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「はぁ仕方ないわ。貴女、お茶の用意を」
「は、はひ……」(いやなんでこの状況受け入れてるんですか王女様ぁっ!)
内心怖がってはいるが、流石王城で働くメイドというべきか、仕事中は恐怖をほぼ顔に出さず、淡々と紅茶を淹れていく。テーブルにティーセットとお菓子を置くと、そのまま傍に佇んだ。王女のお相手といえど、メイドとしての仕事中なので、話をするのにも正面に座る事はしないのだ。
「シスが戻ってくるまで、何しましょうか」
メイドが無表情で囲む異様な空間の中で、のんびりとくつろぎ始める。隣にいる若手メイドがそんな王女を呆れた顔で見つめるが、お相手を任命されているからには話し相手にならなければ意味が無い。
そこで、前々から気にしている事を問いかけてみた。
「あのぅ、ミューゼオラ様は今の所、城で働くという事は考えていらっしゃらないのでしょうか」
「うーん、まだまだそういう事を考えてない様なのよね」
ミューゼの話題を始めた瞬間、周りのメイド達がピクリと反応した。ミューゼが植物魔法を使い、隙間から天井まで自由自在に掃除をしている事は既にメイド達の中で広まっており、是非とも即戦力として迎え入れたいと、何度かネフテリアに嘆願しているのだ。もっとも、理由はそれだけではないが。
(ミューゼオラ様にオスルェンシス様と組んでいただけたら、ネフテリア様もいろんな意味で大人しくなるに違いない!)
ネフテリアがミューゼを好いているというのは、既に城内では周知の事実である。ミューゼに会いに城を抜け出そうとする事も、今では少なくないのだ。
さらに王妃と王女がミューゼとパフィによって捕獲され、城に運ばれてきた事も有名な出来事である。
様々な事があり、今ではミューゼ達は、メイド達の希望の星になっていたのだった。
「わたくしとしても、ミューゼを専属に雇いたいですが……」
(なんという有難い雇用!)
(あの方ならば確実にネフテリア様を縛り上げてくれるはず!)
「今はまだ育児で忙しいからなぁ」
(えっ…あぁ、アリエッタちゃんの事でしたね)
「それに、祖母にもらった家は大事にしたいって言ってたし」
(ここに来て大きな壁が発覚!?)
「今ではフラウリージェとヴィーアンドクリーム、それとリリお姉様までセットになってるし、どうやって連れてこようかなぁ」
(前に比べて規模が膨れあがってるのは気のせいですか?)
ブツブツと現状を語るその周囲で、メイド達は内心戦慄していた。
フラウリージェは王妃が関わっているオシャレな超高級服飾店として、メイド達の間でも話題になっている。ベテランのメイドの給料でも、そう簡単に買えない程の値段がする服を作るので、せめて見るだけでもと、休日にニーニルへ行く予定を立てるメイドも少なくない。王女がその服を着て拉致…もとい帰ってきた日は、洗濯時に大騒ぎになっていた程である。
そんなフラウリージェや元王女のリリともセットにされているミューゼオラとは一体何者なのか。王女を平気で捕まえるような権力無視の相手に、一体どういった勧誘をすればいいのか。雇用への道のりが激しく険しい事を知り、無表情を貫いていたメイド達の顔が、少し崩れていた。
「まぁその前にどうやってミューゼを嫁にするかが問題よね」
(嫁の貰い手がいないからって、嫁を貰うつもりだよこの王女様!)
自由奔放に生きて、婚約者を得ようともしなかったネフテリアは現在フリーである。他国からの打診はあったものの、魔法は最強、城は抜け出す、男に興味が無いなど、その評判だけで他国の王子はやんわりと逃げ出していたのである。
ちなみにリリに関しては、単純に同年代に性悪が多過ぎたという、出会いに対してとことん運が無かっただけだったので、ネフテリアのように本人が悪いわけではない。
「いい加減またニーニルにいきたいなぁ……」
「……ミューゼオラ様達がいないのに、ニーニルに向かわれるおつもりなのですか?」
「うん。この前は最後の最後で捕まったけど、今度こそ成し遂げたい事があるのよ」
「それは一体……」
退屈していたネフテリアは、メイド達にその時の思い出を語り始めた。
──その日の夜、ネフテリアとフレアは、ミューゼの家のリビングで、アリエッタの絵を堪能していた。
「はぁ、アリエッタちゃんの絵はいくら眺めていても飽きないわねぇ」
「お母様、この絵はどうでしょう」
「これは…エインデル城かしら。美しく描かれているわ……はぁ」
異世界の風景を描くのにハマっているアリエッタの絵は、ニーニルの町並みや家の絵だけに留まらず、営業中のヴィーアンドクリームの情景や、高い場所からエインデルブルグの風景、そしてこれまでに訪れたリージョンまで描かれていた。
その中でも、フレアはエインデルブルグの王城が夕日を背にした絵を一目で気に入ったのである。
「わたくしは…こちらの絵が一番好きですね」
「これはハウドラント…ピアーニャ先生の屋敷かしら?」
「はい。一緒に行った時に、アリエッタちゃんが嬉しそうに描いてたんですよ」
ネフテリアのお気に入りは、空に降っていく噴水の水と、それを囲む虹が描かれた、雲に囲まれるピアーニャの屋敷の絵。明るく幻想的なその景色が、美しく描かれている。
「良いわねぇ……この絵頂けないかしら。城に飾りたいわぁ……」
「アリエッタちゃんに頼んで、大きな絵とか描いて貰えないでしょうかね」
「それよ! この大きさだったら部屋に飾るのにちょうどいいけれど、広間に飾ったりするには小さすぎるわ。頼めるなら頼みたいものね……間違いなく国宝になるわ」
絵というものが全く発展していない文化の中で、誰に見せても驚嘆と感動が帰ってくるアリエッタの絵は、他の誰にも真似出来ない希少品となる。
そんな物を目の当たりにした国の最高権力者が、それを欲するのは自然な流れとも言える。
「3人共、城に就職してくれないかしら」
「ホントよねぇ」
魔法を使った家事仕事が得意なミューゼ。食天使サンディちゃんの娘にして王城のアイドルとなったパフィ。そして数多のリージョンの中でもただ一人、心を奪われる程の絵を描く事ができる小さな女神アリエッタ。
この様な逸材しかいない家が身近にありつつも、以前の罪悪感やミューゼ達の立場のせいで、うまく勧誘すら出来ていないのが現状。
ヨークスフィルンで仲良くはなれたが、それで働いてもらえるかは、また別問題となっていた。もちろん3人の為ならば、城の門は全力で開け放つくらいの気持ちではある。
「せめて今夜は、この絵と共に楽しみましょう」
「そうね……うふふ」
2人はニヤリと笑い、手に持った絵を慎重に袋に入れ、絵の入った箱の蓋を閉じた。
そしてリビングを後にした。向かった先は……
「どっちがパフィちゃんの部屋?」
「……そっち」
ネフテリアは以前からこの家に来ているお陰で、部屋の事は熟知している。手伝うフリをしてミューゼに付きまとったり、パフィの料理を食べて両親に食レポという名の自慢をしたりもした。
寝室は把握しているし、入った事もあるが、夜はリビングで過ごしていた為、実はこの時かなり緊張していたのである。
「じゃあわたくしは、ミューゼの部屋へ……ごくり」
生唾を飲みこむと、フレアと頷き合い、時間的には禁断とも言えるその扉を開き、そして中へと入って行った。
ドアを閉じると、部屋の中の空気を全て吸い込む勢いで深呼吸し、ベッドの方を向いた。
「ミューゼ、わたくし来ちゃいました。うふ、うふふ」
完全に不審者である。
そんな変態に、部屋の中にいた人物が返事をした。
「よおぉぉこそネフテリア様ぁ。さぁ帰りましょうかああああ!」
「えっ……」
暗い部屋の中で、真っ黒い人物が仁王立ちでネフテリアを迎えた。
「し…シス!?」
暗闇に慣れた目に映るのは、護衛のオスルェンシスだった。そしてその傍らには、影でグルグルに縛られたフレアの姿もある。
「待ち伏せとは卑怯なっ!」
「留守中の人の家に侵入する卑劣なアンタらが言うなああああ!!」
怒りの叫びと共に影を広げ、影の触手を伸ばして、ネフテリアとフレアを影の中へと引きずり込んだ。そのままオスルェンシスも沈み、部屋からは誰もいなくなったのだった。
「──それが3日前の夜の出来事だったわ。まったく、後少しでミューゼのベッドを堪能出来たというのに」
(この国の王妃様と王女様は何やってるんでしょうかね!?)
なんとミューゼ達がクリエルテスで最初の野宿をしていた時に、家に侵入して色々堪能していたという。
2人の王族を捕まえたオスルェンシスは、逃がさない為にあえて転移を使わずに、ニーニルからエインデルブルグの王城まで影のまま走り続けたのである。そしてそのまま監禁されて、今に至る。
そんなとんでもない話を聞いてしまったメイド達は、ミューゼの勧誘が更に難しくなってしまっている事実に思い至り、表情を変えないまま負のオーラを出す程まで落ち込んでいた。
「うっかり持ってきてしまった絵も返さなきゃだしぃ、今度こそミューゼのベッドを味わいつくさないとねっ♪」
「気色悪い事を可愛く言わないでくださいっ! この国本当に大丈夫なんですか!?」
メイドはつい本音で叫んでしまっていた。ハッとして口を抑えるも、ネフテリア本人は気にした様子が全く無い。
「だいじょーぶだいじょーぶ。継ぐのはわたくしじゃないから、何も問題は無いわ!」
「自信満々に自虐しないでくださいよおおお!!」
ドガアアアアアン!!
メイドの悲痛な叫びと同時に、遠くから大きな破砕音が聞こえてきた。
何事かと振り返るメイドを見て、ネフテリアが静かに言い放つ。
「貴女やるわね。叫ぶだけで城を破壊するなんて」
「してませんけど!? っていうか城が壊れたんですか!?」
「いや分からないケド」
「テキトー過ぎませんか!?」
そんなやり取りをしていると、兵士が部屋の扉を叩き、そのまま大声で状況を説明し始めた。
「城門が破壊されました! 犯人は5名! ネフテリア様を出せと叫んでおります!」
「ほら当たった! 当たったよ!」
「なんで嬉しそうなんですか! どうするんですか!」
「行くしかないでしょ?」
非常事態という事で、メイド達も包囲を解き、ネフテリアは部屋を出た。そのままホールに向かって走っていく。
最初の破砕音以外は静かなもので、兵士達も慌ててはいない。むしろネフテリアを案内する方に集中している。
一体何が起こっているのか、有事となればネフテリアも真剣になり、すぐにホールへとたどり着いた。
そこで待っていたのは……
「ぅおっとお! 危ない危ない」
いきなり叩きつけられた蔓を躱し、体勢を整える。そして王女らしく、笑顔で魔法の主に挨拶をする。
「おかえりミューゼ。本日は何か御用かしら?」
壊れた入口を背に、ホールに立っているのは、ミューゼ、パフィ、アリエッタ、ピアーニャ、ラッチの5人。その中でも、ミューゼとパフィとピアーニャの顔が、汚物を見るように歪んでいた。
そして一呼吸置いてミューゼが叫ぶ。
「空き巣の犯人である王女をぶっ飛ばしにきましたっ!!」