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無我夢中で走り、ほどなく立花屋へ着いた。その勢いのままドアに手をかけると、木戸はあっけなく開く。本当に営業しているらしい。

照明が付き、商品が整然と並んだ店内は、お客さんがいることも相まって、先日陸太朗に案内してもらった時とは雲泥の差だ。本当に同じ場所なのかとめまいを感じてしまう。


「――櫻庭!」


陸太朗の声に引き戻されてカウンターに目をやった。そこには、紺色の作務衣を着て、レジを打っている陸太朗の姿があった。


(へえ、あーゆー格好も、結構似合……、じゃなくて!)


「陸太朗! あんたねえ、一体何考えて――」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


やけに冷静な陸太朗に出鼻をくじかれ、あたしも頭が冷えた。

殴りこみみたいな勢いで入ってしまったが、明らかに仕事中だ。周囲の注目を一身に集めていることに気づき、慌てて姿勢を正す。


「ばあちゃん。悪いけど店番頼む」


レジを終えた陸太朗が店の奥に声をかけた。そして、いたたまれなさに固まっているあたしの腕をつかんで、問答無用で引っ張っていく。


「ちょ、ちょ、ちょっと……!?」


何の説明もなく連れていかれたのは、倉庫のような一室だった。簡素なテーブルと椅子、そしてロッカーがあるだけの小さな部屋だ。アルバイトやスタッフなどが使うスタッフルームのようなところかもしれない。


「ここでちょっと待っていてくれ」


陸太朗は早口でそう言うと、ドアを閉めてどこかへ行ってしまった。あたしはそれをぽかんとして見送った。

相変わらず、一方的過ぎる。用事があるのはあたしの方なのに、主導権を向こうに握られているのも気に食わない。しかし、すぐに戻ってくるような気配はなく、仕方なく椅子の一つに腰を下ろした。

おばあさんのことを呼んでいたということは、もう体は大丈夫なのだろう。だが、なぜ店を続ける気になったのか。

陸太朗はここでバイトをしているのだろうか。だとしたら、進路はもう決めたのだろうか。

料理部をやめたのは、陸太朗の目的に必要なくなったからなのか。

この際だから、聞きたいことは山ほどある。


(ううん。それよりなにより、一番はあのカステラのことよ!)


悶々と考え込んでいるあたしの前に、コトンと小皿が置かれた。いつの間にか陸太朗が戻ってきていたようだ。

小皿に乗っているものを見て、あたしは思わず立ち上がった。

白い生地のロールカステラ。

お店で出す商品らしく、「かいしき」という名の敷紙をちゃんと使っている。秋の淡い青空の色が、生地とあんの純白さを引き立てつつ、統一感を出していた。

あたしが作った白風とほとんど同じ――、違うのは、あんの中に果物で作られた花が埋め込まれていることだ。

小さめの生イチジクを八等分にして、ロールカステラの中心部分から円状になるように配置している。寒天で作られた細い線状の葉が、その隙間から鮮やかな緑色をのぞかせていた。水色、白、紅、薄緑、の色合いが美しく、一切れずつ丁寧に作られているのがわかる。

さっきトモヤが見せてくれた、そして、あたしがここに来た一番の理由がこれだ。


「陸太朗! これのことだけど――」

「コンテストに応募した奴、白風にしたんだな」

「……え?」


(なんで今、その話?)


わざと話の腰を折っているのだろうか。

そう思ったが、陸太朗が真剣な表情をしているので、あたしはしぶしぶ答えた。


「そうだけど……」

「どうして、白風を選んだんだ?」

「――っ、それは……」


――やっぱりね。あんたずっと、そっちの皿ばっかり見てたよ。


あの時、ミヤちに言われた言葉を思い出す。

あたしが白風を選んだのは、陸太朗の視線が、いつもそちらを向いていたからだ。その視線に、静かな熱を感じたから。彼はきっと、白風を応募したいのだと思ったから。


「……別に、何でもいいでしょ、理由なんて」

「ポストに入っていたコピーを見たとき、思ったんだ。櫻庭には全部、見抜かれてるんじゃないかって」

「…………」


そんなんじゃない。

見抜いてなんかいない。陸太朗の気持ちなんて、いつも、確かなことなんかわからない。


「それに、白風も、月白も、学校の生徒に配ってさりげなく宣伝してくれたんだろう?」

「! それ、知ってたの!?」

「うちに買いに来た生徒が話していたからな。さすがにわかる」

「そ、そっか……」


おせっかいかもしれないと思ったが、少しでもいい、陸太朗の後押しがしたかったのだ。


(でも、なんだろう……、見透かされてるのは、あたしの方な気がしてきた)


知らず冷や汗が出る。なんだか目が合わせられない。


「そ、それより、和菓子屋、許してもらえたんだ?」

「許してもらえたわけじゃない。時間の猶予をもらっただけだ。おまえの言う通り、まだ時間はあると思ったから。……あの後、親を説得して、待ってもらえるよう交渉したんだ。祖母も加勢してくれて、成績を落とさないことを条件に認めてもらった。まあ、実際、店を継ぐって決めたら、またひと悶着あるんだろうが」


陸太朗は、一度言葉を切って、続けた。


「菓銘を探していて、白風って名前を見つけたとき、櫻庭の顔が浮かんだんだ。おまえに似てるって思った。おまえはいつも、軽やかに飛び越えていく気がするから。少しだけでも、見習いたいと思った」


陸太朗のセリフに目を見張る。

そんなことを思っていたなんて知らなかった。そんな素振り、全然見せなかったのに。


「これ、白風を参考にして、改良したんだ」


陸太朗が視線を落として、小皿の上のカステラを見つめる。


「祖母にも手伝ってもらって、味は変えずに、外見だけ変えた。さすがに店に出している商品は別だが、これだけは俺が自分で作ったんだ。いつおまえが来ても、すぐに出せるように。連絡はつかないし、いつ店に来るかわからないから、毎日作っていたんだが……、なかなか上達しないものだな」


そう言われて見直せば、花や葉の形は少しぎこちなく、あんはところどころはみ出しているし、カステラは気泡が開きすぎているかもしれない。だが、二人で作っていた時のものや、あたしが応募したものより、断然、完成度が高い。


「……あたしの、ために?」

「和菓子のおいしさを教えてやるって約束したからな。俺にとって、コンテストの入賞は目的じゃなくて手段だったから。どうせなら、一番喜んでほしいやつが喜んでくれるものを作ろうかと思ったんだ」


じわじわと、頬が熱くなってくる。

もう一度、視線を皿の上に落とした。トモヤのスマホに映っていた文字が、かいしきに印字されている。


菓銘は――『美桜』。

何度確かめても、一言一句間違いない。


あたしは仕切り直して、陸太朗にもう一度人差し指を突き付ける。


「だ……、だからって、これはやりすぎでしょ! 桜なんて春の花の名前、秋のお菓子につけたらおかしいでしょ!?」

「だが、おまえの名前は秋桜なんだろう?」


陸太朗は悪気のない顔で首をかしげる。あたしは思わず絶句した。


「これを作っている間ずっと、櫻庭のことを考えていたんだ。だから、別におかしくはない。確かに、許可も取らずに勝手に菓銘に使ったのは悪かったと思う。だが、メッセージを送っても返事は来ないし、学校ではいつもタイミングが悪くて会えなかったしな。店のことも含めて、直接話したいこともあったんだが。……だから、仕方なく――」


――だから、種をまいたのか。


立花屋は学校の通学路の途中にある。もし、偶然そこに立ち寄った客がうちの生徒だったなら。

陸太朗もあたしも料理部の一件で有名になってしまった。おそらく、同じ学年で名前を知らない生徒はいないだろう。『美桜』を見つけた生徒は、きっと、あたしと陸太朗を結びつける。特に、お菓子以上に恋バナに目がない女子生徒は。

それはすぐに噂になって、口コミで生徒たちの間に広がり――、やがてあたしも知ることになる。噂を耳にしたあたしは、今みたいに、文句を言うため飛び込んでくるという寸法だ。

季節外れだが、「飛んで火にいる夏の虫」という言葉が頭をよぎった。


「……そんなこと言って、魂胆はわかってるんだから。あたしを利用したんでしょ。話題づくりのために」


女子高生たちの口コミによって、立花屋は大繁盛。売り上げは伸び、陸太朗の祖母は店を続ける気になって、彼の本来の目的も達成できる。

あたしは、一石二鳥の二羽目の鳥にされたわけだ。耳障りのいい言葉を連ねたって、そう簡単に持ち上げられたりしない。

しかし、陸太朗は困った顔をして眉を下げた。


「……それもまあ、頭にはあったが……。それより俺は、この名前しか思い浮かばなかったんだ。櫻庭と噂になっても、俺は全然構わないし……。……だが、おまえはやっぱり、嫌だったか?」

「――……」


その時、気づいた。あたしが店の扉を開けたときの驚いた顔。冷静そうに見えて、あたしを逃がすまいと焦った口調。時々見せる苦笑いと、困ったような表情。

いつの間にか、こんなにも、陸太朗は素直に感情を見せるようになっていた。


(今なら、見られるかもしれない……)


押し殺していた衝動が、むくむくと湧き上がる。

諦めたふりをして、心の奥に押し込めていた欲望。

自分から遠ざけて、やがて消えていくのを待っていた願い。

……だが、そんな簡単に忘れられるわけがなかった。

――気づいたときにはどーんとあって、押しても引いてもどいてくれない。

――見えないふりをしたって、消えたりしない。

いつか、陸太朗が言っていたこと。あたしにも、知らないうちにできていたのだ。

胸が苦しくなる。深呼吸を繰り返し、勇気を振り絞る。

あたしのそれは、陸太朗の笑顔を見ることだったから。


「……あたしも、陸太朗となら、噂になっても嫌じゃないよ」


そう言うと、陸太朗は一瞬息をのんで、それからゆっくりと顔をほころばせた。


ようやく見られた。彼の、心からの笑顔。

それがあまりにも嬉しそうだったから、あたしもつられて笑顔になった。

陸太朗があたしのために作ったロールカステラ。

そこには、秋桜の花が咲いていた。

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