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キャスリンはゾルダークの庭が好きだ。よく歩いているのを覗いていたから知っている。
僕の頭は昨日の混乱からまだ覚めていない。黙認すると言ったものの、耐えられるか。仕事も手につかず、ただキャスリンを探して庭を歩く。
トニーからキャスリンはあのまま父上の部屋へ連れていかれたと聞いた。朝になっても戻らず共にしているらしい。父上はキャスリンの何がよかったんだ。若い体か?性格か?すでに所有欲を見せ僕が孕ませると言った途端、激昂した。あんなに感情を表に出すなんて初めて見た。キャスリンの腹に父上の子がいるなんて、まだ信じられない。昨日の出来事は夢だったんじゃないかと、まだ認められない。
キャスリンのことを考えて歩いていたからか、彼女を見つけた。父上の執務室の窓から彼女が見える。あれからずっと一緒にいるんだな。父上が離さないのか、もう隠しもしないのか。庭を眺められるところに、わざわざ座る物を置いたか。溺愛ぶりが凄いな。うつむいて座っているだろう彼女はまるで一枚の絵画に見える。僕に見られているとは気づいてはいないだろうな…様子がおかしい、キャスリンは口に手を当て苦しんでいる?腹が痛むのか?近くに父上がいるだろうに!頭を振り首を反らして固まっている。何が起こってる?窓の端から父上が現れ、座るキャスリンの頭を掴み、腰の辺りに押しつけている…何をしている!執務室でこんな昼間だぞ!父上の顔がキャスリンに重なる。父上が僕に気づいたか、手を伸ばし窓の布をかけた。あんな、娼婦がするようなことをさせているのか!
自分の見た光景が信じられない。白昼夢のようだ、もうどうすることもできないのか。いくら僕の陰茎が滾ろうともキャスリンには入れられない。痛いくらいに硬くなっている、彼女は苦しんでなんかない、悦んでいるんだろう。
あれは元々僕のものだった!父上が死ぬまで待てはしない。いつかキャスリンは返してもらう。今は見ているだけだが、夫は僕なんだ。父上とは夫婦ではない。触れると消されるならば触れなければいいんだろう。これは長期戦になる、鉄の意志が必要だ。トニーまで父上の駒だ、僕には信用できる者がいないじゃないか。…これか、これが陛下がキャスリンに会いに来た理由か。彼女に目を付けたのは父上と閨を共にしていると知っていたからか!なぜ陛下に話した?こんな秘密、王家に知られないほうがいいだろうに。何か密約か?替わりに何を渡した?何を貰った?アンダルは関係しているのか?王太子は?医師のライアン・アルノ、彼が父上の往診の度にキャスリンに会ってるのは子を宿らせるためか。ならば父上は仮病か、いろいろ手を回してくれる。父上は行動が早い、敵うわけがない!積み上げてきたものが違うんだ!僕には一つも武器などない。父上は毒にも馴らされてる。事故死も無理だ。真っ先に疑われる、詰んでるじゃないか。
ハロルドの薦めに従った方が楽に生きられるな。
昼前は熱心に刺繍をしていたキャスリン様が、今は主の寝室へ行かれている。カイラン様に告げてから、安心させるためと主は片時も離さない。もういいだろう、と隠すことさえ止めてしまった。
上級使用人には固く口止めし、下級使用人に漏れれば仕事を失い二度と職にはつけないと給金を上乗せして、脅し黙らせた。これで堂々とキャスリン様の部屋へ通うことができ、主の部屋へも招けると喜んでいるだろう。
共に迎えた朝から機嫌がいい。あの大きな手でキャスリン様の髪を梳かしている姿は幻のようだった。昨日の食堂では、結局心配だったキャスリン様が一番落ち着いていらした。主の息子に対する威嚇はまるで獣のようで、あの場の男達は震え上がっていたのにキャスリン様は無反応。落ち着けと諭す始末。手綱を握っているのはキャスリン様だと認識させられた。カイラン様の命よりも優先となった瞬間だ。
「窓を覆えるくらいのレースを作らせろ。とりあえず糸の素材はなんでもいい。日が当たりすぎてはよくない」
庭を眺められると、キャスリン様のために置いた上質のソファは主の視界に常に入る。
「その窓から確認できる位置に四阿を作らせろ。花園の中に場所を作れ」
長い付き合いでも、最近は予測不可能な主。次は何を言い出すか、仕える者も心の準備が必要になる。キャスリン様が何度か使用している四阿はここからは見えず、離れた場所にある。主から見えるところを使うように言われたらキャスリン様は迷いもなく頷くだろう。
「ディーターの方には報告なさいますか?」
「一月待て」
カイラン様との子だと思うだろう。ディーゼル様は混乱するかもしれないが、喜ばしいことなのだから何も言わないだろう。ディーターに報告したあとは、陛下にそして傘下の貴族に慶事を披露する。その後は少し慌ただしくなるだろう。ゾルダークの後継が宿ったのなら、祝いの品が届き出す。生まれたら関係のない家からも届くだろう、忙しくなる。
カイラン様がおかしなことを考えていなければいい。孤立無援だと知り心細いだろうが、耐えてもらわねばならない。さすがに消すことはないだろうが、今の主はキャスリン様に執着し過ぎている。こんなことになろうとは、ゾルダークが悪化しなければいいが…カイラン様は女性を囲った方が安らげると思っていたが、キャスリン様を奪われ固執しだしたか。昨日の今日だ、決めつけるのは早い。
目を覚ますと見知らぬ天井が映る。寝台脇には黒鷲がいない。そうだわ、昼間からあんなことをして、ハンクに休めと言われたんだわ。ハンクの寝台から降り、執務室へ続く扉を叩く。ハンクが扉を開け寝室へ入り閉めてしまう。
「お仕事終わりましたの?」
答えは返らず、優しく私を抱き上げソファに座る。
「変わりないか」
私は頷き微笑む。痛みはない、酷いことなどされていない。過剰に心配しているわ。下腹が膨れたらどうなるのかしら。お仕事ができなくてはソーマ達が大変だわ。ハンクを見上げ頬を撫でる。
「どのくらい寝てました?」
「一刻ほどだ」
まだ外は明るいものね。庭でも散歩しようかしら、少しは体を動かさないと。
「お仕事ありますでしょう?私は少し庭を歩きます」
返事を返さない。気に入らないのね、でも子のためには散歩くらいしておかなくては。
「ちゃんとダントルを付けます。心配ですの?」
黙ったまま動かない。ここまで過保護になるなんて。私は笑みながら眉間のしわを撫でる。
「ハンク、貴方の近くの庭にいます。それでよろしい?」
顔を掴まれ口を覆われる。舌が乱暴に私の中で暴れている。私は好きにさせ舌を与える。満足したのか呼吸を荒げ口を離す。黒い瞳が私を見つめ頷いた。
「離れるな。ここに戻れよ」
私は頷き頬を撫でる。不安が消えてないのかしら。カイランはリリアン様のことを好いてると思っていたものね。厚い胸に頭を預け、呼吸を落ち着かせる。
私がカイランを拒絶できないと告げたからよね。でもカイランは私の夫なのよ。夜会があれば共に行くのは彼だし、お腹の子はカイランを父と呼ぶわ。ゾルダークの外では正しい夫婦にならなくてはいけない。カイランとは良好な関係でいた方が過ごしやすいもの。彼の方が拒絶するならば、それは受け入れるわ。共にいたくないと言われたら、夜会は私が参加しなければいい。どうとでもなる。
ハンクにカイランには無理だと言ったけど、お義母様のことを克服して私を求めたら?私が泣いても無理矢理私の中に入ってきたら…耐えられるかしら。今は子がいるから拒否はできるけど、その後は?その時にカイランが愛する人を見つけているといい。
私は目の前の服を掴み、不安を消し去る。大きな体の中で縮こまると不安は容易く消えていく。私の場所はここね。顔を上げたくましい顎に口をつける。ダントルを呼んでほしいとお願いすると執務室の外で侍っていると言う。
私はダントルを連れ執務室から近い庭に出る。ハンクから離れないならばそんなに歩けないけれど、同じ場所を歩けばいい。それでハンクが安心するなら構わない。
「お嬢、昨日の公爵様は怖かったですね」
あの場には念のためダントルを置いていた。カイランへの怒声のことだろう。
「そうね、あんなに大きな声を出して、カイランが驚いていたわ」
「お嬢は怖くないんですか?」
私は花を見ながら微笑み、ちっともと答える。カイランには何度も傷つけられたけど、ハンクには傷つけられたことなどない。
「閣下は優しい方よ」
ダントルはよくわからないという顔をする。私にはとても優しい、それが嬉しい。彼の唯一になれたよう。
「お嬢は幸せそうですね」
ええ、と答える。今日は自室へ戻れるのかしら。ハンクの部屋に入り浸っていてもよくないわよね。今、悪い噂が流れるのは避けたいわ。