テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……事故?」
「そう、なんか、偶然そうなってしまったみたいな。まぁ、そういう流れでって感じで」
自分でも何言ってるか分からなくなってきた。本当はりゅうせいの顔を見た途端、こっちはずっと動揺してんだよ。
「……そうか、事故か。じゃあ謝らなくてもいいんだ」
「いいよ、全然。気にしてない」
何なんだ、その嬉しそうな顔は。本当は後悔してたってことか? そらノリで家に寄った上司と、タバコ臭いキスなんて、なかったことにしたい汚点だよな。
「良かった! じゃあ、今日もいつきくんち行っていい?」
「え、え? 何言ってんの?」
本当に、りゅうせいの脳の回路はどうなってんだ。それに待て、お前まで「いつきくん」呼びかよ。いっちゃんに許した手前、もうどうもできんわ。
「え、俺がうん○の話をしちゃったから、いつきくん萎えちゃったんだよね? だから、今日もう一回キスからやり直ししよ?」
そんな嬉しそうに手握ってブンブン振り回して。マジで分かんない。りゅうせいは一体、俺に何を求めてんの?
「……りゅうせいって、えっと……」
「ん?」
いや、待て。「俺のこと好きなの?」って聞いてどうなる。この前キスを受け入れてしまった事も確かで、俺も悪い気はしなかった。だって綺麗だし、一緒にいると可愛いし。だけど、付き合うかってなると話は別だ。我が子がいる限り、もう誰とも向き合う気はない。大切な人間を一人大事に出来ないのに、次なんて考えられない。気持ちなんて聞かない方がいい。
「あ、恋人、いたよな? 誕生日は一緒に過ごしたんだろ?」
「ううん、別れた。誕生日は昼間、お母さんとデートしてたの」
「……お母さんと。……で、なんで俺んち来たの?」
「ん? なんか……ムラムラしちゃって」
えー……ムラムラして、なんで俺なんだよ。もっと他に可愛い子いただろう。チョイス最悪だろう。てか、お母さんとデートした後ムラムラって変態なのか? そこ、突っ込んでいいとこなの?
「……俺んち風俗じゃねぇからな。何タダでやろうとしてんだよ」
「だって!」
何か言いたそうな顔してんな。冗談で話流そうとしたけど、これはもう無視できないことなのかな。
「……なに?」
「……いつきくんに会いたいなって思ったんだもん。いつきくんじゃないとやだなって思ったんだもん」
……くぅぅ、迂闊にもキュンとした。ダメだって。こんなのどうしようもないって。
「……りゅうせいはさ、俺のこと好きなの?」
ここは大事な問題だ。ここの気持ちがあるかないかで、今後がすべて変わってくる。
「うん、大好き! 初めて会った時からずっと! 大好き!」
「……初めて会った時からって、お前、彼女いただろ?」
「うん、いたよ。でも大好きって思っちゃったんだもん。仕方ないよね」
くそっ、可愛い……! まっすぐな瞳でそんなストレートな言葉を、少し食い気味にぶつけてくるなんて。ダメだ、耐えろ俺!
「……じゃあ、ダメだ。本気だって言うなら、りゅうせいとはできない。こないだの一回きりで終わり。そんで、この話も終わり」
俺は心を鬼にして、煙草を灰皿に押し付けた。そう、これでいい。バツイチ、子持ち、養育費……俺にはもう、無責任に恋愛する資格なんてなんもない。
「なんで? いつきくん、付き合ってる人いないよね? それにバツイチだし、貧乏だし、もう俺以外誰も相手にしてくれないと思うんだけど!」
「りゅうせい、お前さぁ……」
そんなきゅるきゅるした可愛いおめめで、追い打ちのように酷いことを言わないでくれ。これでも俺、社内ではバツイチの色気とやらで少しはモテるんだぞ?……たぶん。
「……そっかぁ。やっぱり女の子がいいよね。前の奥さん、めっちゃ可愛かったんでしょ? ちっちゃくてふわふわで、俺とは真逆の……」
ちょっ、待て。鼻声になってないか?
屋上の冷たい風が、りゅうせいの濡れた瞳を際立たせる。ダメだって、そんな俺なんかで泣いたって、良いことなんて一つもない。
「おっ! パワハラっすか?! それともセクハラ?! あと、何ハラがあったっけ、いっちゃん?」
「もぉ、いつきくんがそんなことしないの、だいきくんが一番よく知ってるだろ?」
ナイス、いっちゃん! 救世主! ……って、おいお前、だいき! なんでヘラヘラしてんだ、火に油を注ぐんじゃねえ! マジで上に訴えられたらどうするんだよ。俺、本当に何もなくなるよ? 人生終わりだよ?
「だいきくぅん、ダメだったぁ。いつきくん、本気の人相手にはしないんだってぇ。好きじゃないって嘘つけばよかったぁ……」
えーん、とわざとらしい嘘泣きをしながら、りゅうせいがだいきに抱きつく。
「こらりゅうせい。自分のこと安売りしちゃダメでしょ? 周りをちゃんと見て。りゅうせいのこと本気で好きな人、いっぱいいるよ?」
「あー! だいきくん、りゅうせいのこと狙ってんだぁ。バレバレじゃん」
「あほ、俺じゃねぇわ。俺は他にちゃんと好きな人がいんの! 意外と一途なの!」
「えーん、いっちゃん、だいきくんにも振られたぁ……」
「やめろよりゅうせい。俺はお前を甘やかさねぇ」
りゅうせいに抱きつかれそうになったいっちゃんが、ひらりと身をかわす。その軽妙な動きと、まるでコントのようなやり取りに、張り詰めていた空気がどこかへ消えていき、思わず「ブハッ」と吹き出してしまった。
「もうっ! 笑い事じゃないからね!」
プンスカ怒っているりゅうせいの横で、いっちゃんとだいきがケラケラと笑い合っている。……全く、どこまでが本気で、どこからが芝居なんだか。