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ファナリアの王都エインデルブルグ。その大通りを、ピアーニャが気怠そうな顔でダラダラと歩いている。
「はぁ……つかれた」
そう呟き、大きな建物の中へと入っていった。
「お疲れ様です、総長。今お茶を持ってこさせますね」
「うむ……ようやくおちついたなー」
「ええ、ラスィーテから戻ってからは大変でしたから。助っ人を捕まえなければ、あと2日は身動き出来ませんでしたよ」
アリエッタ達を連れて町人に会わないようにコッソリとムーファンタウンを抜け、ラスィーテから帰還したのが既に5日前。ピアーニャとロンデルはその間に溜まっていた事務処理と、ラスィーテでの事をまとめた記録を作っていた。それも朝にようやく終わり、重要な件を王城へ報告しにいったのだった。
「まぁそのスケットのおかげで、すこしオコられたがな」
疲れ切ったピアーニャは、ソファで溶けるようにくつろぎ始める。
「それは仕方ありません。ところでアリエッタさん達の事は……」
「もちろんいってないぞ。アクマのショウタイをすこしとそのアツカイ、それとハシのフッキュウのコトだけだ」
報告の概要を伝えたところで、事務員からお茶を受け取り、休みながらのんびりと話を始めた。
「そいつのナマエはきめたのか?」
「はい、フェルトーレンと名付けました」
ロンデルの肩から降りようとしない小さな悪魔『フェルトーレン』は嬉しそうにプルプル震えている。どうやら名前が気に入っている様子である。
ファナリアに戻ってからは、シーカー達に笑われたり不思議そうに見られたりしていたが、今では簡単な荷物持ちなどでロンデルを補助している。行動は可愛いが、見た目が可愛くない為、周囲の人々は反応に困っていた。
フェルトーレンを眺めながら、ピアーニャはのんびりと、ラスィーテで出会った悪魔達の事を思い出していた。
「……なぁロンデル。リージョンどうしのテンイはよくないコトだとおもうか?」
「わかりません。喜ぶ者もいれば嘆く者もいる。ラスィーテはたまたま複雑な立場だったというだけでしょう。人々は喜び、悪魔と呼ばれる者達は嘆く事になった。出会う順番が違えば、また違った結果になったかもしれませんがね」
「そうだな、こればかりはヨイもワルイもない。ただのセイカツとタチバのちがいにすぎん。だからこそワビとして、ファナリアのカチクをおくったからな」
2人は悪魔達との交渉で、悪魔と呼ばれている者達の正体と、ラスィーテというリージョンの真実を一部知る事となった。
もちろん全てを最初から信用したわけではないが、そもそもの原住民は悪魔側である。悪魔達が嘘を吐いていた場合は、交渉は無かったことにして良いと言われ、フェルトーレンの案内でシーカー達がラスィーテの歴史を調査したところ、悪魔の言葉を裏付ける証拠しか見つからなかったのだ。それによって、シーカーから悪魔を討伐しないという約束は、確固たるものとなる。
「今回の一件は、意外な所で文化の違いを目の当たりにしました。もっとも、パフィさんには言えませんが……」
「アイツやクリムにはもうカンケイないがな。かぞくにかんしてはカイニュウするわけにはいかん。せめてふとらないように、いっておくだけだ」
パフィの事を話しながら、ロンデルは窓から訓練場を見つめる。そこでは、パフィの父であるマルクが、一生懸命汗を流していた。
申し訳なさそうに息を吐き、休むピアーニャを残して仕事へと戻っていった。
───全てが食材で出来ている、楽園のようなリージョン『ラスィーテ』
その実態は、悪魔が人を養殖する世界。
悪魔が食べ物を創り、人が食べ物を食べ、そして大きく育った人を悪魔が食べて、また食べ物を創る。そんな食物連鎖が正常に成り立っている事を、人々は知らない。
光を嫌い夜を操る悪魔たちは、人が育つ為に1日の半分を昼として人に与え、夜になると闇と同化し食べごろの家畜を探しに人里へと出かける。
世界が食材で出来ているのは悪魔の仕業。しかし、それがこのリージョンの在るべき姿。
『宵闇の悪魔』と呼ばれるようになった世界の創造主達は、今日も家畜を美味しく育てる為に、一生懸命に働き続けている───
「さぁミルブルスで色々作ったし、召し上がるし!」
「煮物おいしい~♪」
「もう食べてるし!?」
ミューゼの家での夕食タイム。
アリエッタが来たばかりの頃はたまに作りに来る頻度だったクリムも、ラスィーテから戻ってからは、毎晩一緒に食べている。目的はもちろん餌付け。
「アリエッタちゃん、どうだし?」
「むぐむぐ……おいしー」(今日も美味しいです! さすがくりむ!)
アリエッタは会話の中で『おいしー』を覚えていた。
「あぅん♪ その笑顔はキュンキュンするからキケンだしぃ♡」
「そんな涎垂らしながら何言ってるのよ。クリムの目が危険なのよ」
(やっぱり『おいしー』は美味しいって意味で合ってるみたいだな。食べてる時しか聞かない単語だから、もしかしてとは思ったけど)
日常会話の中でよく聞く単語とシチュエーションを照らし合わせて、ゆっくりと言葉を理解しようとするアリエッタ。会話には程遠いが、リアクション程度なら少しずつ出来るようになっている。
そしてその可愛らしいリアクションが、ミューゼ達3人を恍惚とさせていた。
「あたしの真似して『おいしー』だなんて、ホントに可愛いんだから~」
「いいなぁミューゼ。私も真似されたいのよ」
「よし、おいしいって言えたアリエッタちゃんには、ミューゼのお肉を進呈するし」
「ちょっと!?」
(えっ、お肉のおかわりだ。さすがにこんなに食べきれない……)
子供用の小さなカトラリーを持ち、困った顔で肉を切るアリエッタ。肉はクリムが柔らかくしている為、非力なアリエッタにも簡単に切る事が出来る。森でも料理をしていたのを知られているお陰で、心配はされつつもすぐにナイフを持たせてもらえたのだった。
思いがけないおかわりを食べようとすると、悲しそうに自分を見るミューゼに気が付いた。
(あれ? どうしたんだろみゅーぜ。お肉を見てるような? もしかして食べたりないのかな)
アリエッタはフォークに刺さっている肉とミューゼの顔を交互に見て、少し考える。そして……
「みゅーぜ、あ~ん」
ミューゼの前に、肉を差し出した。
(いつも『あ~ん』って言いながら食べさせられてるから、これであってるハズ!)
アリエッタは『あ~ん』も覚えていた。
自分の肉を半分以上失ったミューゼだったが、突然のサプライズに目を丸くしながら、差し出された肉を頬張った。
その光景を、パフィとクリムは唖然としながら見ている。というよりも、驚いて思考が止まっている。
肉を飲み込んだミューゼは、これ以上ないくらいの幸せそうな笑顔で、両腕を上げて心の底から喜びを叫んだ。
「アリエッタからのお肉、最っ高に美味なりいぃぃぃぃ!!」
(おぉ~、なんだか嬉しそう。そんなにお肉好きだったんだ……)
さらにミューゼの為に肉を切り始めるアリエッタ。目の前には肉が食べきれない程ある為、ちょっと嬉しそうにミューゼに肉を与えて行く。それが元々ミューゼの分だった事を、少女は知らない。
そうして何度かあ~んをした後、ミューゼは硬直している2人に向かって、勝ち誇ったようにドヤ顔を向けた。パフィとクリムは、心底悔しそうに顔を歪ませるのだった。
嫉妬に狂った料理人がシーカーに襲い掛かろうとしている頃、ムーファンタウンのパフィの実家では、サンディとシャービットが嬉しそうに、アリエッタの描いた集合絵を眺めながら寛いでいる。
絵は2つのベッドの近くにあるテーブルに、ガラスに挟んで立て掛けられていた。
「これはもう家宝なの。もしかしたら家よりも価値があるかもしれないの」
「そうなん?」
「当然なの♪」
「……わたしもそんな気がするん。見るだけで幸せな夢が見られそうなん」
ファナリアの城でも見た事が無かった『絵』という物。そして染色以外の色の使い方。見ただけで誰もが驚愕する、この次元には存在していない子供の落書きを超えた技術。現状言葉が分からない少女にしか作れないそれをロンデルに見せたサンディは、この紙を本のように厳重に保護するようアドバイスを受けていた。もちろん絵を見たピアーニャとロンデルが驚愕していたのは言うまでもない。
「おやすみなん、アリエッタちゃん」
アリエッタと出会ったという幸せを胸に、親子は今日も平穏な日々を過ごしていくのだった。