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――何にも手が付かない。
頭が上手く働いてくれない。
……気が付けば、私はいつもこの場所を訪れてしまっている。
彼女が暮らした、このお屋敷。
2回だけ入れてもらった、このお屋敷。
「――アイナさん……」
……初めて彼女と出会ったのは、私が勤める錬金術師ギルド――そこに彼女がやってきたときだった。
私と同年代の、錬金術師の女の子。
私が諦めてしまった錬金術を、現在進行形で頑張っている女の子。
それだけで、無条件で応援したくなってしまった。
初めて話し掛けられたとき、めいっぱい親切に応対してあげようと思った。
今はまだ未熟だったとしても、私がたくさんフォローしてあげて、それで一緒に成長していければ良いなと思った。
しかし――
……彼女の錬金術スキルのレベルは、すでに51だった……。
レベル51といえば、才能ある錬金術師が一生を賭けて辿り着くレベルだ。
そんな境地に、彼女は17歳という若さで到達してしまっていた。
……私の応援してあげたいという気持ちは、その瞬間に、憧れや尊敬といった感情に昇華されてしまった。
その後、頑張って住所や連絡先を聞いてみたものの……あっさりと避けられてしまった。
余談ではあるが、そのことで主任にこってり絞られたのは嫌な思い出だ。
「――アイナさん……」
……彼女とは何回も話した。
ただ、彼女の顔を見てしまうと、どうにも感情が高ぶってしまった。
彼女にも錬金術師ギルドにも、きっと迷惑を掛けてしまったに違いない。
しかし、その思いはどうにも制御することができなかった。
……彼女は様々な依頼を次々とこなしていった。
S-ランク以上の依頼だなんて、今まではほとんど受ける人がいなかった。
何せ基本的には、時間が掛かる依頼ばかりなのだ。
自身の研究がある錬金術師にとって、それはどうしても受けにくい。
王都が誇る錬金術師ギルド……とはいっても、依頼の回転率はとても悪かったのだ。
しかし彼女が来てから、それは一変してしまった。
作成に時間が掛かるものもあっさりと作り、実質的に彼女を指名していた王族の依頼も易々とこなしていった。
――格好良かった。
これこそ、私の憧れた錬金術師の姿だった。
でも、私が彼女にしてあげられるのは窓口業務だけだった。
……悔しかった。
……彼女は様々な錬金術を扱うことができた。
あるとき、私が彫金で作った指輪に、特別な錬金効果を付けてくれた。
それは1万回に1回くらいしか付かないもので、かなり貴重だと聞いていた。
一瞬運命を感じてしまったが、しかし彼女のことだから、もしかしたら成功率が単純に高いだけだったのかもしれない。
――私の指輪に付いた錬金効果は『夢占い』と言った。
彼女の話によれば、正夢を見やすくする効果だという。……私はそれ以来、毎日寝るときだけ、指に嵌めることにした。
……あるとき、私が錬金術師ギルドの倉庫整理をしていると、彼女が突然現れた。
数日から数か月、王都を離れるという話を聞かされた。突然のことに、目眩がしてしまった。
しかし10日もすると、彼女はあっさりと戻ってきてくれた。本当に嬉しかった。……そのまま、どこかに行ってしまう気がしていたから。
彼女が戻って来ると同時に、彼女の仕事ぶりが評価されて、錬金術師ランクもS-ランクからSランクに昇格した。
そこで、食事会を催す流れになった。私も幸いなことに、招待してもらえることになった。
――この頃から嫌な夢を見るようになった。
彼女が何者かに追われている夢。暗い洞窟の中で、彼女の仲間が倒れて苦しそうにしている夢。
どうやら街には入れないようで、とても困っている夢。
……おかしな夢だった。
食事会のとき、私は昇格のお祝いとして、主任と一緒に分厚いノートをプレゼントした。
そのお礼ということで、私は彼女の作った薬をもらうことになった。
薬は何でも良かったのだけど、おかしな夢で寝つきが悪くなってしまっていたから、ひとまず睡眠薬をもらっておくことにした。
……嬉しかった。一生使わずに取っておこうと思った。
「――アイナさん……」
……朝、目が覚めるたびにそう呟いていた。
毎日毎日、見る夢は例のおかしな夢ばかりだった。
繰り返し見ていくうちに、少しずつ具体的な状況が見えてくるようになった。
どうやら夢の中の彼女たちは、王都で何かをしでかして、追われているようだった。
それが何かまでは分からないが、追手と戦闘もしているようだった。
……そして私の夢は、いつも例の洞窟――彼女の仲間が倒れているところで終わっていた。
その先は、どうしても見ることができなかった。
……あんな夢が正夢であるはずはない。
でも、それは私の希望なだけかもしれない。もしかしたら、本当に起こることなのかもしれない。
それなら彼女に、直接話した方が良いのかな?
私がそれを話してしまって、大丈夫なのかな? もしかして、変なことになっちゃわないかな?
……おかしな子だとは、思われないかな。
仮に未来のことを『運命』と呼ぶのであれば、それは変えられるものなのだろうか。
私の一存で『運命』を変えても大丈夫なのだろうか。もっとおかしなことが起きてしまうかもしれないのに――
……私は怖くなった。
ひとまず私は『運命』に対抗するべく、夢の最後で彼女たちが求めるものを渡しておくことにした。
夢の中の彼女たちは、近くの街に入りたがっていた。それなら変装用の服と、偽りの身分証を渡せば良いのではないだろうか。
服なら私の親友の得意分野だった。
幸い、三人の中の二人のサイズは知っているはずだ。残りの一人は男性だから、多少サイズが違ってもどうにかなるだろう。
あとは身分証――これは良い方法が浮かばなかった。
……ただ、心当たりは1つだけあった。
裏で闇取引を行っているという『白猫亭』。
そこに行けば、どうにかなるのでは……?
――実際、どうにかなってしまった。
私の貯金がすべて吹っ飛んでしまったが、三人分の偽造身分証を手に入れることができた。
……手にした途端、怖くなってしまった。
ここまでやって、私は大丈夫なのだろうか。
あの夢が正夢ではなかったら、私はただ単に、違法行為を犯してしまっただけでは無いだろうか。
そんな私を見て、彼女は何と思うのだろうか。
……嫌われたくない。でも、渡したい。
白猫亭を出たあと、親友に頼んでいた服を受け取りに行った。
大きな荷物になってしまったが、彼女にはアイテムボックスがあるから、きっとどこにでも持っていけるはずだ。
……私の親友は私の様子を見て、いろいろと心配をしてくれた。
しかし、本当のことを話すわけにはいかなかった。
……そのあと、一人で公園に座って、頭を抱えながら考え続けた。
――ずっと考え続けていると、誰かが私を|突《つつ》いてきた。
顔を上げてみると、彼女がいつの間にか私の横に座っていた。
……言葉は上手く出なかったけど、服と偽造身分証は何とか渡すことができた。
これで良かったのだろうか。その日は眠りにつくまで、自問自答を繰り返した。
――その日を境に、その夢は見なくなった。
あれが正しい行いだったのかは分からない。そのあとの夢を、見ることがなかったから。
……多分、私の行動は良かったのだろう。そう思うことにした。
あの夢が現実になるとは思えないけど、仮に現実になったとしても、彼女たち自身が何とかしてくれるはずだ。
そう信じないと、やっていけないと思った。
しかし――
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
『アイナ・バートランド・クリスティア』によって神器『神剣アゼルラディア』が誕生しました。
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その声が王都中を賑わわせたあと、彼女は姿をくらませてしまった。
それと同時に、国王暗殺を企てたという罪で指名手配をされてしまった。
……彼女がそんなことをするはずは無い。彼女を知る人は、全員が全員そう思うだろう。
――それ以来、私は毎日のように彼女のお屋敷を訪れるようになってしまった。
彼女に、どうしても会いたかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――その日は朝から慌ただしかった。
彼女のお屋敷に、何人もの人が出入りをしていたのだ。
しばらく見ていると、お屋敷の中のものをいろいろと運び出しているようだった。
一体、何を……?
「す、すいません!」
「何だい、お嬢ちゃん」
「これ、何をしているところなんですか!?」
「あん? この屋敷の主人が失踪したとかでな。中のものを引き払ってる最中なんだよ」
「え……」
彼女のお屋敷が、彼女のものではなくなってしまう……?
……私は一人、呆然としてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……私は彼女のお店に向かった。
品物は並べたものの、結局開店を迎えなかった彼女のお店……。
お屋敷の方がそうなのだから、お店の方もきっと――
……その予想は、当然のように当たってしまった。
「――ま、待って!!」
「……おいおい、何だよお前。邪魔だぞ!」
「す、すいません! このお店も、引き払っている途中ですか!?」
「ああ。忙しいんだから、向こうに行ってな!」
そう言いながら、その男は私を押しのけた。
馬車に乗せる箱の中には、彼女の作った錬金術のアイテムがたくさん入っているようだった。
「あ、あの……! 持っていかないでください!!」
「はぁ? 何言ってるんだよ……。頭、おかしいのか?」
「で、でも――」
――カラン♪
不意に、開けっ放しの扉から、鐘の音が聞こえてきた。
それは知っている音だった。食事会のときに、彼女の仲間が彼女に贈っていた鐘――
「……あ、あの! あの鐘だけ、譲ってくれませんか!!?」
「ああん……?
まぁ、あれくらいだったら何とかしてやらんでも無いけど――
……そうだな、金貨3枚でどうだ?」
「――ッ!!」
金貨3枚……! それはさすがに、足元を見過ぎ――
「もし嫌なら……よく見ればお前って結構可愛いし、俺と遊んでくれるだけでも良いぞ?
あひゃひゃっ」
「そ、そんな……!」
「あーあ。お兄さん、そんな気分になってきちゃったなぁ?
あの鐘は取っておいてやるからさ、今晩俺の部屋に来いよ」
その男は、強引に私の肩に手をまわしてきた。
怖い……。――私はつい、目を瞑ってしまった。
でも、ここはどうにかして……せめて、あの鐘だけは彼女に――
「……へへへ。その反応は、オッケーってことで良いんだよな?
よしよし、それじゃ今晩を楽しみに―― でげぶっ!!!!!!?」
……男は突然おかしな声を上げると、私の肩にまわした手を離した。
そのあと、遠くの方で『ズシャァ……』という音が聞こえてきた。
「……?」
私が恐る恐る目を開けてみると、その男は遠くの方で地面に倒れていた。
一体何が――
「……大丈夫か?」
私の後ろから、聞きなれた声が聞こえてきた。
慌てて振り返ってみれば、そこには私の上司が立っていた。
「しゅ、主任!?」
「……あのなぁ、テレーゼ……。仕事を休んでお前、何をやってるんだよ……。
そいつ、ムカついたから手を出しちまったけど――」
「うぐぅ……」
「ま、お小言はあとだ。……それで、本当にどうしたんだ?」
私は急いで状況を伝えた。
主任は周りを気にしながら、私の話を静かに聞いてくれた。
「――……だから、せめてあの鐘だけは……」
「そうだな。またいつか、アイナさんに会いたいもんな。
……よし、奪って逃げちまうか」
「え?」
「ふふっ、昔のことを思い出しちまうぜ。
それじゃ、取ってきてやるからな」
主任は私の頭をぽんぽんと叩いたあと、ナイフを使って強引に鐘を取ってきてしまった。
まさに一瞬。しっかり計れば30秒くらいだっただろうか。
「……やんちゃですね」
「はははっ。これで、アイナさんへのお土産ができたな」
主任はその鐘を、私に手渡してくれた。
……きっといつか、彼女に会ったときに返してあげよう。それが私の、これからの目標だ。
「――主任、ありがとうございます!!」
「そんなに大したことじゃないから、気にしないで良いぞ。
まぁ、それはそれとして――」
「はい?」
「……そろそろ逃げるか!」
「は、はい!? あわーっ!?」
主任は私の手を取って、突然走り始めた。
確かに一人で走るよりも速いけど、これはちょっと……かなり、怖い!!
「――しゅ、主任! も、もっとゆっくりお願いしますっ!!」
「はははっ! 早く小言を言いたいからな! 急いで行くぞっ!!」
「えええっ!? うわーんっ!!?」
――強制的に走らせられながら、私は考えた。
……きっと彼女は大丈夫だ。
だって、いつも凄いことをしてきたんだから。
そして、諦めなければ私もいつか会えるに違いない。
それまではこの鐘を、大切に、大切に持っておくことにしよう。
今度会ったときにはまた、彼女の名前を大声で呼んであげよう。
場所なんてどこでも構わない。彼女が迷惑そうにしても、きっと1回くらいは許してくれるはずだ。
……そのときが楽しみだ。
早く、そのときが来てくれると嬉しいな。