「ふむ、火と言うか高温は効かないようだな」
竜に背を向けたままで考察するアスタロトの後ろでは、今しがた砕けた首に代わって更に二本の首が現れる、これで都合三本の首を持つイメージ通りのヒドュラが完成してしまった。
「危ないわよアスタ! 逃げなさいっ!」
「あ? ははは、大丈夫さ、『反射(リフレクション)』我、ヨユーヨユー♪」
あーあ、それが最悪手(さいあくしゅ)だってのに……
余裕ぶって佇むアスタロトの背後には大きく開いたヒュドラの三つの口と、そこから今まさに発射されようとしている破壊の光、滅却(めっきゃく)のブレスが輝きを放っていたのである。
グオァア――――っ!!
一斉に発せられたブレスはアスタロトの背中に向けて、狙いを損なうことなく確実に命中し一瞬で気化させたのであった、自分の三本の首を……
「ふん、まあこんなもんだ」
格好付けてるアスタロトの後ろでは高熱のブレスの反射によって蒸発した首に代わって新たに六本の首が……
そして繰り返される攻撃、六本が十二本に、そして二十四本……
いつの間にか百九十二本にまで増えた首の重みに、短い手足では踏ん張り切れずあちらへフラフラこちらへヨロヨロ、バランスを失いクラクラとよろめき続ける胴体部。
お陰で首達は上手く狙いが定められないようで、吐き出し続けられている破壊のブレスがアスタロトに当たる事は無くなり、これ以上首が増える恐れは無くなっていた。
代わりに精度を失ったブレスは四方八方を不規則に貫き捲っていたのである、当然コユキや善悪たちの元にも齎(もたら)されていた、結構頻繁に……
「アチっ! アチチチィっ! フーフーエクスプライム使っててもヤバメの熱さでござる! どこまで耐えられるか? アチチチ!」
「善悪、息吹きかける前に唾付けなきゃ冷えないわよ! 跡残っちゃうじゃないの!」
馬鹿な事を言っているコユキは、ちゃっかり善悪の後ろで大きな体を縮めて隠れていた。
パズスが『鉄盾(アスピーダ)』を前方に幾重にも展開させながら声を発する。
「善悪様、コユキ様、盾の中にいる間は安全ですよ、それよりもどうしましょうかね?」
コユキが善悪の背中からひょっこり顔を覗かせて答える。
「助かったわパズス君、でも困ったわね? 何か名案でも無いの? 善悪ぅ?」
「うーん、そうだねぇ、でござる」
腕を組んでポクポクやり始めたらしい善悪から目を移すと、すぐ横に有った岩がブレスの直撃を受けて一瞬で蒸発して行き、コユキは戦慄を覚える。
ケイ素の沸点摂氏2355度を軽く越えているらしい、直撃したら一瞬で殺(や)られる、プルっと震えていると善悪が動き出すのであった、どうやらチ~ンが来た様である。
背負子(しょいこ)からコユキを降ろした後、下にぶら提げていたリュックを乗せていたのだが、その中をゴソゴソとやって何かを探していた。
リュックの中からはいざと言う場合に備えて持ってきていたお煎餅やチョコレート、グミやクッキー、最中や羊羹等々が続々と出て来ていた。
「確かに入れた筈なのでござるが、変だなあ、うん? お、有った有った、ほっ! これで何とかなるでござろう」
コユキが善悪の手の中を覗き込みながら言う。
「なんなのん?」
「ほら、桃太郎のアーティファクト『キビ団子』、あれでござるよ」
「……なるほどね」
確か食べさせた相手を自分の眷属(けんぞく)にする事が出来る便利なアイテムだった筈である、これを使ってヒュドラを子分にする作戦なのだと思われる。
しかし、食べさせるには距離が遠すぎる気がするが……
コユキも同様に思ったのだろう、パズスに向けて言う。
「パズス君、少し近づけるかな? どう、大丈夫?」
「はい、少しの間なら大丈夫ですよ、行きますね」
そう答えてジワジワ前へと踏み出し、同時に張っていた鉄盾のバリアも壊れる傍から次々に張り続けるパズスであった、非常に優秀なタンクである。
コユキや善悪同様、いいやそれ以上に精緻(せいち)な作業を求められたパズスの小さな額に冷たい汗が一滴、流れて落ちたのである。
ポトっ!
今や二百に近づいた凶悪なヒュドラの首を前にしてもパズスはその姿を捉えることなく、一心に目の前に防壁を張り続ける作業に没頭していたのである。
パンっ! パンっ! パンっ! パンっ! パンっ! パンっ! パンっ! パンっ!
壊されると同時に新たに現れ続ける『鉄壁(アスピーダ)』は確実に、ゆっくりとパズスの体力、いいや魔力を奪い続けて行く。
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