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「雅輝もこう言ってることだし、俺からもお願いしたい。頼めるか?」
「こちらこそ、喜んで引き受けさせてもらうよ。それじゃあ――」
野木沢が説明しようとした瞬間に、店内に聞き慣れたアプリの着信音が鳴り響いた。瞬間的に宮本は寂しい顔をする。それは橋本との逢瀬を邪魔する、嫌な着信音だった。
「ゲッ! もう呼び出しかよ。指定された時間よりも、ずいぶんと早いじゃねぇか……」
橋本はげんなりした表情でスマホを見、宮本と野木沢に頭を下げる。
「悪い、これから仕事に戻る。詳しい打ち合わせは、後日改めてでいいか?」
「俺は構わないっす。元はと言えば、俺が遅れたのがいけなかったんだし。気にせず、仕事に行ってください」
「なんだか、仕事のできる男って感じだな。店はしばらく安泰だから潰れることはないし、いつでも打ち合わせができるから、安心して行ってこい」
名残惜しそうに視線を飛ばす宮本と、右手を振って見送る野木沢に見送られて、橋本は店をあとにした。
「橋本ってば、学生時代と変わらないな。慌ただしさそのまんま……」
「そうなんですか」
「ええ。本人自分の格好良さに無自覚だから、人気があったことすら気づかずに、友達にお節介ばかりしていたんです。そういうことをしていたら、必然的にモテるっていうのに」
野木沢のセリフに、宮本は言い知れぬ引っかかりを覚えた。
「やっぱり陽さんって、学生時代からモテたんですね」
「モテていたけど、橋本の好みの煩さもあったから、付き合っていたのは限られていたけどね」
「あー、陽さん面食いだから……」
頻繁にハイヤーを使う客で、橋本の友人でもある榊の顔を思い出しながら口にすると、野木沢は頬に浮かべていた笑みを消して、宮本の顔をじっと見つめた。
「橋本の趣味、知っているんですね」
「えっと、はぁ……それなりに」
目踏みするような野木沢の視線を受けて、居心地の悪さをひしひしと感じていたら、目の前にある顔が横を向く。橋本と同じように整った顔立ちをしている野木沢は、マネキンのように無表情で、何を考えているのか、宮本にはさっぱりわからなかった。
「宮本様はお客様ですけど腹を割って、話をしてもよろしいでしょうか?」
「俺はかまいませんので遠慮せずに、なんでもおっしゃってください!」
丁寧な口調の中から、妙なアクセントを置かれたせいで、野木沢の心情を宮本は素早く悟り、必死に口角をあげて笑顔を浮かべる。だがその笑みは無理して作ったせいで、あからさまな愛想笑いになってしまった。
「橋本の好みじゃない宮本様は、どうやってアイツに取り入ったんですか?」
自分から遠慮せずになんでも言ってくれと告げた手前、答えにくいことを問いかけられても、返事をしなければならない状況に追い込まれて、宮本の頭の中がぶわっと混乱した。
「よ、陽さんに取り入ってなんて、そんなんじゃなく……」
「橋本は、簡単に落とせる男じゃないことはわかってる。だから、橋本の好みとは離れてる君と付き合っているというのが、不思議でならなくてね」
「えっと、なんていうか、粘り強く交渉したみたいな感じで。むぅ……」
後頭部をバリバリ掻きながら、どうやって説明したらいいか困惑する宮本に、野木沢は真顔のままサラリと告げる。
「自分の躰を提供したとか?」
「ひっ! そんな大胆なことは、俺にはできませんっ」
「僕はしたよ。橋本に頼んで抱いてもらった」
突然のカミングアウトに、宮本の顔が凍りついた。
さっきまで考えていたことが粉々に砕け散り、見る間に真っ白になる。アホみたいに口をパクパクさせるのが精いっぱいで、まったく言葉にならなかった。
「とはいえ学生時代のことだから、かなり前のことだけどね。橋本自身決まった相手がいない状態だったし、僕を抱くなんて簡単だったのかもしれないけど……」
「野木沢さんは、陽さんのこと――」
「好きだったよ。抱かれた当時は、すごく嬉しかった……」
「そう、ですよね、やっぱり」
橋本がいなくなってから、野木沢の態度が豹変したことについて、一応納得した宮本だったが、今カレとしてどんな対応をしていいのかわからず、視線を右往左往させる。
(陽さんが江藤ちんと対峙したあの日、そのときの陽さんの心情を慮れなかった俺って、すっごく最低だったかもしれない。過去のこととはいえ、こんなに妬けるなんて、思いもしなかった)
彫像のように硬い表情の宮本を見て、野木沢はいたわるようにそっと話しかける。
「すみません。昔の話を持ち出して、宮本様の気分を害してしまって」
「やっ、だっ、大丈夫です。陽さんがモテるのは、わかっていたことですし」
宮本は必死になって、たどたどしい口調でなんとか対応する。なんともいえない嫌な汗が、背中に流れるのを感じた。
「お優しいんですね」
野木沢は相手が戸惑うような曖昧な笑みを浮かべて、宮本に向かって微笑む。