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その地は王国の遥か南西に位置する。多種多様な野菜や果実が栽培されており、農作物は王国だけでなく周辺の村々にとっても欠かせない。
土地の名前はジイダン耕地。土壌の良さも相まって、開拓の歴史は千年を優に超えている。
名もなき小さな農村があちこちに点在するも、最大の集落としてシイダン村が挙げられる。ギルド会館の設立を拒否した稀有な村ながらも、実態は傭兵の力を借りなければ成り立たない。
害虫でもある魔物を退けるためではない。
作物の収穫とその運搬には人手が必要だからだ。
農家は傭兵組合を介さずに助力を乞うも、そのためには彼らを探す必要がある。その労力も無視出来ないため、いつしか暗黙の了解で傭兵の立ち寄り所が建設され、そこがギルド会館の代替施設として機能する。
もっとも、イダンリネア王国から完全に隔絶しているわけではない。
王国軍の常駐は受け入れており、この地が食料供給の点で重要なことから、王国は先制防衛軍を派遣している。
その軍隊は監視哨や周辺の村に常駐、魔物の動向を監視する専門家だ。一つの部隊は百人にも満たないが、その規模で十分な防衛力を発揮する。
極稀に、その何倍もの軍人がシイダン村に集ってしまう。
今回はそういう状況だ。
なぜなら、毎年恒例の行事があり、護衛として別の部隊が派遣された。
第一遠征部隊。遠征討伐軍の一つであり、僻地で巨人族を打ち倒すことが本業だ。
率いる男は、ジーター・バイオ。寡黙かつ二枚目な隊長ながらも、実年齢は四十代のベテランだ。その実力と部下からの信頼は本物ゆえ、今回の大仕事に抜擢された。
深緑色の軍服は第一遠征部隊の証だ。彼らは毅然と歩いており、隊長自らが列の先頭に立っている。
しかし、全員が軍人というわけではない。ジーターの傍らには異物のような二人が歩いている。
銀髪の傭兵と、瑠璃色の髪を揺らす少女。彼らは兄と妹なのか、ピクニックのように手を繋いでいる。
実は、この二人こそが護衛の対象だ。
そうなのだが、その実力はこの場の誰よりも突出しており、仮に第一遠征部隊の軍人全員を相手にしても、無傷の圧勝は間違いない。
兄と思われる傭兵の名前はウイル・エヴィ。真新しい革鎧をしゃんと着こなす風貌は傭兵のそれだが、実際にはエヴィ家の長男であり、つまりは貴族だ。
そうであろうと、腰の片手剣は飾りではない。その実力は、過去に煉獄の魔物を退けたことからも証明されている。
隣の少女は、パオラ・エヴィ。養子としてエヴィ家に迎え入れられた子供ながらも、生まれもった超越者であり、その才能は数百年に一人の逸材と言っても過言ではない。
彼女は青紫の髪を後頭部で束ねており、尻尾のようなそれが歩く度に踊っている。上品なワンピースはドレスのように美しく、濃い紺色ゆえ、髪色に合わせられたコーディネートがかわいらしい。
二人が王国軍を引き連れてこの地に訪れた理由。それはエヴィ家の使命に起因する。
エヴィ家の仕事は、国内の物流の監視と管理だ。その範疇は東の大国との貿易も含めれており、また、南の村々については管轄外ながらも、シイダン耕地の農作物だけは例外だ。
特権階級でありながら、この二人は並外れた身体能力を誇る。
それゆえに、王国軍による護衛など不要なのだが、貴族である以上、そういったわがままは許されない。
ましてや、この遠征は重要な行事だ。形だけのパフォーマンスであろうと、イダンリネア王国の威光を示さなければならない。
青々と茂った草原地帯を南下し続けた結果、隊長が久方ぶりに口を開く。
「ウイル様、シイダン村が見えてきました」
ジーターの言う通り、遠方に大きな村が小さく現れる。簡易な壁に囲まれており、王国と比べるとお粗末な防衛だ。
それでも問題ない理由は、この地が平穏なことに他ならない。巨人族や魔女に狙われることはほとんどなく、なぜならそれらの進行ルートは大陸の北側をなぞるように東へ進むため、シイダン耕地を目指す場合、先ずはイダンリネア王国を攻め落とす必要がある。
だからこそ、王国の南に位置する村々は比較的安全だ。警戒すべきは周辺の魔物だけであり、少ない防衛力で事足りる。
そういった事情からも、シイダン耕地の開拓は理に適った施策だ。
最低限の人員で、農村と畑を守れる。
この事実はイダンリネア王国としてもありがたい。リソースの大半を自分達のために割けるのだから、誰も損をしない。
もっとも、銀髪の貴族は複雑な心境だ。
(やっと着いたか。パオラが楽しんでくれたから文句はないけど、まさか一週間もかけるとは……)
この地への移動は、当然ながら徒歩だ。二百人と二人がぞろぞろと歩き続けた結果、七日目に目的地へたどり着く。
その足取りは決して遅くない。朝から晩まで、最低限の休憩でテキパキと歩き続けた。彼らだからこそ一週間で済んだとも言えるのだが、ウイルが笑顔の仮面を張りつけながら心の中で涙を流す理由は、この青年が元傭兵ゆえか。
(半日、いや、ちょっと本気出せば、一時間で走れるのに……。まぁ、でも、これもお仕事なんだし、前向きにいこう)
何のトラブルもなしにたどり着けた。この事実は揺るがなく、ウイルは前髪を風に吹かれながら相槌を打つ。
「ジーター隊長、ここまでありがとうございました。シイダン村に到着次第、皆を休ませてください」
「お気遣い、ありがとうございます」
実は、いらぬ心配だ。
第一遠征部隊の軍人達は、このような遠出に慣れている。
ましてや、ここまでの道のりにおいて戦う機会はほとんどなく、ゆえに体力はあり余っている。
魔物と出会わなかったわけではない。
その全てが、ジーターとパオラによって排除された。
それを可能とした人物こそが、ウイルだ。
「進行方向に魔物はいません。右手方向に二体、おそらくはシイダンエルカがいますけど、温和な奴らなので問題ないはずです。このまま進みましょう」
これこそがこの青年の能力だ。
魔法とも戦技とも異なる方法で、ウイルは周辺の魔物を感知出来る。
この索敵能力は、第三の神秘と呼ばれる天技だ。非常に希少な能力ながらも、一方で手放しでは喜べない。
天技を会得した者は覚醒者と呼ばれるのだが、引き換えに魔法や戦技を身に着けられない。
ウイルについても例外ではない。魔物の居場所を知ることは出来ても、それ以外の能力は未収得だ。
それでも困らない理由は二点。
一つ目は、身体能力が非常に高いから。つまりは、魔法や戦技に頼る必要がない。
二つ目は、彼が貴族だからだ。傭兵を引退した以上、今後は王国運営に専念すればよい。
そういう意味では、この遠征も貴族としての責務だ。片道一週間の行事ながらも、兄妹はついにたどり着く。
シイダン村。シイダン耕地の東に位置する、規模の大きな集落だ。
ぞろぞろと軍人を率いて、長身の隊長と二人の貴族が足を踏み入れる。
イダンリネア王国と比べれば、牧歌的な街並みだ。背の高い建物は宿屋くらいで、その他は様々な年代に建てられたであろう一戸建てが道沿いに立ち並んでいる。
村民の視線を集めながら、ウイルは念のため確認せずにはいられない。
「ジーター隊長」
「はい」
「このまま村長の元へ向かいますが、構いませんか?」
「了解です。もとよりそのつもりでいました」
太陽がサンサンと輝いており、就寝にはまだ早い。疲労の面でも問題ないため、ウイルはパオラと隊長の二人だけを引き連れ、指定された場所へ向かう。
到着した場所は、立派な古民家だ。豪邸とは程遠いが、その面積なら客人を十分にもてなせる。
銀髪の青年は、ここへの訪問が二度目だ。去年は父に付き添って訪れたのだが、今回は主役を勤めなければならない。
通された部屋は、会議室のような広さだ。立派な椅子や高そうな壺は所有者の見栄ではなく、訪問者の気品に合わせた結果と言えよう。
遠征の目的でもある、シイダン耕地の作況調査が始まった瞬間だ。
室内には三人と一人が向かい合っている。
ウイルの右手にはパオラ。行儀正しく座りながらも、出されたお茶を瞬く間に飲み干してしまった。
左手側には軍人のジーター。長身ゆえにそれだけで他者を威圧してしまうのだが、今は人形のように動かない。
真正面には、この村の村長が座っている。
若くはないが老人でもないこの男は、一見すると大工か農家だ。軍人や傭兵のように筋肉を備えており、少なくとも常日頃から力仕事に汗を流さなければこのような肉体は得られない。
一方で、その身なりは十分に清潔だ。パオラのような高級服ではないものの、革鎧のウイルよりは身分が高そうに見える。
大きな顔はニコニコと微笑んでおり、手元の資料は飾りではないのだが、頭の中に必要なデータは収納済みだ。
ウイルは出されたコップに口を付けると、わずかに喉を潤して話し合いを始める。
その結果、内容は概ね予想通りだった。
今年の収穫量は例年通り。理想はわずかに向上させたかったが、現実はそうもいかない。
なぜなら、とにもかくにも人手不足だ。フル稼働させて去年と同量を収穫するのがやっとゆえ、さらに増やすとなると王国からの移住を視野に入れなければならない。
畑を耕すにもマンパワーが必要な上、その作業も一日や二日では済まない。
イダンリネア王国が作物の増産を願う理由。それは魔女の移住に他ならない。
二年前の出来事だ。
レベレーシ高原の北に位置する山脈には、魔女がひっそりと隠れ住んでいた。王国や他の魔女と関わろうとはしない、いわば中立派とも呼ばれる彼女らだったが、突然の襲撃に晒され、半数が殺されてしまう。
生き延びた者達は、故郷を捨てて他国に移住するしかなかった。
王国は彼女らを受け入れるも、人口の増加は食糧事情を直撃してしまう。
もっとも、大きな混乱は起きなかった。
王国は漁業の強化に努めたためだ。
その一環として、港を拡大させるのだが、隣接する土地は貧困街ゆえ、工事は滞りなく進められた。
また、移住者でもある魔女が率先して協力したことも大きいだろう。彼女らの大多数は力を持たない凡人ながらも、裏を返すと一部は優秀な戦士だ。
ある者は傭兵へ。
ある者は軍人に。
王国はそういった者達を歓迎し、魔物の討伐数増加と防衛力の増強はイダンリネア王国の安定へ繋がった。
そして今に至るも、一方で農産物の増産を諦めたわけではない。
ウイルはエヴィ家の跡取りとして、去年に引き続き今年も村長にその旨を訴える。
このやり取りが長い会議の締めとなるも、空気が和らいだタイミングで雑談代わりに懸念事項を受け取ってしまう。
村長曰く、西のケイロー渓谷にてゴブリンが異常なまでに増えているらしい。
また、ここ最近、小さいながらも地震が何度も起きており、村民が不安感を抱いている。
後者に関しては、貴族のウイルもお手上げだ。軍隊や傭兵を派遣したところで対処のしようがないことから、ゴブリンの件についてだけ調査を確約する。
もっとも、王国は既にこの件を把握済みだ。傭兵組合を介して傭兵に調べさせており、可能な範囲で討伐を試みている。
それでもなお、農家が気づいてしまう程度には異常事態だ。ケイロー渓谷はゴブリンの巣窟ながらも、今回は過去に例がないほどにその総数が増えているらしい。
ウイルも傭兵時代は、ケイロー渓谷でゴブリンを狩ったことがある。
山脈に挟まれた土地ゆえ、攻め込む側より待ち受ける方が地理的に有利だ。
さらには、ゴブリンという種族は知能を持った魔物な上、クロスボウは傭兵を殺すには十分過ぎる威力を誇る。
傭兵が人間離れした集団であろうと、一瞬の油断が命取りになってしまう。
ゴブリン狩りは割に合わない依頼だ。人間側にゴブリンを食べる習慣がないため、報酬はどうしても抑えられてしまう。
ゆえに王国は時折、軍隊を派遣するのだが、ウイルは第三の手段を講じる。
単身でゴブリンを掃討するつもりだ。それを可能する身体能力の持ち主ゆえ、パオラとジーター達には明日の待機を言い渡す。
当然ながら、軍人は首を縦に振らない。
妹も頬をぷっくりと膨らました。
明日はシイダン村とその周辺を観光するつもりだったが、予定が書き換えられた瞬間だ。
かつて、煉獄の魔物を退けた元傭兵。
生まれながらの超越者。
第一遠征部隊の隊長。
そして、二百人の軍人。
彼らはケイロー渓谷を目指す。
その過程で何と遭遇するのか、今は知る由もない。
#ラブコメ
奏多
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#ファンタジー
祖国様神〜!
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アトハ
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コメント
1件
おお、117話お疲れ様です!今回はシイダン耕地の作況調査っていう、いわゆるお仕事回って感じでしたね。ウイルの天技「索敵能力」の便利さと引き換えに魔法や戦技が使えないって設定、めっちゃスキル構成好きだわ。内心で「半日、いや、一時間で走れるのに」ってぼやいてるところ、笑った。パオラちゃんも相変わらず可愛いし、ジーター隊長との距離感も良い感じ。ゴブリン異常増加の伏線、これからどうなるんだろ。続き気になる~!🔥