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花月夜れん
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耀聖(ようせい)
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耀聖(ようせい)
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それは真夜中の出来事だった。
起床の時間だと促すように、体が揺さぶられる。
否、そうではない。
ベッドがゆらゆらと揺れている。
突然の事態に、青年は脳を一瞬で覚醒させた。
(何だ? コトコト、コトコト、部屋が鳴いている? いや、違う。揺れてるんだ)
彼の名前はウイル。エヴィ家の長男であり、貴族でありながらかつては傭兵として名を馳せた。
今は家を継ぐため、父の仕事を手伝っている。
室内が見慣れない理由もその一環だ。
作物の収穫状況を調査するため、昨日この地を訪れた。
そのまま宿で一泊するも、ウイルは真っ暗な空間をじっと見つめる。
(そういえば、村長さんが言ってたな。最近は地震が多いって……。こうして揺さぶられてると、眩暈みたいで気持ち悪いかも)
この地揺れに対して、抗う術などない。
なぜなら、ベッドだけではなく、部屋そのものが静かに揺れている。
建物が壊れるほどではない。家具や置物も倒れることはなさそうだ。
そうであろうと、ウイルはベッドの中で周囲を観察してしまう。
(まだ揺れてる。あ、止まった……かな。王国だとこんなこと一度もなかったけど、シイダン耕地特有の現象なのか? 傭兵やってた頃はエルさんと何度も来てたけど、そんなことは一度もなかったような……)
何はともあれ、地震は収まった。
ウイルはゆっくりと瞳を閉じると、安堵するように二度寝を決め込む。
今日は西の地へ遠征だ。ゴブリンがその地に集っているらしく、調査と間引きを買って出た。
貴重な睡眠時間を無駄にするわけにはいかない。
長距離を走るためにも。
戦いに備えるためにも。
不安感を忘れるように、ウイルは瞬く間に寝息を立てる。
激動の一日はこうして幕を上げた。
◆
シイダン村の宿は質素ながらも居住性は申し分ない。
快適な睡眠は朝方の地震によって遮られたが、朝日が昇れば心地良い一日の始まりだ。
ウイルは妹のパオラと共に食堂で朝食を楽しんでいる。貴族に不釣り合いの素朴な食事ながらも、この二人はそのようなことで駄々をこねたりはしない。
「トマトがみずみずしくてなかなか……。あ、パオラ、残すならちょうだい」
「のこさない!」
ここは大衆食堂ゆえ、周囲は多数の人間で賑わっている。
農家。
傭兵。
軍人。
その顔触れは多種多様だ。
そういう意味ではこの兄妹も異色なのだろう。
もっとも、当人達は気にもせずに美味な朝食を味わい尽くす。
幸か不幸か、タイミングとしては最適だった。ウイルが最後の皿を空にしたタイミングで、長身の軍人が歩み寄ってくる。
「ウイル様、少しよろしいか?」
深緑色の軍服を着たこの男はジーター・バイオ。今回の遠征に付き添う部隊の隊長だ。
普段から寡黙な男ながらも、今回はピリリと緊張感をまとわせている。
それを感じ取った以上、ウイルとしても背筋を正すしかない。
「どうしました?」
「傭兵が騒いでおりまして。具体的には、ヘビのようなミミズのような、巨大な化け物がここに迫っていると訴えています」
「それで?」
「住民を避難させろ、と。また、王国軍は迎撃に加われ、とも」
「なるほど……」
意味不明な主張だ。
通常ならば、その傭兵が錯乱しているのか、あるいは酔っぱらっているのだろうとあしらうべきだろう。
しかし、この貴族はそれをしない。
なぜなら、傭兵は夢想家ながらもホラ吹きでないことを知っている。
ゆえに、ウイルの決断は早かった。
「その人に会わせてください」
「了解です。こちらへ」
実は、案内など必要ない。建物から一歩外へ出れば、遠方に人だかりが出来ている。
主に傭兵と軍人が集まっており、遠方からでも耳をすませば容易に聞き取れるほどの声量だ。
「う、嘘じゃないって! マジ、やばいんだよ!」
女の声が騒いでいる。
対照的に、周りの野次馬達は冷静だ。
しかし、その反応は二分している。
半信半疑ながらも、情報から状況を考察する傭兵達。
意味不明な訴えに対して、冷ややかな視線を向ける軍人達。
どちらも至極まっとうな態度だろう。
なぜなら、真実がわからない。
だからこそ、聞き取り調査が必要だ。
この場の誰よりも長身なジーターが現れたことで、賑やかな空気は幾分静まる。
「ウイル様、この女です」
「ありがとう」
ジーターは第一遠征部隊の隊長だ。彼の部下は当然ながら、この地に常駐している軍人でさえ、この男が声を発したタイミングで話すのを止める。
一方で、傭兵達は眉をひそめてしまう。
当然だろう。一目で強いとわかる軍人が、傭兵のような青年と、能天気そうな少女を連れ歩く。この構図は第三者からすれば意味不明ゆえ、彼らとしても観察せずにはいられない。
好機の目に晒されようと、ウイルは至って冷静だ。太陽の光で灰色の髪を輝かせながら、眼前の女性へ語りかける。
「私はウイル、一応、あなたと同業です。何があって何を見たのか、教えてください」
しかし、この問いかけが彼女の神経を逆なでてしまう。
なぜなら、既に何度も説明した。
この地に危機が迫っていることを。
救援が必要なことを。
一分一秒が惜しいのだから、こんなところで問答を続けたくない。
それでも今は、大きく息を吐く。自分自身を落ち着かせるためであり、女は改めて説明を始める。
「ご丁寧にどうも。俺の名前はチコ。ケイロー渓谷の手前で、とんでもない魔物と出くわしたんだ。今頃は、仲間がそいつと戦ってる」
チコと名乗った傭兵は、軽装ゆえに腕や脚を露出させている。
腰の短剣からもわかるように、接近を得意とするのだろう。
黄色い髪はウイルよりも短く、汗だくながらもまとう雰囲気は刺々しい。
彼女の足は痙攣するように震えてしまっている。ケイロー渓谷は遥か遠方ゆえ、余力を残さず走ったのだろう。
疲弊しながらも、チコは休まず訴えた。
その成果がこれだ。ウイルという重要人物をこの場に呼び寄せた。
「チコさんやお仲間さんでは、倒せないくらいの敵ってことですか?」
「悔しいが、そういうこった。あれは……、でかいなんてもんじゃない。巨人族でさえ、丸のみだろうよ」
巨人族は、人間の倍近い体躯を誇る。
それを一口で飲み込める怪物など、魔物図鑑を探しても見つけられない。
そのはずだが、チコはその目で見たように言ってのける。
なぜなら、それが虚言ではなく事実だからだ。
ウイルも疑ってはいないのだが、確認せずにはいられない。
「そいつはヘビだかミミズのような見た目……と」
「ああ、そんな感じだった。あいつはおそらくだが、真っすぐここに向かっている。畑を踏み潰しながら、既に何人も農家のおっさんやおばさんが食われちまった。それと……、い、意味がわかんないんだけど、ゴブリン共もあの化け物と戦ってやがった。俺達に気づいていながらも、まるで共闘するように化け物へ攻撃を集中させてた。なぁ、意味わかるか?」
にわかには信じ難い発言だ。
そうであろうと、ウイルは眼前の傭兵を否定しない。
「そいつらは、もしかしてケイロー渓谷のゴブリン?」
「多分な……。あんたなら、王国軍に命令出来るんじゃないか? なんか、その、偉そうだし……」
隊長を従えているのだから、そう見えても仕方ない。
ましてや、この青年は貴族だ。イダンリネア王国における特権階級であり、その地位は上位一パーセントと言っても大袈裟ではない。
「わかりました。もとよりそのつもりです。ジーターさん、早速向かいましょう」
「了解です。部下達は?」
「私とパオラで先行しますので、追いかけてきてください。きっとジーターさんでも、私達にはついてこれないと思うので」
厳しい言い方だが、事実だ。
ウイルとパオラの実力は、隊長を遥かにしのぐ。ジーターでさえ、この兄妹のペースで走ることなど出来ない。
強者が弱者に合わせる理由がないため、ウイルは独断先行を即決した。
この判断に対して、隊長は素直に従う。
「すぐに向かいます。無茶だけはなさらずに……」
「わかっています。勝てない相手だったら、時間稼ぎに徹します。村民の避難については、一度魔物を見てからじゃないと何とも……。チコさん、そいつは今どこに?」
「あ、ああ、案内するよ」
「いえ、第一遠征部隊の人達と一緒に向かってください。私は急ぐためにも先行します」
「そうかい。あいつなら、真っすぐ西へ向かえば出会えるはずさ。目立つし、うるさいからね」
その方角こそが、ケイロー渓谷だ。
巨大ヘビ、あるいは巨大ミミズがシイダン村を目指しているのなら、チコの言う通り、発見は容易い。
ウイルの意向を受け、ジーターが軍人達へ命令を下す。
第一遠征部隊は出発の準備を。
常駐していた部隊は、指示があるまで待機。
野次馬の半分を占めていた傭兵達だが、それぞれ考え始める。
つまりは、チコの発言を疑っていない。
強大な魔物が迫っていると信じており、この状況で浮かび上がる選択肢は三つ。
討伐に向かう。
シイダン村を守る。
我先に逃げ出す。
どれを選ぼうと、それは個人の自由だ。
そして、一つ目を選んだのがウイルに他ならない。
彼は走り出す。
妹を連れて、西を目指す。
その速度は誰よりも速く、ゆえに接敵はあっという間だ。
のどかな田園風景を踏み潰す、大き過ぎる何か。
ウイルとしても、その姿に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
◆
それは既に包囲されている。
そうであろうと、前進は微塵も問題ない。
当然だ。周囲の邪魔者はあまりに小さく、アリのような有象無象など気にする必要などない。
魔物の姿はシンプルだ。
ヘビやミミズを連想する者もいるだろうが、実態は異なる。
芋虫だ。芋虫が頭部を持ち上げながら、多数の足で自身を前へ運んでいる。
それの先端、つまりは顔の部分には、獲物を吸い込むための穴。それは口であり、頭部の大半を占めている。その直径ならば、人間の丸のみなど容易いだろう。
この巨大な環形動物はサンドワーム。ウルフィエナには生息しない魔物ながらも、こうしてシイダン耕地を横断している。
これの大きさは、家屋がミニチュアに見えるほどだ。ゆえに足元の人間やゴブリンなど、アリでしかない。
そう、サンドワームを二つの勢力が取り囲んでいる。
片方は傭兵だ。複数のチームが混乱しながらも、この魔物を迎え撃っている。
もう片方はゴブリン。魔物でありながら、今はサンドワームに攻撃を集中させている。半数が真っ黒な鎧で武装しており、残りがローブ姿だ。
話し合ったわけでもなければ、異文化交流が成功したわけでもない。
そうであろうと、仮初の共同戦線が実現した。傭兵とゴブリンは互いを警戒しながらも、眼前の巨体を最優先に狙い続ける。
しかし、無意味だ。彼らの努力を無視するように、サンドワームは前進を止めない。
斬られようと。
攻撃魔法を撃ち込まれようと。
頑丈な皮膚が全てを跳ね除ける。
痛くも痒くもない以上、この魔物は人間の密集地を目指し続ける。
サンドワームは雑食だ。ここに至る過程で、既に大量の農家とゴブリンを飲み込んだ。
それでも食べるのを止めない。腹が空いており、食欲は無尽蔵だ。
胴体下部に備わった多数の足を動かしながら、ひたすらに東を目指す。
その速度は、成人男性の全力疾走と大差ない。傭兵やゴブリンにとっては遅いくらいなのだが、問題は別にある。
サンドワームはここに至るまで速度を一度も落としていない。このペースが維持される場合、シイダン村への到着は数時間後か。
絶望だ。居合わせた傭兵もそれをわかっているからこそ、攻撃の手を緩めない。
焦ってはいないのだが、ゴブリン達も必死だ。
同胞がどれほど踏み潰されようと。
あるいは吸い込まれようと。
小さな魔物は人間を無視するように、サンドワームへ襲いかかる。
力量差は明らかだ。体のサイズが、そのまま戦力差に繋がっている。
サンドワームは昆虫のようにシンプルな思考で動いており、今回の場合、それは人間の捕食だ。
食べられるだけ、食べてしまいたい。
遠方の狩場を食べ尽くしたのなら、次の餌場へ向かうまで。
それほどに腹が空いており、多少のつまみ食いでは決して満たされない。
「こいつは⁉」
見知らぬ声は進行方向から発せられた。
「おーっきいー」
さらに小さな人間が、感嘆の声を漏らす。
駆け付けた二人組はウイルとパオラだ。予想以上の巨躯を見上げながら、その迫力に足を止める。
パオラは瑠璃色のツインテールを揺らしながら、呆けることしか出来ない。子供ゆえにミミズのような化け物を前にして、恐れることなく観察し続ける。
対照的に兄は冷静だ。もちろん、驚いてはいるのだが、状況把握を怠らない。
(チコさんの言ってた通り……か。ゴブリンが共闘してくれてる。いったいどんな事情が? いや、そんなことは後回しだ。私も……)
参戦だ。
腰の鞘から銀色の片手剣を引き抜くと、ウイルは二つの信念を抱きながら駆け出す。
傭兵として、闘争本能の赴くがままに。
貴族として、民を守るために。
その場で待っていようと魔物の方から迫ってくるのだが、今回はぶつかるように距離を詰める。
当然ながら、体当たりなど仕掛けない。ウイルが大げさに進行方向を曲げた理由は、正面衝突を避けるためだ。
その結果、初手の一撃が成功する。
すれ違いざまの斬撃は、確かにサンドワームの肉を斬った。
ウイルとしてもその手応えには納得するも、次の瞬間、顔をしかめずにはいられなかった。
(皮が分厚い⁉ 出血すらしないなんて……)
自身がひき殺されるリスクを負ってまで斬りかかるも、結果としては遅延すらままならない。
この結果を受けて、パオラは兄を模倣するように近寄る。
もっとも、選んだ一手は別物だ。
抱き着くように飛び掛かると、銀色の短剣を目一杯突き入れる。しがみついたまま、数えきれないほど刺突を繰り返すも、最終的にはパオラが折れるしかなかった。
「とまらないよー」
(まぁ、そうなるか。だったら……)
どうするべきか? ウイルは並走しながら考えるも、活路を見出せない。
人間とゴブリンの混在部隊が、無駄だと察しながらも攻め続ける。追いかけながらの戦闘という不慣れな状況ながらも、彼らは攻撃の手を緩めない。
サンドワームは魔物だ。当然ながら、前進するだけの芋虫ではない。
それは突然だった。サンドワームの巨体が、走りながら白く輝く。
それが何を意味するのか、知らぬ者などいない。
魔法の詠唱だ。
そうであると裏付けるように、多数の岩石が上空に創造される。それらは隕石のように降り注ぐと、うっとうしいだけの邪魔者達を瞬く間に葬ってみせる。
(グラットン! 魔法まで使うのか! な、なんて威力……)
ウイルは見事避けるも、他者を庇うまでには至らない。
事実、傭兵が何人も潰されてしまった。全滅は避けられたが、被害が出たことに変わりない。
ゴブリンも相当数が巨石の下敷きだ。こうなってしまっては態勢の立て直しは困難だろう。
生き残ったゴブリン達が肩で息をする中、ウイルはパオラと連携するように斬りかかる。
もっとも、無駄な努力だ。
あるいは時間の無駄か。
サンドワームは前だけを向いたまま、ズルズルと走り続ける。
やがて、ジーター率いる第一遠征部隊が合流を果たすも、彼らも青ざめることしか出来ない。
ウイルという強者が勝てない時点で、勝敗は火を見るよりも明らかだ。
人間側に、勝ち目などない。
仮に第一遠征部隊が壁として立ちはだかったとしても、全員が踏み潰されて終わりだ。
そんなことはさせないとジーターが自慢の弱体魔法を撃ち込むも、その全てが弾かれてしまう。
つまりは、この魔物は隊長クラスよりも遥かに強者だ。弱体魔法の成立は魔力差によって左右されるため、ジーターは明確に格下だと証明されてしまった。
八方塞がりだ。
事実、二度目のグラットンが襲いかかる。
降り注ぐ岩が多数の命を奪う中、人間側に出来ることは仲間の死を受け入れることだけ。
農作業に励む農家達も、この地獄絵図には絶句だ。
田畑は踏み潰され、抗う者は殺されてしまう。
農家は目撃者として生き延びるも、そのことを喜べる者は一人もいなかった。
絶望だ。
ウイルでさえ、手も足も出せない。パオラやジーターと連携しようと、巨体の減速すら不可能だ。
サンドワーム。山のように大きな、筒状の怪物。
もしもこれがイダンリネア王国にたどり着いたら、どれほどの被害が出るのか。
軍人や傭兵が戦意を喪失する中、ウイルだけがそれを視認することが出来た。
流れ星だ。
否、そうではない。
それでも今は、その輝きに目を奪われた。
コメント
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「大陸を食い尽くすもの」第118話、読みました。ウイルとパオラの軽妙なやりとりにほっとしていると、まさかの巨大魔物・サンドワーム出現! 芋虫サイズが家をミニチュアに変えるって、もう圧巻の一言です。ゴブリンと人間が一時的に共闘する構図も新鮮で、この先どうなるのか気になって仕方ない。最後の流れ星のような輝きが何なのか、もう続きが待ち遠しいです。ノリトネギさんの世界観、本当に引き込まれますね🌷