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「それほどでも……」
妙な笑みを目の当たりにして、自分も愛想笑いをすべきか、宮本が悩んだときだった。
「その優しさに、甘えてしまいたくなります」
告げられた意味がわからず首を捻ると、野木沢は意を決した顔をするなり、宮本に頭を下げた。
「僕に橋本をください」
「は?」
呆けたようにきょとんとした宮本は、口を半開きにしたまま、野木沢をまじまじと見つめる。
「ずっと忘れられなかった。逢えなかった間も、いつもアイツを思い出してた。でもさっき逢ったら、諦めていた想いが再燃して……」
「再燃、え…っとそれは、鎮火する見込みは――」
間の抜けた質問を投げかけていことがわかっていたが、問わずにはいられなかった。
「嘘ですよ」
「へっ?」
「宮本様が大切にしてる橋本を、僕がとるなんてありえませんよ。脅かしてすみません」
丁寧に頭を下げて詫びる野木沢に、「そうですか、びっくりした」なんていう言葉で、のんきすぎる対応をする。短い間のやり取りだというのに、精神の疲労が半端なくて、今すぐにでも家に帰りたくなった。
「橋本とまたご来店する日を、お待ちしております」
野木沢は頭をあげるなり、営業スマイルで宮本を見据える。自信満々の笑みを目の当たりにし、目を瞬かせながら取り繕うような笑顔を見せた。
「はいぃっ、陽さんとそのうち顔を出しますね。失礼します!」
ぺこりとお辞儀をしてから、そそくさと逃げる感じで店をあとにした。
胸元をぎゅっと握りしめて、デコトラを停めてある駐車場に向かう。着ているシャツが、汗でじっとり湿っていた。
(あの様子は野木沢さんが、冗談を言ってるように思えなかった。どうしよう、陽さんの好みっぽい彼が迫ったら、心変わりするかもしれない。だって俺は陽さんの好みと、かけ離れているから――)
心が押し潰されそうになりながらも、午後からの仕事をなんとかこなした。早く仕事を終わらせて、橋本が住むマンションに行くことを目標にしたお蔭で、いつも以上に手際よく仕事をこなせたのだった。