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希望を抱いた瞬間に、足元をすくわれる。
まるで、それが当然であるかのように——。
それでも、人は夢を見ずにはいられない。
どんなに傷ついても、どんなに打ちのめされても、
その先に「光」があると信じてしまう。
けれど、本当にそうなのだろうか?
もしかすると、私が見ている光は、ただの幻かもしれない。
——「M.D.C 新人デザイナーコンペティション」
それは、私にとって、檻の中で見る”希望”だったのかもしれない。
「M.D.C 新人デザイナーコンペティション」
それは、若手デザイナーにとって最大の登竜門だった。
優勝者にはM.D.Cの契約デザイナーとしてのチャンスが与えられ、
世界的なファッション業界への道が開かれる。
私——椿原 澪(つばきはら みお)は、この舞台に立つためにすべてを懸けていた。
デザインを学び始めたのは、10歳の頃。
母が大切にしていた古びたミシンの音が、私の原点だった。
「澪、好きな服を作ってごらん?」
母の優しい声とともに、私は針と糸を握った。
不格好だったけれど、最初に作ったワンピースのことは今でも覚えている。
どんなブランドよりも、どんなトレンドよりも、あのワンピースが私のすべてだった。
けれど——。
そんな母は、もういない。
6年前の冬。
母は病に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
私に遺されたのは、あの古びたミシンと、夢だけだった。
「……ここで終わるわけにはいかない」
深く息を吸い込み、私はコンペ会場へ足を踏み入れる。
煌びやかな会場。
華やかな照明の下で、数多くのデザイナーたちが自信に満ちた表情を浮かべていた。
そこに、私は似つかわしくなかった。
それでも——ここで立ち止まるわけにはいかない。
その時、不意に冷たい視線を感じた。
「相変わらず場違いなところにいるわね、椿原さん」
振り向くと、そこには——美優(みゆ)が立っていた。
彼女は、有名デザイナーの娘であり、私と同じコンペの参加者だった。
エレガントなドレスを身にまとい、勝者のような余裕をたたえた笑みを浮かべている。
「あなたがコンペに参加するなんて、笑っちゃう。あの夜、御堂副社長に拾われたからって勘違いしないで?」
「あの夜……?」
澪の脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
突然の大雨、びしょ濡れになりながらデザイン画を守ろうとした自分——そして、怜司に助けられた夜。
「……そんなつもりじゃない」
「そう? でも、私には見えるわよ。あなたがここにいることが、どれだけ不自然か」
美優は澪の肩をポンと叩き、不敵な笑みを残して去っていった。
澪の胸の奥に、嫌な感情が渦巻いた。
——私は、本当にここに立つ資格があるの?
コンペの準備が進むにつれ、澪の作品は徐々に注目を集めるようになった。
独特のシルエットと繊細なデザイン。
それは他の参加者とは一線を画すものだった。
しかし、その瞬間から美優の妨害が本格的に始まった。
デザイン画が消える。
使用予定の布が破られる。
ミシンの針が折られる。
「……っ」
誰がやったのかは明白だった。だが、証拠はない。
「こんなことに負けるわけにはいかない……!」
澪は必死に作業を続けた。
夜遅くまで作業場にこもり、時には眠ることすら忘れた。
それでも、完成を目指して針を進めるしかなかった。
そんな中、ふと背後から声がかかった。
「まだ作業中か?」
振り向くと、怜司が立っていた。
「……御堂副社長?」
「怜司でいい。何度も言わせるな」
彼は腕を組みながら、澪の作業台を見つめた。
「お前の作品、間違いなく優勝候補だ。だが、このままだと潰されるぞ」
澪の手がピタリと止まる。
「潰される……?」
「業界ってのは、才能だけじゃ生き残れない。誰かに利用され、誰かに妨害され、それでも立ち続ける奴だけが勝つんだ」
怜司の言葉は厳しかったが、同時に優しさも感じられた。
「何があった?」
澪は一瞬、迷った。
美優の嫌がらせを打ち明ければ、怜司はきっと何とかしてくれるだろう。
でも、それでは「自分の力で勝つ」という意味がなくなる。
「……大丈夫です。自分でなんとかします」
怜司はじっと澪を見つめた後、ふっと苦笑した。
「頑固なやつだな」
コンペの最終審査が近づく中、澪は全力を尽くして作品を完成させた。
しかし、美優は最後の一手を用意していた。
コンペ前夜、澪の作業場に美優が現れた。
「……もう遅いわよ」
そう言いながら、美優はスマホを澪の前に突きつけた。
画面には、怜司が美優と親しげに話している写真が映っていた。
「御堂副社長とはね、私たちずっと前から知り合いなの。彼に気に入られたからって、何か勘違いした?」
「……そんなはず、ない」
「いいえ、本当よ。だって、あなたが選ばれたのは、怜司が“助け舟”を出したからじゃない?」
澪の心臓が、ズキリと痛んだ。
その夜、澪は自分のデザイン画を見つめながら、涙をこぼした。
「私は……また、何も手に入れられないの?」
翌日——
最終審査のランウェイで、澪の姿は消えていた。