☁️第3話:甘さに溶けた不安
涼架side
元貴との会話後、僕は自分の恋心をはっきり自覚した。
若井の隣でいちごミルクを飲む行為が、僕にとってもはや「特別な時間」だ。
その日の練習も終盤。
新曲のギターソロのフレーズを試している若井は、いつもならすぐに完璧にこなせるはずなのに、何度か指がもたれた。
「くっそー、なんでだ!」
若井は苛立ちを隠さずに、ギターをケースにしまい始めた。
「若井、珍しくイライラしてるね。どうしたの?」
僕が声をかけると、彼は軽く肩をすくめた。
「んー、いや、なんか今日はダメだ。集中力ないっていうか。休憩するわ」
そう言って、彼はそのまま休憩スペースに直行した。
僕は若井の様子がおかしいことに気づき、元貴と視線を交わす。
元貴は「ほらね」と言わんばかりに、静かに頷いた。
若井は、いつものように自販機でいちごミルクを買った。
僕も続いて、いちごミルクを買う。
二本のピンクのパックが並ぶ。
しかし、いつもの「おそろい」の嬉しそうな笑顔は、今日の若井にはなかった。
彼はストローを刺したパックを握りしめたまま、うつむいている。
「ねぇ、若井。飲まないの?」
僕が声をかけると、若井は顔を上げた。
その目は、少しだけ赤く見えた。
「……あ、うん。飲む飲む」
彼は無理に笑顔を作り、一口飲んだ。
けれど、その様子はいつものような至福の瞬間ではなく、ただの義務のように見えた。
元貴は気を利かせたのか、スマホを取り出し、ヘッドホンをつけて音楽を聴き始めた。
これは、僕たち二人きりの空間を作るという、彼の優しさだ。
「……本当にどうしたの?ギター、そんなに詰まるなんて珍しいじゃん」
僕は若井の隣に座り直し、静かに尋ねた。
若井は口を開きかけたが、すぐに言葉を飲み込み、もう一口いちごミルクを飲んだ。
「んー、なんだろうな。最近、正直不安なんだよ」
「不安?」
「うん。ほら、来月予定してるライブハウスのイベント。俺、本当にあそこで演奏するレベルなのかなって。なんか、自信ないんだよね」
若井は、明るい笑顔の下に隠していた本音を、ぽつりと漏らした。
「俺さ、ギターは好きだけど、元貴みたいに天才的じゃないし、涼ちゃんみたいに冷静に全体を見れない。ただ、うるさく掻き鳴らしてるだけじゃないかなって、急に怖くなった」
「そんなことないよ!若井のギターは、バンドの魂だよ。あの明るい音色があるから、ミセスの曲が前向きになれるんだ」
僕が強く否定すると、若井は苦笑いした。
「ありがとう。でもね、時々考えるんだ。俺が弾けなくても、誰か代わりはあるんじゃないか。俺が頑張っても、結局、何も変わらないんじゃないか、って」
若井はパックをきゅっと握りしめた。
「このいちごミルクってさ、めっちゃ甘いじゃん。これを飲んでる間だけは『大丈夫、まだ頑張れる』って、自分に嘘つける気がしてたんだ」
それは、現実逃避するための、彼にとってのシェルターだったのだ。
「でも、今日はその『大丈夫』が、全然喉通らなくて。練習でミスするたりに『やっぱりダメだ』って、甘さも何も感じなくなっちゃった」
「若井……」
僕は、何も言わず、自分のパックを一気に飲み干した。
そして、彼の顔を見つめた。
「あのね、若井。僕が毎日いちごミルクを飲むようになった理由、話してなかったよね」
「え?気分転換じゃないの?」
「半分はそう。でも、もう半分はね、若井がこれ飲んでる時の顔を見るのが、好きだったから」
僕は勇気を出して、『好き』という言葉を使った。
それは恋の告白ではないけれど、僕の気持ちの一部だ。
「若井が『リセット』されるって言って飲む時の、本当に心から安心したような顔。それが、僕にとっての『大丈夫』だったんだよ」
若井は、初めて僕の言葉に、心底驚いたような表情を見せた。
「だから、お願い。若井の『大丈夫』は、この甘い飲み物に頼らなくても、ちゃんと僕たちの隣にあることを忘れないで」
僕はそっと、若井の指が強く食い込んでいるいちごミルクのパックの上に、自分の手を重ねた
「若井の不安は、僕が半分こするよ。だから、そんなに一人で全部背負おうとしないで。いちごミルクはあくまで休憩。立ち直るための、ちょっとした燃料でいいんだ」
僕の手に触れた若井の指先は、ひどく冷たかった。
しばらくの沈黙の後、若井はきつく握りしめていたパックから、ゆっくりと力を抜いた。
「……涼ちゃん、ありがとう。なんか、マジでちょっと泣きそう」
彼はそう言って、ようやくいつもの少しおどけた笑顔を浮かべた。
その笑顔は、さっきまでの無理な作り笑いとは違う、本心からの安堵の色を帯びていた。
「そっか。じゃあ、早く飲んで泣き止みな。今日のおそろいのリセットボタンが、まだ残ってるでしょ」
若井は僕の言葉に頷き、ようやく残りのいちごミルクを吸い込んだ。
「んー、やっぱ、これだよな。隣に涼ちゃんがいると、特に甘いわ」
その言葉に、僕の心臓がまた跳ねた。
僕の優しさが、若井の甘さに溶け込んで、彼を救えたなら。
それだけで、僕のこの片思いは報われる気がした。
次回予告
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コメント
2件
やだ涼ちゃんが大人だわ。かっけぇっす……
私も立ち直る燃料欲しいなぁ~💦ミセスって言う燃料💛♥️💙💚🍏