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「……で、これはどういう事だし?」
翌日の夕方、パフィの実家に戻ってきたクリムが見たのは、絵を描くアリエッタの為に夕食と手作りのお菓子を沢山作り続けるサンディとシャービット、そしてブツブツと呟きながら買ってきたアリエッタの服を荷物に詰めるミューゼの姿だった。
「昨日から反省中なのよ。アリエッタに怖がられてたのよ」
「何があったし……」
クリムに昨日の出来事をかいつまんで話していると、夕食の準備が出来上がる。
一同は食卓へと向かい、普段通りに食べ始める。しかし、チラチラとアリエッタを見る3人の動きに、パフィとクリムは少々落ち着かない。
「えーっと、ミューゼ? 一応事情はきいたし。まだ怖がられてるし?」
「うぅ……えっと……」
たまらずミューゼに話を振るが、アリエッタに意識が集中しているせいで上手く話せないでいる。そこへパフィが代わりに状況を説明する。
「今はもう怖がられていないのよ。絵を描かせてあげて、一晩寝たらスッキリしたみたいなのよ。着せ替えようとすると怯えるけど、それ以外ならアリエッタから近寄ったりもするのよ。フード被せて外出も出来たのよ。どっちかっていうと、ミューゼとママとシャービットが、アリエッタに嫌われたらどうしようって怖がってる感じなのよ」
「それはそれは……さすがに自業自得だし」
「それに、昨日から描いてる絵がまだ完成していないから、ちょっと近寄り難いのよ」
泣き止んでから描き始めて、何も用事が無ければ筆を持つのを繰り返して丸1日。これまではほんの数刻で完成させていたが、今回は長い間真剣に描き続けていた。
「へぇ、珍しく時間かかってるし。何描いてるし?」
「さぁ……描いてると思ったら、突然走り出してこの中の誰かをじっと見たり、なんだかお風呂場にも1人で行って絵を描いたりしてたのよ」
「一体何してるし?」
アリエッタの行動の意味が分からず、全員首を傾げる。サンディとシャービットも、絵を描いている間はあまり近寄らない方が良いと言われ、これ以上怖がられないように言いつけを守っていた。
その結果、仲良くなるチャンスをすっかり逃しているのだが。
「そういえば総長はどうしたのよ?」
「仕事するとか言って、ロンデルさんと一緒に宿にこもってるし」
数日留守にする事が分かっていたピアーニャ達は仕事道具を持参していて、この機に悪魔の事件に関する書類をまとめているところである。明日の朝、出発する時に迎えにくると、クリムが伝言を預かっていた。
夕食を食べ終えたアリエッタは、リビングで再び筆を持つ。髪の色を様々な色に変えながら、手を動かし続けた。
後片付けを終えたサンディがリビングに入ってくると同時に、アリエッタが筆をポーチに入れ、立ち上がる。そしてパフィの下へと駆け寄った。
「ぱひー! ぱひー!」(やっと出来た! これでみんなに謝らなきゃ!)
「終わったのよ? 見せてくれるのよ? あら?」
アリエッタはパフィをソファへと引っ張る。その後も他の全員の名前を呼んで、ソファへと誘導した。
不思議に思いながら全員が座ると、アリエッタが全員に向かって頭を下げた。
「…ごめんさない」
「えっ……どうしたのアリエッタちゃん……」
突然のちょっぴり間違えた謝罪に、全員が困惑した。
「……おかい…もの……めっ……ごめさない」(着せ替えだけであんなに泣いたりして、ごめんなさい。ちゃんと我慢するから嫌いにならないでください……)
元大人のアリエッタは、泣きじゃくって迷惑をかけた謝罪をしたかった。一晩経って少しずつ拒絶しなくなるように慣らしながら絵を描き、万全の状態で決心したのだ。
パフィの横にいるのは、ずっと優しく見守っていてくれたパフィと一緒なら、怖がらずに謝れると思ったからである。
「アリエッタ! 貴女が謝る事ないの。あたしが全部悪いんだから……」
「ごめんねアリエッタちゃん。もう無理して買い物につき合わせないん」
「そっか、アリエッタちゃんは話せないから、人の多い所にいくお買い物が苦手なの? ごめんなさいなの」
謝り返す元凶達だが、アリエッタの考える『おかいもの』とは一致していない。
「これ、お互い理解してるし?」
「う~ん……?」
横で冷静に見ているパフィにも、アリエッタの考えが分かるわけではない。仕方ないのでとりあえず、アリエッタを安心させる事にした。
「アリエッタ、もう大丈夫だから。だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
背中を撫でながら「大丈夫」と声をかけると、アリエッタは恐る恐る頭を上げる。
(だいじょうぶ? 呆れられてない?)
「よしよし……」
撫でられながら全員の顔をゆっくり確認し、少し安心したアリエッタ。一度深呼吸して、ゆっくりと手に持った紙をテーブルに置いた。
『!?』
(僕はまだ1人じゃ何も出来ないし、子供が勝手に書いた絵に価値があるとは思えないけど、これで少しでも許してもらえたら嬉しいです!)
自分以外全員が絵を見て絶句している事に気付かず、謝罪を祈りながら目を瞑る。緊張しながら次の反応を待つ事にした。
その周りの絵を見た一同は、呼吸する事すらも忘れ、テーブルの上に置かれた絵を凝視している。
リアクションが何もないのを不思議に思ったアリエッタは、ゆっくりと目を開けて、周りを見た。
(……あれ? どうした?)「みゅー…ぜ? ぱひー?」
声をかけるが反応が無い。
「く、くりむ?」
「…………はっ!?」
何かが起こるだろうと思って他人事のように見ていたクリムが、なんとか我に返った。不安そうに縋り付くアリエッタを見て、すぐに落ち着きを取り戻す。
「大丈夫だし。みんな絵を見てビックリしてるだけだし。やっぱりアリエッタは凄いし…まったくもう」
「だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だし。ずっとお絵描きしてて疲れたんじゃないし? 固まってるみんなは放っておいて、休むといいし。この後絶対凄い事になるし」
「わうっ!?」
昨日から頑張っていたという事を聞かされていたクリムは、アリエッタを抱いて、この後大騒ぎになるであろうリビングを後にする。
(これでしばらくはアリエッタはボクのものだし~♪ いっぱい撫でてあげるし)
(えっと……みんな大丈夫かなぁ? 怒ってない? 怒ってないよね? こんな事しか出来ないから呆れて声も出ないとか……いやいやそんな人達じゃないよね?)
不安で内心穏やかではないアリエッタ。クリムに大丈夫と言われながら、大人しく連れ去られていった。
そして、リビングに残されたパフィ達4人はというと……
「ぬぁんなのよぉぉぉぉ!! これわあああああぁぁぁぁぁ!!」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「アリエッタちゃん!? あれっアリエッタちゃんどこなぁぁぁん!!」
「…………………………」
クリムの予想通り、意識を取り戻してからは、叫ぶわ走り回るわ気絶するわの大騒ぎである。
そんな中、パフィは昨日からのアリエッタの行動を思い出す。
チラチラと自分の方を見ながら絵を描き、時々何かを思い出す様に困った顔で唸りながら描き続け、朝起きたら母と妹をこっそりじっくり観察し、描いている途中の絵を持ち歩きながらみんなの周りをウロウロする。そして1人で風呂場に行き、鏡をじっと見続けていた。その時はただ絵を描くにしては不思議な行動だと思っていただけだったが、その結果を目の当たりにしてのパニックは、この後もかなりの時間続くのだった。
「ずっと絵を描いてて疲れたし? お疲れ様だし、よしよし」
(う……ねむい……叫び声みたいなのが聞こえたのに……みんな…どうしちゃ…たのか…しん…ぱい……)
パニックから逃れたアリエッタは、パフィの部屋で穏やかにのんびりと、クリムによって寝かされる。
クリムは愛おしそうに寝顔を眺めながら、先程見たアリエッタの絵を思い出す。
リビングではミューゼとパフィ達家族が騒然としている。そんな中、テーブルに置かれたその1枚の紙には、パフィを中心に、ミューゼ、クリム、サンディ、シャービットと、その場にいなかったロンデルやピアーニャ、さらにはアリエッタ本人も含まれた、仲の良さそうな集合絵が描かれていた。