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再び静けさを取り戻した一行は誰が言うでもなくいつもの様に合奏を始めるのであった。
今回の演目は、歌劇ペールギュントより、組曲『山の魔王の宮殿にて』である。
お馴染みのコユキと善悪のやけに上手な口笛。
曲が進むのに合わせて徐々に参加していくスプラタ・マンユの打楽器パート。
タイミング良くゴウゴウと迫力ある轟音を響かせるのはアスタロトの火炎である。
あまり音楽が得意ではないのか、遠慮気味に手拍子をするイーチの手から聞こえるカタカタ音も、不思議とトロルの住処っぽいムードを高める一助となっていた。
大団円を迎えて演奏が終了すると、痩せた男、いや骨男のイーチが言うのである。
「いやあ、迫力でしたね! この曲を聞くと中庸(ちゅうよう)な自分を変えなきゃいけないな、とか思っちゃいますよね?」
私は思う、お前等は全員、全然中庸じゃあないけどな、と……
コユキが気の無い返事をした。
「でもね、人間ってどこの視点で見るかによっては全員平均なんだってよ、つまり中庸よ、中庸っ!」
コユキに聞きたい、平均なのはどの辺りでしょうか?
そんな私の疑問はいつも通りに届けられる事無く流されていった。
イーチの言葉が続く。
「えー、やですよ~! 私はボタンにされるなんて真っ平ゴメンですよ~」
「んまあ、魔界から出る時にはボタンみたいな魔核になって貰うけどね! ナハハハ」
「でしたっ! こりゃあ一本取られちゃいましたねっ! ふふふふ」
「全くでござるな、アハハハ」
和やかなムードで歩くうちに山頂に立つ神殿の姿がはっきりと見て取れる場所に辿り着いた一行。
コユキが不思議そうに仲間達へ声を掛けた。
「あれれ、あそこにいるのって…… 竜っぽいけど首一つだわよ? ヒュドラとは別の個体かしらね?」
善悪が答えて言う。
「うーん、確かに首は一本きりだけどさっ、あの感じ、首が長くて手足が申し訳程度に生えてる感じ、それに周囲に漂うあの禍々しい感じって、毒、でござろ? そう考えたらやっぱあれがヒュドラちゃんなんじゃないの? と思うでござるよ! どう? コユキちゃん!」
「ふむ、そうだねぇ」
コユキは両手に握ったカギ棒を握り直して答えるのであった。
「よしっ! 取り敢えずアイツの一本きりの首、あれを攻撃してみよっか? そうすれば何かわかるかも知れないでしょ?」
周囲を取り囲んだ全員が頷いたのを確認したコユキはスキルを発動させたのである。
「『聖魔飛刃(ファルシオン)』!」
シュッバァ! スッパァ! ゴトッ!
ズッシィィン! ピクピクピクッ!
コユキが撃った聖魔力の刃は一本きりだった竜っぽい奴の首を切り裂いて遥か彼方まで飛んでいくのであった。
勿論、首を落とされた胴体は地面に大きな音を響かせて倒れ、痙攣した後、動きを止めたのである。
誰が見てもこれって、死、そう死んだ状態にしか思えなかった。
やった本人であるコユキが思わず唸るように言うのである。
「あ、あれ…… 殺しちゃった、のん?」
成り行きを見守っていた一行もコユキ同様目を剥いて、あまりにも呆気なかった顛末に言葉も無く固まってしまうのである、ところがどっこい、お約束はお約束、守られるべきである!
「グ、グオォオォォ!」
迫力満点の雄叫びを上げながら立ち上がった竜は、先程のピクピクシ~ンが嘘の様にぴんぴんして見えただけでなく、一本だった首が二本に増えている。
反射的に飛び出していくアスタロト、恐らく魔神の血でも騒いだのではなかろうか?
右手に冷気を、左手に炎をそれぞれ纏わせて竜に肉薄する逞しい背中を見ながらイーチが言う。
「そうでした! ヒュドラは一本の首が討たれると二つ首が生えて来るんでした、てへ、忘れてましたぁ~」
この馬鹿、大切な事を…… まさかワザとじゃないよな?
人を疑ってしまった未熟な私と違い、コユキと善悪は慌てて走り出しながらアスタロトを止める為に叫ぶ。
「待って待って! 待つのでござるぅ!」
「あ、アスター! そいつの首ってぇー!」
カキンっ! バラバラ ボウっ! シュゥゥーっ!
二人が止める声より早くアスタロトは両手での攻撃を終えていた。
右手に触れた首は凍り付き、次の瞬間には崩れ落ちたが、左手の炎が襲った首の方は耐性が強かったらしく、然程(さほど)のダメージを与える事なく消火されていた。