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「――クラリスさん、メイドを辞めるって本当ですか?」
メイド長の部屋――私の仕事部屋から出ると、突然キャスリーンさんが声を掛けてきた。
その話はルーシーさんにしかしていないのに……。まさか、彼女が口を滑らせるとは。
「……ええ。
ここでの仕事が全部終わったら、そうしようと思っているの」
このお屋敷の主人――アイナ様は、ある日突然、姿をくらませてしまった。
彼女を護るルークさんと、親友のような仲間のエミリアさんと一緒に……。
あの日の早朝、王国軍保安局の人間が突然このお屋敷を訪れた。
そして、突然の登城命令。
……アイナ様はみんなに心配しないように声を掛けていったけれど、その夜、あの声が私たちの頭に聞こえてきた。
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『アイナ・バートランド・クリスティア』によって神器『神剣アゼルラディア』が誕生しました。
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――神器という存在は知っていた。
直接見たことは無いけれど、英雄と呼ばれる人たちが振るう武器。
そんな超越的な存在であっても、いつかどこかで誰かが作ったもの……ということは理解できる。
しかし自分の身近な人、私が日常的に接していた人がそんなものを作ってしまうだなんて――
「……あのときは、驚いたわね」
私を心配そうに見つめるキャスリーンさんの髪を、そっと撫でてあげる。
頭に声が聞こえてきたとき、私は食堂でアイナ様たちの帰りを待っていた。
他の四人は休ませていたけれど、みんながみんな、食堂にすぐ集まってきてしまったっけ。
「……結局、みんなで徹夜しちゃいましたよね……。
でも、アイナ様たちは戻ってきてくれなくて……」
『あのとき』と言えば、私たちの中では『あの晩』を指すようになっていた。
みんな心配そうにしていた中で、特にキャスリーンさんは一晩中泣いてしまっていた。
キャスリーンさんは以前のお屋敷で、酷い目に遭っていたと聞いている。
その傷を、アイナ様は癒してくれたのだ。
……しかしその結果、キャスリーンさんはアイナ様に大きく依存するようになってしまった――
「――私も、そうか……」
「え……?」
私の零した呟きに、キャスリーンさんは不思議そうに聞き返した。
「……いえ、何でもないわ。
それで、私が辞めるっていう話だけど……このお屋敷での仕事は最後までやるから。安心して?」
「は、はい……。
……あの、もし良ければ――」
「うん?」
「……い、いえ! 何でもないです!
そ、それでは業務に戻りますので!!」
そう言うと、キャスリーンさんは走ってどこかに行ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……その後、私はすぐに仕事部屋に戻った。
ここでの仕事は先ほど済ませたばかりだったけど、キャスリーンさんとの会話で心が揺さぶられてしまった。
椅子に腰を掛け、背もたれに体重を預け、ぼんやりと部屋の中を眺める。
今日は仕事もあまり無いし、少しだけ休んでいこう――
――……キャスリーンさんと同様、私も前のお屋敷では酷い目に遭っていた。
お金を管理する仕事の補佐をしていたのだが、横領の罪を擦り付けられて、最終的に追放されてしまったのだ。
あれは、どれだけ悔しかっただろう。悲しかっただろう。恨めしかっただろう。
……実際のところ、メイドを仕事にするのはもう辞めようと考えていた。
しかし、メイドという仕事が大好きだった。多少の未練もあった。
そんなときに――
「至急、メイドを5人募集しているのデス。
……横領の件は存知あげておりマスガ、少し変わったお屋敷で、もう一度頑張ってミマセンカ?」
――大商人のピエールさんから、突然の誘いがあったのだ。
私が興味を持ったのは『少し変わったお屋敷』というところだった。
……何が変わっているのだろう? 今までこんな求人は聞いたことが無い。
主人が変わっている? 建物が変わっている? 業務内容が変わっている?
ピエールさんに詳細を聞いても、まだ最終的に詰まっていないからと教えてもらえなかった。
しかしメイド人生の最後に――大商人に『少し変わったお屋敷』を言わせしめるお屋敷に、興味を持ってしまったというのも正直なところだった。
……初めて私が招集されたのは、ある日の朝、王都の中にある普通のお屋敷だった。
建物としてはそこまで大きくはないものの、それでも庶民からすれば十分に立派なものだ。
私のあとに同世代の女の子が四人来て、最後にピエールさんが姿を現わした。
「みなさん、今日からこのお屋敷での業務をお願いイタシマス。
前任者は今日の午後から来マスノデ、そのときに引き継ぎを行ってクダサイ」
ピエールさんはそのまま、屋敷の鍵を私に預けた。
「クラリスさん、アナタがメイド長になりマス。
この五人で頑張ってクダサイネ」
「……え?」
私は鍵を受け取りながら、変な声で聞き返してしまった。
普通であれば、私たちの上にはもっと年配のメイドや執事がいるはずなのだが――
私が呆然とピエールさんを見送ると、他の四人もやはり呆然としていた。
同世代のこの五人だけで、この屋敷を切り盛りしなければいけない……?
――主人となる人は、高名な錬金術師だとは聞いている。
まさかその人の趣味なのだろうか? ……やっぱりこの仕事、受けない方が良かったかも……?
……数日後、このお屋敷の主人が初めて来るということで、五人ともかなり緊張していた。
掃除は丹念にしているし、料理の段取りも整えた。タイムスケジュールもシフトも完璧だ。
少しくらい気難しい主人でも、満足してもらう自信は十分にあった。
加えて、このお屋敷をより良くする案もいくつか作っておいた。
こればかりは主人の気持ちひとつではあるが、意気込みを見てもらうには良かれと思ったのだ。
……実際に、採用されるとは思っていなかったけれど。
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」
お屋敷の主人が来たということで、五人で声を揃えて出迎えをした。
ピエールさんの後ろには、女の子が二人と、男の子が一人付いてきている。
「えぇっと、この人たちは……?」
最初に口を開いたのは、女の子の一人だった。
ピエールさんと対等に口を利いているように見えるし、その服装も錬金術師のようだけど――
……え? まさか、この女の子がご主人様……?
そのあと、コントのような会話を見せられてから、私たちは解散を命じられた。
同世代のメイドたちに、同世代のご主人様。
確かにこのお屋敷は、『少し変わったお屋敷』……なのかもしれない。
……次の日の朝、彼女たちはお屋敷に引っ越してきた。
私が一人で出迎えたあと、少し話をしたいと思って時間を作ってもらった。
まずはいろいろな話をしないといけない。
私はこのお屋敷と使用人たちを管理しなければいけない立場なのだから――
……そう意気込んでいたものの、それは別の意味で裏切られてしまった。
予算の相談をすれば、どんどん上げてくれる。何かをしたいと言えば、あっさり承認してくれる。
いろいろな話もしっかり聞いてくれる。基本的には全部任せてくれる。必要があれば、すぐに相談に乗ってくれる――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――昔のことを思い出しながら、私は窓から空を眺めた。
今、そのご主人様……アイナ様は、もういない。突然の別れだった。
このお屋敷は王国軍から監視をされているし、近所からも嫌な目で見られるようになってしまった。
アイナ様がいない今、このお屋敷を運営していくお金もいずれ無くなってしまう――
「……ふぅ」
私は軽く、背中を|擦《さす》った。
そこは少し前まで、前の主人に付けられた『罪の証』の傷があった場所だ。
しかしその『罪の証』も、アイナ様が消してくれた……。
「……きっとこんな『少し変わったお屋敷』なんて、もう他には無いわよね……。
それなら――」
……私のメイド人生は、もうここまでで良い。
ここを区切りとしよう。貯金も少しくらいはあるし、しばらく自由な生活を楽しむのも良いかもしれない。
でもその前に、このお屋敷はどうにかしないと。
ずっとここに居たいけれど、現実はそうさせてくれない……。
……まずはピエールさんに――いや、今の担当は弟のポエールさんか。
ひとまず彼に、相談をしてみることにしよう。
「――そういえば、あの子は今日も来ているのかしら……」
お屋敷の他にも、気になることがあった。
アイナ様が姿をくらませて以来、毎日のようにお屋敷を眺めているあの子のことを――