コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆◆◆◆
琥珀が帰ってきたのは、真珠が最寄りのコンビニに寄って絹豆腐を買い、麻婆豆腐を作り終えてから、ちょうど1時間が経った頃だった。
「ただいま」
彼はスーツのネクタイを緩めると、何もなかったように真珠を見つめた。
――あの男は誰だったの?
どんな性犯罪を犯してきたの?
誰からの依頼なの?
どうやって殺したの?
死体はどうしたの?
「おかえり」
真珠からも質問したりなんかしない。
家では“終わった仕事”の話はしない。
それが2人で決めたルールだ。
「先にシャワー浴びて来たら?」
「そうだね」
琥珀は小さく息を吐いた。
「ところで姉さん」
そしてナイフのような鋭い目付きで真珠を睨み落とすと、
「この怪我はどうしたの」
骨が軋むような強い力で、細い右手首を掴んだ。
************
真珠は門脇夫婦と渡部の視線がこちらに向いていないことを確認して、小学生の兄にカッターを渡した。
「使ったことある?」
「あるけど、あのときは先生と……」
兄の目が不安そうに泳ぐ。
「しゅごーい、お兄ちゃん。大人みたい」
隣で見ている妹の目が輝く。
「―――やってみよっか」
真珠は戸惑う兄の目を覗き込みながら言った。
「お姉さんが押さえててあげるから」
真珠は微笑むと、カッターの進行方向にわざと自分の親指を置きながら、手を折り紙に添えた。
************
「そのままカッターの刃を引かせ、わざと自分の指まで切らせたの」
手首を掴みそのままソファへと真珠を押し倒した琥珀は、片膝を座面に乗せながら覗き込んだ。
「それで?」
「傷の手当てして帰っていいって店長が……」
琥珀は大袈裟に息をつきながら、前髪を掻きむしった。
「だって、そうでもしないと約束の時間に間に合わなかったの。傷だって最小限にしたし、その子にも私の手が滑ったせいだって説明しーーー」
「でもさ」
低い声が真珠の言葉を遮る。
「それって約束違反じゃない?」
「……約束違反?」
「決めたよね。この仕事をすることになった時に。自分の身体を危険にさらすような無理はしないって」
「………あ」
自分の身体に覆い被さり、ネクタイを緩めた琥珀を見上げた。
「お仕置きが必要だね。……姉さん?」
◇◇◇◇
「……こ……琥珀……!」
やっとのことで名前を呼ぶと、
「なに」
背後から低い声が降ってくる。
「も……許して……ッ」
必死にそこまで言うと、真珠は枕に顔を埋めた。
「――ダメだよ」
さっきよりももっと低い声が吐き出される。
「姉さんはわかってない」
執拗に打ちつけられる腰がしびれ、擦られ抉られる中がジンジンと熱い。
「もう、わかった……から…!」
必死に言うが琥珀はひと際強く奥まで腰を入れ込むと、ふっと鼻で笑った。
「姉さんは何もわかってないよ。じゃあなんで僕が怒ってるか言ってみて」
「―――だから、それは私が……怪我を」
「ブブー。やっぱりやめてやんない」
間髪入れずにそう言うと、琥珀は腰を押さえていた両手を真珠の両脇のシーツについて、背中に覆い被さってきた。
「……んんッ!!」
臍の下を抉られて、思わず高い声が出る。
枕に口を押し付けていなければとっくに隣の部屋から苦情が来ているかもしれない。
すでに下の階の独居男性からは、ゴミ出しで会うたびに白い目で見られているというのに……。
少しでも刺激を吸収しようと、琥珀の両腕に手を伸ばす。
―――太い腕。
特にスポーツなんてやっていた記憶はないのだが、14年前、父親が蒸発した当初は細くて小さかった体が、今や当時の父をゆうに追い越して逞しい男の身体になっている。
こうなると2歳年上の姉の貫禄なんて全く意味をなさない。
身長差20㎝、体重差20㎏。
裸で交わる男女の主導権は明らかだ。
挿す者と、挿されるモノ。
自分に発言権など存在しない。
シーツについていた右手が真珠の脇から鎖骨に伸びて上半身を逸らせると、左手が無防備になった形のいい胸を弄った。
「……アッ、ああッ!」
真珠も琥珀の腰に両手を回し、出来るだけ挿送のストロークを短くしようとするのだが、すでに深く挿しこまれたモノが痛いほど熱いところに当たって、その度に悲鳴が漏れる。
「……あ、……アアッ、……あ!」
思考が溶ける代わりに、脳が妙に活性化し始める。
私たちは何をやっているのだろう。
血を分けた実の姉弟なのに。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
そうだ。
あの男だ。
3年前ーー。
あの男がこの家に訪ねてきたのがいけないんだ。
「イキそ?……いいよ。イッて」
琥珀が耳元で囁く。
真珠は佐久間の狸のような顔を思い浮かべながら、唇を噛みしめ身体を痙攣させた。