままアリエッタごと抱きしめるという事を瞬時にやってのけていた。
「…………はい?」
「むぐーっ!?」(なんでっ、おいこらパフィ!?)
「……う?」(びっくりした……えっと、ぴあーにゃ?)
唐突な出来事だというのに、疑問の対象は様々である。ロンデルは一瞬驚いたものの、ピアーニャが面白い事になっている事に気付き、落ち着きを取り戻してそちらを眺めていた。
ミューゼは目の前に現れた物体をまじまじと見つめる。
「……もしかして、シスさん?」
「はいっ! この度は、ネフテリア様達がご迷惑をおかけしました! その謝罪に参った次第でございます!」
現れたのはネフテリアの護衛兼見張りである、シャダルデルク人のオスルェンシス。ドアが開いた瞬間、土下座体勢のまま影から飛び出したのである。
もちろんなんでそんな全力で謝られているのか、ミューゼ達に思い当たる理由は何も無い。
「と、とりあえず座りません? というか来るの早かったですね」
「ははっ! 書簡が届いた時、丁度受け取ったのが私でして、まずはミューゼさんとパフィさんのお怒りを少しでも鎮めてもらえないかと、ネフテリア様達を閉じ込めてから、全速力でお迎えに上がった次第でございます!」
「……えぇ……意味がわかりません。もしかして前に泊まりに来てた時に、何かありました?」
全員オスルェンシスの言っている事が全く理解出来ないでいる。ロンデルだけが何かを知っているのか、苦笑しながらこっそりと部屋から出て行った。
ミューゼに宥められ、少しだけ落ち着いたオスルェンシスは、おずおずと椅子に座り、口を開いた。
「実は──」
エインデル城、王女の部屋。
部屋の前と窓の下には兵士が多くたむろし、部屋の中では数人のメイド達が王女ネフテリアをベッドごと囲んでいた。何も知らない人が覗いたら、何かの妖しい儀式をしているのではないかと思う様な状態である。
「おのれシス! またわたくしを閉じ込めてくれちゃって! しかも見張りが多い! 理由も言わずになんなのよ!」
理由をメイド達に聞くも、無表情のまま首を横に振られるだけ。不気味だが、この扱いにかなり慣れた様子のネフテリアは、少し文句を言えば一旦落ち着く。むしろ王女の話し相手を任された若手メイドの方が涙目になっていた。
「あの、ネフテリア様、ご安心ください」
「うん?」
涙目になっていた若手メイドが、なんとか気を取り直して、ネフテリアに重要な事を告げた。
「王妃様も同じように監禁中でございます」
「なにやってんの!? どこに安心する要素があるの!? 気味が悪いよ!!」
メイドの言う通り、王妃フレアは無表情で一切喋らないメイド達に囲まれ、ベッドの上で縮こまっている。ネフテリアと違って意味不明な嫌がらせには慣れていないので、囚われた生贄のように怯えているのだった。